女神様の使い5歳からやってます

めのめむし

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第4章 帝都編2

第88話 帝都冒険者ギルド

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 ビュン
 ビュン

 早朝、宿の中庭から刀を振る音が聞こえていた。

 美羽が女神レスフィーナからもらった、神刀コザクラを振っているのだ。
美羽に合わせて作られているため、最初から手には馴染んでいる感覚があったのだが、それでもうまく振ることができない。
それで何度も振っているうちに自由に振ることができるようになっていた。
女神に能力の底上げをされているとはいえ、昨日もらったばかりで、恐ろしいほどの上達具合である。

 2時間ほど振ったところで、きんちゃんに声をかけられた。

「美羽様、朝食の時間です」
「あれ、きんちゃん。もうそんな時間なんだ」
「ずいぶん熱中していたようですから、気づかなかったのですね」
「うん、コザクラは振っててすごく楽しくなるんだ。振れば振るほど仲良くなっていく感じがするの」
「そうですか、それは素晴らしいですね。」
「うん。それじゃあ、ご飯食べようか」
「はい」


 朝食は黒パンとサラダとベーコンの入ったスープだった。
一見質素な食事に見えるが、普通の宿ではサラダもつかない。
ついているだけ、この宿は格が少し高い。

 黒パンは少し硬いのでスープに浸した方が食べやすい。

「この黒パンっていうのも、ずいぶん慣れてきたね。最初はどうも苦手だったけど」
「美羽様のいた地球では白いパンが普通でしたものね」
「うん、でもこっちの方が栄養があるんでしょ?」
「はい、その通りです。白パンは味や食べやすさが良い分、色々な栄養素を取り除いてしまってますからね」
「それなら贅沢は言えないね……いや、やっぱり言うけど、白いパンが食べたい。あとお米が食べたい」
「ふふふ、そのうちになんとかしましょう。魔法で胚芽や麩を取り出すこともできますし、機械も作れます。
あと、お米も作っている国があるので、輸入するか直接買いに行きましょう。異空間収納をすればいくらでも保管できますので」
「やったぁ! 約束だよ、きんちゃん」
「はい、もちろんです。美羽様のためならなんでもやりますよ」
「えへへ、きんちゃん大好き!」

 きんちゃんはそう言われると、金魚ちょうちんの体をくるんと一回りさせて喜びを表した。

 今日も今日とて美羽に甘いきんちゃんだった。



 美羽は市場で治癒院によって、治癒をまとめて済ませた後、帝都の冒険者ギルドの前にきていた。
いつもの白いワンピースの姿に左目の下に桜の花びらをつけている。
神刀コザクラだ。

 ギルドは先日使った外門の比較的近くにある。
これは、素材回収をしてきた冒険者がすぐに立ち寄れるようにするためだ。

 今も、朝一で薬草を採取してきた、若い冒険者がギルドの扉をくぐっている。


 美羽は少し緊張しながら、若い冒険者に続いて扉をくぐった。

 中は比較的空いていて、受付も二つ開いていた。

 開いているのは男性でイケメンの受付と綺麗な女性の受付だった。

 男性は、美羽を見るなり笑顔になった。
女性だったら、引き寄せられるだろう爽やかな笑顔だ。

(うげ、キモい)

 やはり、イケメンの笑顔は気持ち悪かった。

 美羽は綺麗な女性の受付に向かった。

 男性受付は美羽の姿を見て、目を見張る。

(信じられないほどの美少女。手懐けておけば将来が楽しみだなぁ。うん、仲良くなっておくべきだな)
 
 女性の受付に辿り着く直前で、男性の受付が声をかけてくる。

「お嬢ちゃん、女の子はみんなこっちにくるんだよ。その女性は男性専門」

 美羽があからさまに嫌そう顔をする。

「あれ? 君、もしかして僕が嫌い? まさか、そんなわけないよね」
「そうだよ。嫌いか好きかで言ったら嫌い」
「え? 初対面だよね。なんで僕のことが嫌いなんていうの?」
「聞かれたから答えただけだよ」
「僕の名前はねぇ」
「聞いてないから言わないでいいよ」
「そんなツレないこと言わないでさぁ」

 そこへ、美人お姉さんの受付が口を挟む。

「レオン、いい加減にしなさい。女と見ると見境なく口説こうとしないで、仕事しなさい。
それに私は男性専門ってわけじゃないわ」
「なんだよ、セリア。ヤキモチかい? そんなところも君は可愛いよ」
「はぁ、いい加減にしないと、ギルド長に報告するわよ」
「はいはい、わかったよ。お嬢ちゃん、次はこっちにおいでね。遊んであげるよぉ」

 美羽はゲンナリした顔で、セリアと呼ばれた受付のところに行った。
セリアは少し驚いた顔をしている。

「お嬢ちゃん、一人なの?」
「一人じゃないよ。ほら、きんちゃんがいる」
「え? 魚?」
「金魚ちょうちんのきんちゃん。魔法生物だよ」
「こんにちは、お嬢さん」
「えっ、しゃべった? それに魔法生物って……」

 セリアは思い出したように言う。

「確かポンテビグナの冒険者ギルドから、魔法生物を従魔にしている幼女の報告があったわ。
あなたなのね」
「そうだと思うよ。これが、ギルドカードとギルド長からもらった手紙」

 セリアは冒険者カードと手紙を見る。

「確かに本物ね。それにしてもあなたCランク冒険者なの?」
「そうだよ」
「今日は何か依頼を受けにきたの? あ、申し遅れました。私、受付嬢をしているセリアです」
「小桜美羽だよ。帝都に行ったら、冒険者ギルドに行けって言われてたから来たんだよ。でも帝都に来てから2週間以上は経っちゃったんだけどね」
「そうなのね。来てくれてありがとう。もし、時間が空いているなら、ギルドマスターに会ってもらえないかしら」
「いいよ。いつ?」
「さっき、暇そうにしていたから、すぐに会えるわよ」
「誰が暇そうにしていたって? セリア」

 セリアの後ろには2メートルはあるかというくらいな大きな男が立っていた。
セリアは急に声をかけられてビクッとする。

「きゃ。あ、ギルド長……今のは言葉の綾ですよ。それよりも、会って欲しい子がいるの」
「まったく、セリアは俺をなんだと思っているのか。それよりもその嬢ちゃんか? 会って欲しいって」
「ええ、これが冒険者カードと、それとポンテビグナからの手紙です」

 ギルド長はその手紙を見るなり、目を見開いた。

「君、私の部屋に来てくれないか? セリア、彼女を私の部屋に連れてきてくれ」
「はい、分かりました」

 ギルド長は一足先にそこから出ていった。

「じゃあ、ミウちゃん、案内しようか?」
「うん。よろしくね」

 美羽が笑顔で答えるとセリアもつられて笑顔になる。

(この子、本当に可愛いわね。冒険者ギルドにいて大丈夫なのかしら)

 冒険者ギルドは粗暴な荒くれ者も多い。
そんな中に美羽のような少女を入れるのは、飢えた野獣の群れに肉をぶら下げるようなものだ。
そういうことをセリアは考えて、ミウを心配していた。

 ギルド長室に入ると、質素な内装の部屋に執務机とソファーセットが置いてあった。

 先に待っていた、ギルド長は緊張した顔をしていた。
その緊張を感じ取って、美羽が不思議そうな顔をすると、ギルド長が話し始めた。

「まず聞かせて欲しい。君はいや貴女様は、先日帝都に来て、陛下に謁見して認められたという御使い様ではありませんか?」
「うん、そうだよ」

 そういうと、ギルド長とセリアが一緒に膝をついた。

「他の者たちがいたために御使い様として扱えなかったとはいえ、先ほどまでの無礼、どうかお許しください。御使い様」

 ギルド長が謝罪を述べる。

 そういうと、美羽が口に手を当てて笑う。

「あはは、さっきまでと同じでいいよ。私だって、ギルドの冒険者なんだから、そんなこといつもやってたら大変だよ」

 美羽がそういうと、ギルド長とセリアが立ち上がる。

「私はこの帝都ギルドのギルド長を務めるガルドです。以後、よろしくお願いします」
「うん、私は小桜美羽。こっちは魔法生物のきんちゃんね」

 美羽がきんちゃんを抱っこしながら言う。

 ガルドは美羽にソファーを勧めながら自分も座る。

「本当に魔法生物というものがいるとは。伝説だけかと。ミウ様がお作りになったのですか?」
「うん、そうだよ。フィーナちゃんのところにいた時にね」
「フィーナちゃん?」
「女神レスフィーナちゃんだよ」
「おお、本当に女神レスフィーナ様の元にいたのですね」
「あはは、自分だって御使い様って言ってたじゃない」
「そうですが、実感が湧きにくいもので……」
「そうなんだ……それで、私がここに呼ばれたのはなんで?」

 そういうと、ガルドが座り直して、真剣な顔をして口を開く。

「御使い様は治癒士としてギルドに登録してますよね。」
「そうだよ」
「市場で治癒院を開いて、今評判になってますよね。昨日も大勢の冒険者たちを治癒していただいたとか。その節はありがとうございました。ギルドを代表してお礼を言わせていただきます」
「お金はちゃんともらってるから、いいんだよ」
「そうは言っても部位欠損をした者まで元通りに戻す力です。治癒1回を銀貨1枚では安すぎます」
「私は神気を強くしたいから、できるだけ大勢の人を治したくて安くしているだけなんだよ」
「修行のため……ということですか?」
「まあ、そんなとこだよ。……でも、それが本当に言いたいことではないよね」
 
 美羽が話しの先を促した。

 ガルドはハンカチを取り出し、額の汗を拭う。

「はい、御使い様に折り入ってお願いがあるのですが……」
「何かな?」
「昨日の冒険者や騎士たちの怪我の原因はご存知でしたか?」
「ああ、統率されたオーガたちにやられたとか」
「はい、そうなんです。それで、帝都騎士団も立て直しと、戦力の拡充を急いでいるのですが、美羽様のおかげで、かなり回復しているので、問題はなさそうなのですが。」
「討伐に行くの?」
「はい、斥候によると、オーガどもの姿が見えなくなっているということですが、次にいつ現れるかもわからない。
現れたらすぐに討伐に向かうことになります」
「そうなんだ」
「それで、その討伐隊に御使い様に参加していただけないかという相談なのですが」
「私がいないとダメなの?」
「オーガの攻撃は強力です。一撃で、冒険者たちは大きなダメージを負ってしまいます。
仮にオーガに勝ったとしても、ここまで帰ってくる途中に大勢が命を落としてしまうでしょう」
「治癒する人が必要ってことなんだね」
「はい。御使い様の身の安全は保証します。護衛に選りすぐりのものをつけますので。
ですから、参加していただけないでしょうか?」
「オーガって怖い顔してんだよねぇ」
「はい、恐ろしい顔をしております」
「しかし、それは私たちでなんとかします。美羽様がきていただければ、多くの命が救われるのです」
「でも、怖いのはなぁ」

 美羽は躊躇を見せる。オーガは怖い。

「誰だって怖いのです。しかし、皆帝都の民のために恐怖を抑えながら、戦いに行っているのです」
「でもなぁ」

 美羽の煮え切らない態度に、ガルドが次第に熱くなってくる。

「御使い様は帝都にお住まいになっているではないですか。このままでは帝都の住民が不幸な目に遭ってしまいます。
お見過ごしになるのですか?」

 美羽は少し考え込む。

(帝都には歌を見に来てくれたり、治癒にきたりする人がいるんだよね。あと、最近はよく声をかけられるし……。
でもオーガ、怖そうだなぁ。怖い顔で迫られると、多分動けなくなるよね)

 怖い顔のオーガの部隊が襲いかかってくるところを想像してみた。
やはり恐ろしい。
その姿が、不意に恐ろしい父親の賢治と重なってしまった。
その瞬間、美羽は顔面が蒼白になった。

「ミウ様?」

ガルドが声をかけるが、すでに聞こえていない。
蒼白の顔から、汗が滲み出し、喉がカラカラになり、眩暈がしてきた。

 美羽のイメージ力はレスフィーナによって強化されているが、それが悪い方に影響した。
賢治に首を絞めて殺されかけた時をまざまざと想像してしまったのだ。
それが頭から離れない。

 今も首を絞められている気がする。
息ができなくなり、頭に血が回らなくなり、意識が遠くなって来た時を思い出した。
 
 賢治のあの狂った恐ろしい顔が怒鳴り声の幻聴と一緒に目の前いっぱいに広がる。

 ガタガタと体が震え、両手で自分を抱え込む。呼吸が速くなり過呼吸になっていった。

(怖い怖い怖い怖い怖い)
「御使い様?」

 ガルドが美羽のただならぬ様子に声をかける。
すると、きんちゃんが美羽のそばにやってきた。
そして、これ以上にないくらいに優しく声をかける。

「美羽様、まず私を抱いて下さい」

 きんちゃんがそう言うと、美羽はガバッときんちゃんを抱きしめる。
5歳の幼女とは思えないほどの力で、きんちゃんの体を抱きしめるが、きんちゃんは落ち着いて続ける。

「すぐに治りますので安心してください。ゆっくり呼吸をしましょうね。まずはゆっくり息を吐いていってください。
吐いたら少しだけ吸いましょう。少しでいいですからね。そうです、その調子。そうしたら、またゆっくり吐きましょう」

 しばらく続けたら、過呼吸が治っていく。

 落ち着いたところで、美羽の両目からボロボロと涙が流れてきた。

「ふぇーーーん、きんちゃーん」
「大丈夫ですよ。私はいますからね。思い出しちゃいましたか。怖かったですね」
「怖かったよぉ」
「もう大丈夫ですからね」
「きんちゃーん」
「はい、大丈夫ですよぉ」

 美羽が泣き止むまで、しばらく時間が必要だった。
きんちゃんを抱き抱えながら、横になり泣いていた。
ようやく泣き止んだと思ったら、寝てしまった。

 きんちゃんは浮遊魔法を使い美羽の腕の中から抜け出した。

 ガルドがきんちゃんに声をかけてきた。

「きんちゃん殿。御使い様はどうされたのですか?」

 きんちゃんは、先ほどの美羽をあやしていた時とは打って変わって、冷たい雰囲気になる。

「ここだけの話にしろ。他言は無用だ。美羽様は、実の父親に虐待され何度も殺されかけている。
今回はオーガのイメージと父親のイメージが重なったのだろう」
「そんなことが……」
「それでも、美羽様をオーガ討伐に連れていくつもりか? 人間」

 刃のような殺気がガルドに襲いかかる。

「う……」

 ガルドは声も出せない。
セリアはガルドの後ろで立っていられずに尻餅をついた。

「仮に帝都が攻められたとして、いまだ5歳である美羽様になんの関係がある?
5歳である美羽様に帝都の人間の命を背負わせようと言うのか?
美羽様はもともと女神様に楽しく生きるように言われているのだ。
そして、そんな美羽様と美羽様が楽しく生きる事を守るのが私の使命。
美羽様のお心を煩わせるなら、容赦しないぞ。人間」

 ガルドが強まっていくきんちゃんの殺気に必死に気を保つ。

「も、もうし、わけ、ありま、せんで、した」

 ガルドが、声をようやく絞り出した。

 すると、きんちゃんの殺気がようやく解けた。

「ハァ、ハァ」

 ガルドは肩で息をしている。
元A級の冒険者であったガルドもきんちゃんの殺気には全く抵抗できなかった。

「人間、美羽様が起きてこの部屋を出るまで、どこかに行っておけ。
その顔を美羽様に見せるな。美羽様がまた考えてしまう」
「……分かりました。席を外します」

悄然としたガルドとセリアはギルド長室から出ていった。

 それを見送ったきんちゃんは、美羽を優しい目で見ながら小さく言った。

「安心してお休みください。美羽様」
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