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【後編】 バレンタインの午後に

(4)用意された失望

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「これ以上、迷惑かけたくないから。私は大丈夫だから」
 千尋がそう言った時、平田は彼女の顔を見ることが出来なかった。
 彼女は何度も繰り返した。「私は大丈夫、これからもきっと、大丈夫」

 だが見るべきだった。
 もし彼女の目を見ていたのなら、かけるべき言葉はきっと見つかっていたはずだ。
 言葉が見つかっていたのなら、今日までずっと、この日の記憶に苛まれ続けることはなかったはずだった。


 朝木先輩は、また俺に失望しただろうな。
 平田は握りしめた自分の拳を見つめながら、朝木から「そろそろ帰ろう」と言われるのを待つ。
 ここは朝木に先に声を出してもらいたかった。
 その気持ちを読んだのか、「そうだよね」と朝木は肩をすくめてみせた。

「まあ、正直なところ、平田君も何も知らされてないかなって思ってたから」
「すみません」
 「そんなに謝らないで」と朝木は笑う。
「でも、もしもだけど」

 朝木があらかじめ用意されていた原稿を読み上げるかのように事務的に切り出したので、平田はつられて「はい」と返事をしてしまった。
「もしも手がかりがあったとしたら、平田君はどうする?」
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