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望みはやっぱり……

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◇◇

「最初は一目惚れ、だったかな」

広いお風呂で二人に身体を洗ってもらった後、冬馬くんの部屋のキングサイズのベッドで僕を真ん中にして、三人で寄り添って寝ていた。
僕の髪を指で優しく梳きながら春都さんが話し出す。

「父さんに紹介されて初めて夏希を見て、スレてなくて可愛い子だなぁって思ったんだ」
「え……?でも春都さんも冬馬くんも、最初はちょっと冷たかった……」
「そうかぁ?普通だろ」
「冬馬は普段から誤解されやすいからね。俺は──元々ゲイでバリタチなのは周りでも有名だったから、それを噂か何かで夏希が知ったら怖がらせちゃうと思って敢えて距離を置いてた」
「そうだったんですね……」

そんな噂は聞いたことないけど、最初冷たかったのは春都さんなりに気をつかってくれてたんだ。ところでバリタチってなんだろう?後で調べてみよう。

「だけど──、毎日一生懸命に家事も大学も頑張ってる夏希を見てもっと関わりたくなった」

僕の髪を梳いていた春都さんの手が僕の頬に移動して──そのまま唇を奪われる。

「んぅ、」
「……おまけに冬馬の世話も完璧だしね」 
「犬みたいに言うんじゃねぇ」
「……ふふっ」

僕の顔をぐいっとこっちに向けてがるる……、と春都さんに威嚇する冬馬くんは確かに犬みたいでつい笑ってしまう。

「何笑ってんだよ」
「あ、ごめん……」
「別にほんとに怒ってるわけじゃあ──」

ギロ、と睨まれて謝る僕に、冬馬くんはあーもう!と頭を掻きむしっている。本当に怒ってるわけじゃないってちゃんと分かってるよって言う代わりに、厚い胸板にすり……と擦り寄った。

「っ、お前……」
「ねぇ冬馬、お前も夏希のどこが好きか言ってあげたら?」
「はぁ!?」

なんでだよ!と声を荒げる冬馬くんだけど、それはぜひとも聞いてみたい。

「おい、そんな物欲しそうな目で見んなよ……」
「言ってやりなよ、“初めて夏希の手料理を食べた時に胃袋掴まれて好きになりました”って」
「はあっ!?兄貴なんでそれを……っ、あっ」

墓穴を掘った、と言わんばかりに気まずそうにする冬馬くんに、春都さんは「やっぱり」と笑っている。

「冬馬くん、そうなの?」
「……別に今は料理だけじゃねーから!」
「なるほど、今は夏希の全部が好きだと」
「兄貴!!」

余計なこと言うな!と叫ぶ冬馬くんだけど、顔が真っ赤だからきっと春都さんの言った通りなんだろう。

「──……夏希、俺たちは本当に君が好きだよ」

冬馬くんの様子を微笑ましく見ていると、春都さんが僕の左手を手に取って──薬指にキスを落とした。

「この指に嵌める指輪を三人分用意しようね。出来上がったらちゃんと毎日つけるんだよ?」
「はっ、はい……」

まるでおとぎ話に出てくる王子様みたいな流れに、ドキドキしながら頷く。

「……あと俺たち以外の男にあーんさせたり、顔近づけたりすんなよ」
「う、うん?」

冬馬くんに言われてなんかそれ最近しちゃった気がするけど……と記憶を辿る。あっ、秋良くんに次会ったら予定をめちゃくちゃにしたの謝らないと。

「あ、今他の男のこと考えた」
「っ、春都さんエスパーですか!?」
「夏希が分かりやすいだけだよ」

そうクスクス笑って僕の頭を自分に抱き寄せる春都さん。

「夏希は、何か俺たちにしてほしいこととかない?夏希が望むならなんでもしてあげる」
「うまいもん腹いっぱい食いたいとかな!」
「それは俺たちより夏希の方が得意なんじゃない?」

してほしいこと、おいしいもの──それはもちろん……

「それなら──」

◇◇

「あんの馬鹿息子共、とうとうやりやがった……!!」

メッセージアプリ内で家族で作っているグループにぽんぽん上げられていく、親友の息子さんが笑顔でカレーライスを頬張る写真。それだけなら微笑ましく見れるけど、首元に散らされた隠しきれていない無数の赤い所有印に僕──皇 暦(すめらぎ こよみ)は頭を抱えた。

次男の冬馬は無言で写真を上げ続けていて、長男の春都からは親友の息子さん──牧村 夏希くんをお嫁さんにすること、あまり負担をかけたくないのでこちらで家事代行を雇ったこと、そうだから毎月振り込んでいる夏希くんへのお給料はいらないとの旨が簡潔に綴られていた。

──確かに、家のことを任せているからっておじさんが若い子に毎月お金渡してるって、見ようによってはパパ活だもんな……。夏希くんは毎月、僕がお金を振り込むたびにほんとに嬉しそうにお礼の電話をしてくれるから、それがあいつら的には面白くなかったんだろう。

「ごめん夏希くん、マジでごめん……!」

画面の向こうの写真の彼に何度も頭を下げてみるけど伝わるわけがない。だけど直接電話をかけようものならあの兄弟共が何をしでかすか。

なんとなく嫌な予感はしていた、だけど親友が本当に困っていたし──春都はゲイだけどちゃんとノンケの子に配慮が出来る子だし、冬馬はちょっと乱暴なだけで根は良い子だからなんとかいけるかな?って思っちゃうじゃん!

「……それにしても、あの子たちの目の前でカレーを食べれるなんて」

一体なにがあったんだろう?
春都と冬馬はカレーが好きじゃない。というのも、昔は僕は日本に住んではいたけど海外へ行くことの方が多くて、その間に僕の元奥さん──春都と冬馬の母親は、当時幼かったあの子たちを置いて頻繁に泊まりがけで他の男と遊びに行っていた。食べるものだけあれば良いだろうと、大鍋いっぱいに作ったカレーだけを残して。
そのことを知ってすぐに彼女とは離婚して、あの子たちがある程度大きくなるまではなるべく僕が傍にいれるようにしたけど、それでも未だあの二人にとってカレーは孤独の象徴だったんだろう。

──そんな子たちが、たった一人の男の子によって変わり始めている。

「はぁあ……、肇(はじめ)くんになんて言えば良いんだ……」

可愛いひとり息子を心配するあまりちょっと過保護気味になってる親友に思いを馳せてため息をつくけど、春都と冬馬の父親としてはあの子たちが幸せになってくれて単純に嬉しい。

ところで、給料としてお金を渡すのが駄目なら新しく出来た可愛い義理の息子にお小遣い、というのはどうかな……。




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