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第4章 帝都編2
第99話 ママ
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「ねぇ、お母さん」
「なぁに、ミウちゃん」
「そのケーキ食べたい」
美羽はイザベルの目の前にあるシフォンケーキを指さす。
わざわざイザベルのケーキを指定する美羽の意図がわかっているイザベルは、にっこりと笑ってケーキをフォークで切りそれを刺して、美羽の目の前に持っていった。
「いいわよ。はい、アーン」
「えへへ、アーン」
美羽はイザベルにあーんをしてもらいたかったのだ。
パク。
美羽がにっこり笑う。
「えへへ、お母さんのケーキ美味しいよ」
「まあ、可愛い。ミウちゃん」
イザベルが席を立って美羽をぎゅーっと抱きしめる。
「きゃー、お母さん、嬉しい!」
「私も嬉しい~」
「お母さん、あったかいなぁ」
「ミウちゃんもあったかいわよ」
美羽がイザベルの胸に顔を埋める。
イザベルは美羽の頭に顔をつけた。
「お母さん、いい匂い」
「うふふ、ミウちゃんもいい匂いだよ。ずっと吸ってられるわぁ」
「もう、お母さんったら。でも、私もお母さんの匂いずっと吸ってられるよ」
「うふふ、嬉しい」
美羽がイザベルをお母さんと呼び始めて5日。
美羽は毎日の日課(素振り、治癒院、楽器の練習)を済ませたら、必ずイザベルに会いに来て、この甘い母娘の時間を過ごしていた。
イザベルも持ち前の能力を発揮して、少ないとは言えない公務を午前中できっちり済ませて、午後は美羽のために時間を開けていたのだ。
今はティールームで2人きりでお茶をしていた。
最近では第2皇妃のエレオノーラと皇女のアメリアとシャルロットも美羽のことを「ミウちゃん」と呼ぶようになり、美羽も3人を「ノーラちゃん」「アメちゃん」「シャルちゃん」と愛称で呼ぶようになるくらい仲良くなっている。
第3皇子のセオドアも「ミウちゃん」と呼びたがったが、キッパリ断っている。
エルネスト、カフィのアプローチを通して、子どもとはいえ男には極力関わりたくないという気持ちが強くなっているのだ。
その時のセオドアはひどく落ち込んで、皇女たちに慰められていた。
ティールームでは、イザベルと美羽のイチャイチャお茶会が続いている。
「ねえ、ミウちゃん」
「なぁに、お母さん」
美羽が何を言ってもらえるか、期待のこもった目でイザベルを見る。
「ミウちゃんがよかったらなんだけど、私の事お母さんじゃなくてママって呼んでもいいのよ」
そう言うと、美羽は見るからにしょんぼりしてしまった。
(あ、まずいこと言っちゃったのかしら?)
イザベルは自分が失言をしたと感じた。
「お母さん、ごめんね。ママっていうのはママだけなの。ママを忘れたくないから。
でも、お母さんもこんなによくしてくれているのに、私酷いよね。
でも、でもね、私……ごめんなさい」
ポタッ、ポタッと涙の雫が美羽の膝に置いた手に落ちた。
美羽の心には亡くなった母の美玲のこと、助けられなかった妹の美奈のことが浮かんできた。
イザベルは慌てて美羽を抱きしめた。
「ごめんなさい、ミウちゃん。ミウちゃんのことを考えないで。
ママのこと大事なのよね。忘れたくないって当たり前よ。
そんなことも考えてあげられなかった私が悪いわ。
謝らないで。謝るのは私のほうよ。ごめんね、ミウちゃん」
イザベルは美羽の心の傷はいまだに深いことを改めて実感した。
当たり前だ。5歳の幼女が母親を亡くして悲しくないわけがない。
それは普段明るくしている美羽だってそうなのだ。
心には触れればすぐに血を吹き出す傷があるのだ。
それを自分は土足で踏み躙ってしまった。
イザベルは、心底自分の浅はかな言動を悔いた。
「お母さん、ごめんなさい。ごめんなさい、でも、でも」
ミウは泣きながら謝罪する。
美羽の心の中では、実の母である美玲と自ら母親になるって言ってくれたイザベル、両方への愛がせめぎ合っている。
「決められないの。ママとお母さんどっちも大切なの。ごめんなさい」
美羽は実の母親かイザベルかで決められないことを謝罪している。
イザベルは胸が締め付けられる思いだった。
その気はなかったとはいえ、こんなに小さい子に最愛の母親と自分を選ばせるようなことをしてしまった。
イザベルは強い罪悪感に襲われた。
「ごめんね。決めなくていいのよ。ママが大好きなんだもんね。悪いことなんか何もないわ。
その気持ちを大切にしてもらいたいの」
「でも、お母さんがいるのに、ママを思い出しちゃうんだよ」
「ママを大切にしているミウちゃんが好きよ」
「お母さんのことママって呼んであげられないんだよ。私酷いよ」
「ミウちゃんは酷くなんてないわ。私はお母さんって呼んでもらえるだけでいっぱいいっぱい幸せよ」
「お母さんの前でママを思い出して悲しくなっちゃうかも」
「悲しい気持ちをお母さんにも話してちょうだい。一緒に悲しもうね」
「まだ、お母さんって言ってもいいの?」
「お母さんって言ってもらえなくなったら、私泣いちゃうかも。
だから、お母さんって言ってもらえる?」
「……うん。……ふえ~ん、お母さん~」
美羽はイザベルの胸に顔を埋めて泣いた。
イザベルもいつの間にか涙を流していた。
しばらく抱き合って泣いてから、恥ずかしそうに美羽は顔を上げる。
「お母さん、泣いちゃってごめんね」
「いいのよ。いつでも泣きたくなったら、私のところに来てね。
でも、今回は私のせいね」
イザベルがにっこり笑った。
美羽もそれを見てにっこり笑う。
「お母さん」
「なぁに?」
「お母さんのこと、私が守ってあげるからね」
「まあ、嬉しいわ。じゃあよろしくね」
「うん! 2人の約束だよ。美羽にまっかせて」
幸せそうに笑う2人だった。
「おお、2人ともここにいたか」
皇帝ウォーレンが騒々しく入ってきた。
「なんですか、あなた。騒々しいわ」
「すまんすまん。ミウ様に会いたくてな。公務を大急ぎで済ませてきたんだ」
「ミウちゃんに会いたい気持ちはわかるわ。こんなに可愛いんだもの。ね、ミウちゃん」
「もう、お母さんったら」
美羽は赤い顔になる。
イザベルはその顔をニコニコして見つめ、ウォーレンはミウの可愛さに、
「くぅぅぅぅぅ」
と、声をあげる。
そしてたまらないという具合で、美羽を見つめて懇願する。
「ミウ様! 私もミウちゃんと言わせてもらえないだろうか?」
美羽は考える。
男の人は怖い。ミウちゃんなんていう男の人はきっとよからぬことを企んでいる……気がする。
でも、ウォーレンは大丈夫な気もする。
この5日間、ウォーレンは誠意を尽くしていたと言っていい。
美羽の考えを尊重し、美羽が不便のないように取り計らい、いつも優しく見守っていた。
それは、ただただ、ウォーレンが美羽に父親として見てもらいたいという気持ちがあったからだ。
しかし、男はなにをやるかわからないのだ。
名前の呼び方を変えるだけで、調子に乗って距離を詰めてくるかもしれない。
それは怖い。
男の人の優しい顔も怖い。優しい顔で安心していたら、柏原のようなことをする者もいるのだ。
でも、ウォーレンなら大丈夫な気も……。
美羽はイザベルを見る。
イザベルは美羽の視線に気付き、笑顔になって言った。
「ウォーレンは大丈夫よ。ミウちゃんの嫌がることをする人ではないわ。
信用できる人よ。でも、ミウちゃんがちょっとでも嫌だったら断っていいんだからね。
もし、後で嫌になったらその時は私に言ってね。やめさせるから」
美羽はイザベルの言葉で決めた。
男のウォーレンを信用しようと。
でも、照れ臭くて、聞き取れないくらいの小さな言葉になってしまった。
「じゃあ、ミウちゃんって言っていいよ。お父さん……」
ウォーレンは聞いて歓喜した。
それはとてもとても小さな声だったが、確かに聞こえた。
『お父さん』と言われたのだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ! 聞いたか? イライザ! ミウちゃんがミウちゃんがお父さんと言ったぞぉぉぉぉぉ」
「はいはい、あなた。よかったですね。でも、あまりにも喜びすぎるから、ミウちゃんが恥ずかしくて臍を曲げたわ」
「な、なんだって」
美羽は顔を赤く染め、そっぽを向いていた。
「ミ、ミウちゃん」
「知らない……」
「も、もう一度、お父さんって言ってもらえるかな?」
「お」
「お?」
「お母さん」
「なぁに、ミウちゃん」
「なんで、お父さんじゃないんだー、ミウちゃん!」
美羽はイザベルに抱きついて頭を擦り付けながら顔を隠す。
ウォーレンは2人の方に近寄ってきて、顔を美羽に近づける。
「ミウちゃーん。もう一度、言ってくれるかなぁ」
美羽が顔を上げる。
ウォーレンは期待した目になる。
「皇帝、うざい」
(皇帝うざい、皇帝うざい、皇帝うざい、こう……)
ウォーレンの頭の中で美羽の言葉がこだまする。
ショックを隠しきれないウォーレンだった。
ウォーレンには娘が3人いるが3人とも皇女の教育を受けているため、うざいという言葉を使ったことはなかった。
その上に、せっかく言ってくれた「お父さん」という言葉も「皇帝」という、よそよそしい言葉に変わっていた。
ショックを受けるなという方が難しい。
イザベルが、そんなウォーレンを見て、ため息混じりに追撃をかける。
「あなた、そんなに顔を近づけて、大きな声で、しつこく、自分が言わせたいことを言わせようとしていると、ミウちゃんにき・ら・わ・れ・ま・す・よ。」
「嫌だー。せっかくお父さんって言ってくれたのに、嫌われたくないー」
ウォーレンは弾かれたように、叫びまくる。
美羽は皇帝の叫びがうるさいから、耳を塞ぐ。
それに気が付かずに叫ぶウォーレン。
「もう一度お父さんって呼んでくモガッ」
美羽がウォーレンの叫びがあまりにもうるさかったから、『女神の手』で口を塞いだ。
ただ、すぐにおとなしくなったので、拘束を解いた。
そして、氷点下の目でウォーレンを睨みつけ一言。
「皇帝、座れ」
対面の席を指さして言った。
「はい」
おとなしく、席に座る皇帝。
「もう、あなたったら、大騒ぎしすぎよ。それじゃあ、ミウちゃんだって嫌よねー」
「ねー」
「はい、申し訳ないです」
見るからに落ち込んでいるウォーレンに、美羽が見かねて一言。
「あんまりうるさくしないなら、いいよ。お父さん」
瞬間、ウォーレンは破顔させ立ち上がり、大声で
「ミウちゃ」
と叫べなかった。女神の手で口を抑えられて。
「黙れ、皇帝」
ミウの氷点下の視線に再び晒され、うんうんと首を縦に振るウォーレンだった。
その後は、クララを含む学校帰りの皇女たちも合流し、和やかにお茶を楽しむことができた。
ウォーレンとイザベルは外せない要件があると、途中で出て行っていなかった。
「ミウちゃん!」
「なに? クララ」
「お父様のことをお父さんって呼んだんでしょ」
「うん、そうだけど」
「じゃあ、私のこともお姉ちゃんって言って」
「言わない!」
「言って!」
「言わないよー」
「もう言ってよー」
「お姉ちゃん」
「言って……え、今なんて?」
「もう、聞こえてるんでしょ。お姉ちゃん」
「あーん、もう、ミウちゃん。可愛い~。お姉ちゃんだよぉ~」
クララが席をたち、ミウに頬ずりをしてきた。
ミウもまんざらでもない顔で受け入れていた。
しかし、せっかくの時間も無粋な乱入者によって破られる。
バーン!
突然の大きな音に皆が音のした方に振り向く。
「噂の天使ちゃんがここにいるって聞いたから会いにきたよ!」
そこに立っていたのは茶髪で茶色の目、右目に眼帯をした2枚目の勇者 工藤蓮だった。
「なぁに、ミウちゃん」
「そのケーキ食べたい」
美羽はイザベルの目の前にあるシフォンケーキを指さす。
わざわざイザベルのケーキを指定する美羽の意図がわかっているイザベルは、にっこりと笑ってケーキをフォークで切りそれを刺して、美羽の目の前に持っていった。
「いいわよ。はい、アーン」
「えへへ、アーン」
美羽はイザベルにあーんをしてもらいたかったのだ。
パク。
美羽がにっこり笑う。
「えへへ、お母さんのケーキ美味しいよ」
「まあ、可愛い。ミウちゃん」
イザベルが席を立って美羽をぎゅーっと抱きしめる。
「きゃー、お母さん、嬉しい!」
「私も嬉しい~」
「お母さん、あったかいなぁ」
「ミウちゃんもあったかいわよ」
美羽がイザベルの胸に顔を埋める。
イザベルは美羽の頭に顔をつけた。
「お母さん、いい匂い」
「うふふ、ミウちゃんもいい匂いだよ。ずっと吸ってられるわぁ」
「もう、お母さんったら。でも、私もお母さんの匂いずっと吸ってられるよ」
「うふふ、嬉しい」
美羽がイザベルをお母さんと呼び始めて5日。
美羽は毎日の日課(素振り、治癒院、楽器の練習)を済ませたら、必ずイザベルに会いに来て、この甘い母娘の時間を過ごしていた。
イザベルも持ち前の能力を発揮して、少ないとは言えない公務を午前中できっちり済ませて、午後は美羽のために時間を開けていたのだ。
今はティールームで2人きりでお茶をしていた。
最近では第2皇妃のエレオノーラと皇女のアメリアとシャルロットも美羽のことを「ミウちゃん」と呼ぶようになり、美羽も3人を「ノーラちゃん」「アメちゃん」「シャルちゃん」と愛称で呼ぶようになるくらい仲良くなっている。
第3皇子のセオドアも「ミウちゃん」と呼びたがったが、キッパリ断っている。
エルネスト、カフィのアプローチを通して、子どもとはいえ男には極力関わりたくないという気持ちが強くなっているのだ。
その時のセオドアはひどく落ち込んで、皇女たちに慰められていた。
ティールームでは、イザベルと美羽のイチャイチャお茶会が続いている。
「ねえ、ミウちゃん」
「なぁに、お母さん」
美羽が何を言ってもらえるか、期待のこもった目でイザベルを見る。
「ミウちゃんがよかったらなんだけど、私の事お母さんじゃなくてママって呼んでもいいのよ」
そう言うと、美羽は見るからにしょんぼりしてしまった。
(あ、まずいこと言っちゃったのかしら?)
イザベルは自分が失言をしたと感じた。
「お母さん、ごめんね。ママっていうのはママだけなの。ママを忘れたくないから。
でも、お母さんもこんなによくしてくれているのに、私酷いよね。
でも、でもね、私……ごめんなさい」
ポタッ、ポタッと涙の雫が美羽の膝に置いた手に落ちた。
美羽の心には亡くなった母の美玲のこと、助けられなかった妹の美奈のことが浮かんできた。
イザベルは慌てて美羽を抱きしめた。
「ごめんなさい、ミウちゃん。ミウちゃんのことを考えないで。
ママのこと大事なのよね。忘れたくないって当たり前よ。
そんなことも考えてあげられなかった私が悪いわ。
謝らないで。謝るのは私のほうよ。ごめんね、ミウちゃん」
イザベルは美羽の心の傷はいまだに深いことを改めて実感した。
当たり前だ。5歳の幼女が母親を亡くして悲しくないわけがない。
それは普段明るくしている美羽だってそうなのだ。
心には触れればすぐに血を吹き出す傷があるのだ。
それを自分は土足で踏み躙ってしまった。
イザベルは、心底自分の浅はかな言動を悔いた。
「お母さん、ごめんなさい。ごめんなさい、でも、でも」
ミウは泣きながら謝罪する。
美羽の心の中では、実の母である美玲と自ら母親になるって言ってくれたイザベル、両方への愛がせめぎ合っている。
「決められないの。ママとお母さんどっちも大切なの。ごめんなさい」
美羽は実の母親かイザベルかで決められないことを謝罪している。
イザベルは胸が締め付けられる思いだった。
その気はなかったとはいえ、こんなに小さい子に最愛の母親と自分を選ばせるようなことをしてしまった。
イザベルは強い罪悪感に襲われた。
「ごめんね。決めなくていいのよ。ママが大好きなんだもんね。悪いことなんか何もないわ。
その気持ちを大切にしてもらいたいの」
「でも、お母さんがいるのに、ママを思い出しちゃうんだよ」
「ママを大切にしているミウちゃんが好きよ」
「お母さんのことママって呼んであげられないんだよ。私酷いよ」
「ミウちゃんは酷くなんてないわ。私はお母さんって呼んでもらえるだけでいっぱいいっぱい幸せよ」
「お母さんの前でママを思い出して悲しくなっちゃうかも」
「悲しい気持ちをお母さんにも話してちょうだい。一緒に悲しもうね」
「まだ、お母さんって言ってもいいの?」
「お母さんって言ってもらえなくなったら、私泣いちゃうかも。
だから、お母さんって言ってもらえる?」
「……うん。……ふえ~ん、お母さん~」
美羽はイザベルの胸に顔を埋めて泣いた。
イザベルもいつの間にか涙を流していた。
しばらく抱き合って泣いてから、恥ずかしそうに美羽は顔を上げる。
「お母さん、泣いちゃってごめんね」
「いいのよ。いつでも泣きたくなったら、私のところに来てね。
でも、今回は私のせいね」
イザベルがにっこり笑った。
美羽もそれを見てにっこり笑う。
「お母さん」
「なぁに?」
「お母さんのこと、私が守ってあげるからね」
「まあ、嬉しいわ。じゃあよろしくね」
「うん! 2人の約束だよ。美羽にまっかせて」
幸せそうに笑う2人だった。
「おお、2人ともここにいたか」
皇帝ウォーレンが騒々しく入ってきた。
「なんですか、あなた。騒々しいわ」
「すまんすまん。ミウ様に会いたくてな。公務を大急ぎで済ませてきたんだ」
「ミウちゃんに会いたい気持ちはわかるわ。こんなに可愛いんだもの。ね、ミウちゃん」
「もう、お母さんったら」
美羽は赤い顔になる。
イザベルはその顔をニコニコして見つめ、ウォーレンはミウの可愛さに、
「くぅぅぅぅぅ」
と、声をあげる。
そしてたまらないという具合で、美羽を見つめて懇願する。
「ミウ様! 私もミウちゃんと言わせてもらえないだろうか?」
美羽は考える。
男の人は怖い。ミウちゃんなんていう男の人はきっとよからぬことを企んでいる……気がする。
でも、ウォーレンは大丈夫な気もする。
この5日間、ウォーレンは誠意を尽くしていたと言っていい。
美羽の考えを尊重し、美羽が不便のないように取り計らい、いつも優しく見守っていた。
それは、ただただ、ウォーレンが美羽に父親として見てもらいたいという気持ちがあったからだ。
しかし、男はなにをやるかわからないのだ。
名前の呼び方を変えるだけで、調子に乗って距離を詰めてくるかもしれない。
それは怖い。
男の人の優しい顔も怖い。優しい顔で安心していたら、柏原のようなことをする者もいるのだ。
でも、ウォーレンなら大丈夫な気も……。
美羽はイザベルを見る。
イザベルは美羽の視線に気付き、笑顔になって言った。
「ウォーレンは大丈夫よ。ミウちゃんの嫌がることをする人ではないわ。
信用できる人よ。でも、ミウちゃんがちょっとでも嫌だったら断っていいんだからね。
もし、後で嫌になったらその時は私に言ってね。やめさせるから」
美羽はイザベルの言葉で決めた。
男のウォーレンを信用しようと。
でも、照れ臭くて、聞き取れないくらいの小さな言葉になってしまった。
「じゃあ、ミウちゃんって言っていいよ。お父さん……」
ウォーレンは聞いて歓喜した。
それはとてもとても小さな声だったが、確かに聞こえた。
『お父さん』と言われたのだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ! 聞いたか? イライザ! ミウちゃんがミウちゃんがお父さんと言ったぞぉぉぉぉぉ」
「はいはい、あなた。よかったですね。でも、あまりにも喜びすぎるから、ミウちゃんが恥ずかしくて臍を曲げたわ」
「な、なんだって」
美羽は顔を赤く染め、そっぽを向いていた。
「ミ、ミウちゃん」
「知らない……」
「も、もう一度、お父さんって言ってもらえるかな?」
「お」
「お?」
「お母さん」
「なぁに、ミウちゃん」
「なんで、お父さんじゃないんだー、ミウちゃん!」
美羽はイザベルに抱きついて頭を擦り付けながら顔を隠す。
ウォーレンは2人の方に近寄ってきて、顔を美羽に近づける。
「ミウちゃーん。もう一度、言ってくれるかなぁ」
美羽が顔を上げる。
ウォーレンは期待した目になる。
「皇帝、うざい」
(皇帝うざい、皇帝うざい、皇帝うざい、こう……)
ウォーレンの頭の中で美羽の言葉がこだまする。
ショックを隠しきれないウォーレンだった。
ウォーレンには娘が3人いるが3人とも皇女の教育を受けているため、うざいという言葉を使ったことはなかった。
その上に、せっかく言ってくれた「お父さん」という言葉も「皇帝」という、よそよそしい言葉に変わっていた。
ショックを受けるなという方が難しい。
イザベルが、そんなウォーレンを見て、ため息混じりに追撃をかける。
「あなた、そんなに顔を近づけて、大きな声で、しつこく、自分が言わせたいことを言わせようとしていると、ミウちゃんにき・ら・わ・れ・ま・す・よ。」
「嫌だー。せっかくお父さんって言ってくれたのに、嫌われたくないー」
ウォーレンは弾かれたように、叫びまくる。
美羽は皇帝の叫びがうるさいから、耳を塞ぐ。
それに気が付かずに叫ぶウォーレン。
「もう一度お父さんって呼んでくモガッ」
美羽がウォーレンの叫びがあまりにもうるさかったから、『女神の手』で口を塞いだ。
ただ、すぐにおとなしくなったので、拘束を解いた。
そして、氷点下の目でウォーレンを睨みつけ一言。
「皇帝、座れ」
対面の席を指さして言った。
「はい」
おとなしく、席に座る皇帝。
「もう、あなたったら、大騒ぎしすぎよ。それじゃあ、ミウちゃんだって嫌よねー」
「ねー」
「はい、申し訳ないです」
見るからに落ち込んでいるウォーレンに、美羽が見かねて一言。
「あんまりうるさくしないなら、いいよ。お父さん」
瞬間、ウォーレンは破顔させ立ち上がり、大声で
「ミウちゃ」
と叫べなかった。女神の手で口を抑えられて。
「黙れ、皇帝」
ミウの氷点下の視線に再び晒され、うんうんと首を縦に振るウォーレンだった。
その後は、クララを含む学校帰りの皇女たちも合流し、和やかにお茶を楽しむことができた。
ウォーレンとイザベルは外せない要件があると、途中で出て行っていなかった。
「ミウちゃん!」
「なに? クララ」
「お父様のことをお父さんって呼んだんでしょ」
「うん、そうだけど」
「じゃあ、私のこともお姉ちゃんって言って」
「言わない!」
「言って!」
「言わないよー」
「もう言ってよー」
「お姉ちゃん」
「言って……え、今なんて?」
「もう、聞こえてるんでしょ。お姉ちゃん」
「あーん、もう、ミウちゃん。可愛い~。お姉ちゃんだよぉ~」
クララが席をたち、ミウに頬ずりをしてきた。
ミウもまんざらでもない顔で受け入れていた。
しかし、せっかくの時間も無粋な乱入者によって破られる。
バーン!
突然の大きな音に皆が音のした方に振り向く。
「噂の天使ちゃんがここにいるって聞いたから会いにきたよ!」
そこに立っていたのは茶髪で茶色の目、右目に眼帯をした2枚目の勇者 工藤蓮だった。
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