いつか

りっぷ

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半年

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「中田春樹君きみの余命はもってあと半年です。」
薄々もう勘付いてはいた。薬の量が激減したから。
ここまではっきり言われるとかえって冷静でいられるんだな。そう思った。
「あぁ、。」
目の前に突きつけられた現実に脳が追いつかないからなんだかとてもそっけない返しをしてしまった。隣にいたはずの母は椅子にもたれかかりぐったりとして、一点を見つめている。
「じゃあ、、もういいですよね。先帰ってるねお母さん。」
そう言って足早に診察室を出て行く。先生が言うにはもう何しても手遅れらしい。出た途端母が治療方法をすがるように聞いている。大きな声で。
もうどうすることもできないのに。
そこから逃げるように僕は去った。

風で揺れる草木や蝉の鳴き声、子供達の笑い声がいつもより大きく聞こえた。病院は駅から少し遠くて10分ほど歩く。病院から駅までの帰り道は左右にずらっと並んだ桜の木の真ん中を通る道がある。
「春になったら綺麗だろうな。」
その時はもう生きていない、きっとその頃は墓の中だろうなんて思った。歩いていると道を抜けた先にガラス張りの建物を見つけた。太陽を反射して目が眩んでしまうほどのガラス張りだ。近くまで来てみるとそこは図書館だった。普段図書館には近所の古びた図書館しか行かないため都会の小綺麗な図書館に入るのは少し緊張したが入ってみることにした。入ってすぐエスカレーターと左にはコーヒーショップのようなものがあった、コーヒーの良い香りがする。エスカレーターを上がると本がずらりとある。おすすめ!と書いてある所から2冊ほどタイトルも見ずにつまみ、景色が見える窓際の席をさがす。一番右の端の席が空いている。隣にはロング髪の女性が座っているがそこしか空いていない為、仕方なくそこに座る。僕は電車やバス、図書館、カフェなどはできれば人と一つ席を開けて座る派の人間なのだ。席につき一つ目の本を開く。恋愛小説だった、恋愛小説は恋愛をしたことのない僕にとって異世界のような話のため見ていてとても面白い。
ドキドキとしながら本の最初のページを開く瞬間、
「ふふっ、」
何か聞こえた。おそらく声の主は左の女性だ。顔は本に向けたまま目線だけ女性を見ると目が合ってしまった。
「あ、ごめんなさいうるさかったですよね。」
「いえいえ大丈夫です。」
本を読んで笑うことは自分もよくある為、気を遣って食い気味でそう答えた。
「あっ!」
仕切り直して本を読み直そうとしたとき彼女の声が聞こえた。すかさず彼女の方を向く。
「一緒だ!」
主語がない為何を言っているのかよくわからなかったが彼女の指の先が示すもので理解がやっと追いついた。僕の選んだ本が彼女と同じ本だったのだ。
「あっ本当だ、」

「運命的ですね」
そう言って彼女は微笑む。彼女の顔に日の光が当たり長い髪が美しくなびく。
人と話して笑い合ったり、目で見て感じたりする当たり前の日常もあと僅かで無になってしまうのかなと美しい左隣の人を見てふと思う。
「ですね」
そう少し微笑んで返す。

「小説とかならここから恋が始まっちゃいますね」
やばい奴だ。初対面で距離を詰めすぎではないか。
典型的な僕とは真逆のタイプの人間だと確信した。
「真顔で見ないでくださいよ、冗談です~!」
笑いながらそう彼女は言う。僕も笑う。

「恋愛小説っていいですよね、ありえそうで実際ありえない事多いし、異世界みたいで」
そう彼女は言った彼女と僕はあくまで根本は似た者同士なのかもしれない。
「凄いわかります」
「私死ぬ直前まで本読むのやめないと思いますそのくらい恋愛小説好きなんですよ」
死ぬ直前。恐らく彼女が言う直前は70年後とか60年後とかの話なんだろう。僕の場合は半年で消える。


「どうして泣いてるの」

「えっ、」
そう彼女が訊いてきてやっと自分が泣いていることに気づく。
余命宣告された時も、母が泣き崩れたときも泣かなかった。
目の前にいつも通りの日常があり、それを僕はあと半年で失ってしまうそれを理解し出した僕の頭の中は悲しさ以外の感情が消えていた。悲しさに全ての感情が蝕まれていた。

「死ぬんです半年後に。」 
見ず知らずの今日会った人にとんでもない事を勢い余って言ってしまった。
「怖いんですよ。」
「そうだよね。私のハンカチつかって、」
ピンクの可愛らしいハンカチを僕に差し出した。断る事もできたかがとんでもない量の涙が出ていたのでありがたく使うことにした。
「あっもうこんな時間行かなきゃ、それいつでも良いから返してね!」
彼女はそう言って僕の返答も待たず言ってしまった。いや僕も同じ立場なら帰る。見ず知らずの男に余命の話を聞かされたのだ。
外を見ると雨が降り始めている。まるで僕の心を表すかのような、静かな雨だ。ポッケの中の携帯が鳴っている。母からだ。悲しさにのしかかるような雨に降られながら僕は駅に向かった。
雨が僕の頬をこれでもかと濡らした。

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