女神様の使い5歳からやってます

めのめむし

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第4章 帝都編2

第68話 砂化

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「なんの騒ぎだ! これはー!!」

 建物の中から、強面の護衛と思われる男たちがゾロゾロと出てきた。その数20人はいる。
その中でもリーダーと思しき男が美羽を指さして言う。

「お、おまえ。犬たちに何をしたんだ! それにさっきの動きはなんだ!」

 美羽はすっとぼけた顔で返す。

「ん? ○ゅー○ゅートレインを踊っていたんだよ。」
「な、なんだその奇妙な名前は! さっきの踊りのことか。犬が揃って回っていた?」

 アミはつぶやいた。

「最初から見ていたんだったら、なんで早く出てこなかったんだろう……」

 それが聞こえたシアが答える。

「護衛の人も暇なのよ。あと、心が荒んでいるの。そこで、さっきの素晴らしい歌と踊りなんか見ちゃったら、釘付けになっちゃうのも仕方ないわ。可哀想な人たちなの」

 シアは全然つぶやいていないので、護衛にも聞こえてしまった。

『やっほー、レーチェル、クララ』
「そこ、俺たちは可哀想なんかじゃないぞ! ん、どこかで見たことあると思ったら、シアとアミじゃないか」
『キャッ! な、なんですの? おねえさま?』
『わっ! ミ、ミウちゃん? どこにいるの?』
「逃げておいて、よく戻ってこれたな。しかし、探す手間が省けたってもんだ」
『近くにはいないよ』
『え! どこにいますの? それにこのこえはいったい……』
『あれ、レーチェルの声も聞こえる。そ、そうだ、どこにいるの?』
「こっちに来い」

 護衛は、シアとアミに手招きする。

「いやよ。私たちはもう奴隷じゃないのよ」
『少し離れてるよ。ゴルディアック商会長の屋敷』
『ミウちゃん、なんでそんなところにいるの?』
『そ、そうですわ。それにこのこえはどうやってるんですの?』
「なんだと! 俺に逆らっていいと思っているのか?」

 護衛のリーダーは顔を怒らせ、声にドスを効かせる。

『えへへ、これねぇ、念話っていうんだよ。二人の頭に直接話しかけてるの。ついでに二人の頭の中の声もみんなが聞けるようにしたんだ。今日使えるようになったんだけど、人間では一番最初に二人に使いたかったから、今繋げてるんだよ』
『すごいわ、ミウちゃん。これなら人がいるところでも内緒話できるわね』
『おねえさま、うれしいですわ。わたしたちがいちばんさいしょなんて。ん? にんげんでは?』

 シアは一瞬気遅れるも、護衛をキッと睨みつける。
シアが口を開いた時に新たな声が聞こえた。

「何を騒いでいるんだ」
「旦那」
「ゼノン・ゴルディアック……」
「ひっ」
 
 出てきたのは、ゴルディアック商会長 ゼノン・ゴルディアックだった。
アミは怯えて尻尾を股の間に隠す。

『うん、最初はたくさんいるわんちゃんに指示を出してみたんだよ。それがうまくいったの。
えへへ、わんちゃんと歌って踊ったんだよ』
『まあ、それはいいですわ。というか、どうしてそんなことに?』
『そうよ、ミウちゃん。なんでゴルディアック商会長の屋敷にいるの? それにワンちゃんって言えば、あそこの番犬は凶暴で有名よ。そんなのと戦ったの?』
「シアにアミか。逃げたんじゃなかったのか?」
「わ、私たちは、仲間を置いて逃げないわ」
「そ、そ、そうよ。あ、あなたなんか、怖くないわ」

 シアとアミは必死で言い返す。

『ううん、戦ってないよ。みんな良い子だったんだ。すぐにお友達になっちゃったよ』
『そ、そうなの?でも、そこで何しているの? 危険なことなの? ゴルディアック商会といえば帝都でも有数の商会だけれど、黒い噂も聞くのよ』
『そうですわ、おねえさま。なにしているんですの』

 ゼノンはシアとアミに目を細める。
それだけで、シアとアミは後ずさった。

「どうやら、しっかりと調教をする必要がありそうだな。と、言いたいところだが、おまえたちを相手している暇はない」
「な、仲間を処分なんかさせない!」

 シアが声を張り上げる。

『えっとね。ゴルディアック商会が犬獣人たちの村を襲って、無理やり奴隷にして売ってしまおうとしているから、助けに来たんだよ』
『なんですって。完全に違法奴隷じゃない! 重罪よ』
『ひどいですわ』

 ゼノンが眉を顰める。

「お前、なぜそれを知っている。それに、どうやってここまできた? ん? そういえば、なぜ番犬たちが大人しく座っている。それにその子供……ま、まさか」

『こうしちゃいられないわ。すぐに騎士団を連れて行くわね』
『わたくしもおとうさまにいって、てぜいとともにいきますわ』
『え? 待って、二人とも。そんなことしないでもいいよ』

 ゼノンがずっと黙っているミウに向かって、恐る恐る話しかける。

「あなた様は、御使い様でしょうか?」

 その場の全員の注目が美羽に集まる。
美羽はなぜか、焦った顔をしている。

『ねえ、クララ、レーチェル? こなくても大丈夫だよぉ』
『そうはいかないわ。もう非常呼集はしているの』
『わたくしもおとうさまにいいましたわ』
『はやっ』

 ゼノンは美羽の焦った顔を見て、自身の焦燥感が落ち着いた。

(御使いといえど、所詮は幼児。怖がるのも無理はない。ここは、脅して黙らせるのがいいか)
「御使い様、いかに御使い様とはいえ、その立場を利用して、このようなことをするとはどういうことでしょうかな?」

『クララ、レーチェル? 本当に来ないでいいんだよぉ。心配しないでね、ね』
『うるさい! 今念話どころじゃないの!』
『そうですわ! おねえさまはすこしだまっていてくださいまし』
『ヒッ!』
「ヒッ!」

 心の悲鳴が漏れ出た。

 美羽は二人に初めて声を荒げられたので、どうしていいかわからない。
 目に涙を溜まり、やがてボロボロと涙が溢れ始める。

(怒られちゃった。二人に怒られちゃったよぉ)

 それを見たゼノンはますます調子付き、美羽にゆっくりと近づきながら、低い声で脅すように言う。

「これは、落とし前をつけさせてもらわなければなりませんなぁ」
「ミウちゃん……」
「ミ、ミウ様」

 美羽の涙は止まらない。
ゼノンはニヤニヤとしている。
シアもアミも美羽の様子に顔を青くしていた。
ゼノンは周りの護衛に合図を出し、護衛たちもゼノンと一緒に美羽に迫ってくる。

(どうしよう、クララとレーチェルに嫌われちゃったのかなぁ)

 ゼノンがナイフを抜くと周りの護衛たちも一斉に剣を抜いた。
それだけで威圧感があり、子供では怯えてしまうだろう。
普段なら、美羽も怯えていたはずだ。
しかし、今の美羽はクララとレーチェルに嫌われてしまったと思い込み、ショックを受けていて、ゼノン達の行動を気にする余裕はない。

 ゼノンがゆっくりと美羽の首の横にナイフをつける。
そして、ここが攻めどきだとばかりにドスの効いた声で叫んだ。

「やい! 御使い! こんなことしてわかってるんだろうな! 
目ん玉の一つでも抉ってやろうか!それとも、腕の一本でも落とすか!」

 美羽はいまだに涙を流し、伏し目がちになりながら何事か言う。

「……さい」
「ああ! 何言ってんだクソガキ!」
「うるさいって言ってるの! こっちはクララとレーチェルに嫌われて大変なの! ぶっ飛ばすわよ!」
「ああ! 何言ってやがんだ! おう! もういい、処分しろ。死体が上がらなけりゃなんとかなる」
「ミウちゃん!」
「ミウ様!」

 ゼノンは美羽の様子を見て、完全に舐めていた。
これなら殺してしまえばなんとかなる。これまでも危ない橋は何度も渡ってきた。

「おう、やっちまえ、てめえら。滅多刺しだ!」

 護衛のリーダーが叫ぶと、護衛たちが美羽に向かって殺到する。
ありの這い出る隙もないほどの数の剣が、美羽に殺到した。
シアとアミは美羽が剣山のようになるところを幻視した。

 が、護衛たちは剣が美羽に届く寸前で動けなくなっている。
 
 護衛たちの持っている剣が、無数の桜色の手に掴まれていた。
 
 護衛たちは口々に混乱して悲鳴を上げている。

「う、うごかねぇ、どうなってやがる!」

 剣を動かそうとしても動かない。それどころか、体も桜色の手に掴まれて動けない。

 呆然としていたゼノンが口を開いた。

「なんだこれは……」

 まだ泣き顔の美羽は、キッとゼノンを見て言った。

「女神の手だよ! それにしても許せない! クララとレーチェルに嫌われたっていうのに、なんでこんなことをするの!
平気で人を殺そうとするじゃない! いつもこんなことをしているの? 救いようがないよ!
奴隷解放するだけで帰ろうと思っていたけどもう許さない! 人殺しのお前たちもこの屋敷も全部滅べばいい」

 そういうと、美羽の目が桜色に光り、それに呼応するように、護衛たちが持っていた剣がサラサラと音を立てて砂に変わっていった。

「な、なんだこれは」
「うわぁぁぁ」
(ま、まずい。まずいまずい、これはまずいものに手を出してしまった)

 ゼノンは、長年の直感で分かった。触れてはいけないものに触れてしまったのだと。

 美羽の桜色の手は、さらに数を増やして伸びていき、触れたところを砂にしながら、大きな屋敷を縦横無尽に動き回る。
今までは美羽の女神の手は4本が最大数だったが、クララとレーチェルに嫌われてしまった悲しみと、空気を読まないで殺しに来たゼノンに対しての怒りで一気に覚醒した。体感で100本は出せるようになった。しかも手の長さもかなり伸ばせるようになった。

 美羽はゼノンをはじめ、護衛たち全員を女神の手で掴み、引き寄せた。

「み、御使い様。斬りかかったのは、ほんの出来心だったんです。思わずやっちまっただけなんです。どうか許してください」
「許さない。お前たちも剣と同じように砂になれ」

 美羽の目が桜色に光る。

 サラサラサラ……。

「ヒ、ヒィィィィ」

 ゼノンの左腕が砂に変わる。
しかし、痛みがない。ただ、左腕がなくなっただけだった。
そのことにゼノンは美羽の力が本当に神の力なんだと実感した。
このままだと、ただ消されるだけだと考え慄いた。

「お、お助けを」
「どうか、ご慈悲を」
「お許しください」
「勘弁してください」

 護衛たちが口々に命乞いをする。
ゼノンも青い顔をして、命乞いをした。

「み、御使い様。どうか許してください。金ならいくらでもお渡しします。
これからは心を入れ替えて、真っ当な商売をします。ですから、命だけはお助けください」

 美羽は無表情になり、淡々と言う。

「だめ、お前たちは生かしておいても悪いことするだけだよ。シアやアミみたいに苦しむ人が増えるだけ。
みんなまとめて砂になりなさい」

 まさに美羽から発せられるプレッシャーが一際強くなり、御使いの天罰が降ろうとしたその時、

「美羽様」

 それまで、全く口を開かなかったきんちゃんが口を開いた。
美羽は無表情のまま返事をする。

「何? きんちゃん」

 普段忠実で、美羽を全肯定するきんちゃんにしては意外なことを口にした。

「その者たちを生かしておいてはどうですか?」
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