気が付けば悪役令嬢

karon

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気が付けば悪役令嬢

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 一瞬の光、それが自動車のヘッドライトだと気づいた時には全身に衝撃が走り、薄れていく意識の中なんとか思考が拾えたのはここは歩道なのにという思いだけだった。
 金曜日、一人寂しく飲んで帰ったその夜私は死んだ。

 そして意識を取り戻したときぼんやりとしか周りが見えなかった。後頭部にあたるのは柔らかい布。
 その時は交通事故の影響で入院しているのか、視界が悪いのはけがの後遺症で視力に異常をきたしたのかと背筋に冷たい汗をかいていた。
 そして正確に自分の置かれている状態がわかったのはしばらくして、私は自分が赤ん坊の身体に入っていることに気付いた。
 そのことに気付いて私の感慨はそうか、生まれ変わりって本当にあるんだという思いだった。そして生まれ変わったということは。
 あの事故で自分の身体がどうなったのか、考えたくもなかった。
 寝返りもまともに打てない赤ん坊だが、そんな時間はあっという間に過ぎて、いつの間にか幼稚園に通うようになり、かつての両親とは似ても似つかない新しい両親はどうやら結構なセレブ様らしく。恵まれなかった前世の埋め合わせと思いながら、小学校入学の日を迎えた。
 
 小学校で一人の少女を見た。
 同級生だが、妙に悪目立ちしている。素材はいいのだが、どこか周囲の子供たちあkら浮き上がっていた。その雰囲気が。
 かわいらしい、坊ちゃん刈りの少年を妙にぎらついた目で見ていた。
 その執拗な視線に少年は少し引いていた。
 だけど少女はそのまま少年をロックオンしたまま微動だにしない。
 ああ、あの男の子泣きそうな顔をしている。
 心配になって声をかけてみた。そうしたら、その少女にギラリとした目でにらまれた。
「出たわね、悪役令嬢伊集院亜里沙」
 一瞬頭大丈夫かなと思った。しかし、伊集院亜里沙という我ながら仰々しい名前と悪役令嬢という肩書、何か記憶を刺激するものがあった。
 そういえば一度だけ気まぐれにやった乙女ゲーム。ミッション系の学園を舞台にした『ドキドキときめきメモリアル』で、登場人物がそんな名前だった。内容はまあやってみて一度で十分だった。
 うん、無理だったあのご都合主義的な展開。
 ヒロインは斎藤まりあ、あ、名札を見ればひらがなでさいとうまりあと書いてある。
 ということはこのお坊ちゃんがヒーローの生徒会長朱雀院礼四郎なの?
 あ、うん、名前が長いと大変だね。二列に平仮名で名札に書かれている。
 いやしかし、何なのこのヒロイン。
 目がいっちゃってるし。
 いやあんまり想像したくないんだけど、乙女ゲームの世界に転生したってこと、それも悪役令嬢として。
 なんか少女小説でよくある設定であるけど、どう考えてもおかしいだろって思ってたけど。
 小学校の入学式で私は立ちくらみを起こして保健室送りになった。

 そして、朱雀院礼四郎を中心として私の学生生活は始まった。
 悪役令嬢として、ヒロインを迫害するという風にあちらには見られているらしい。
 実際にはヒロインの暴走を抑える役割をしているに過ぎない。
 あまりにも痛すぎて、手を出さずにはいられないのだ。
 そんな私の心の支えは、ヒロインの友人役、こと名前だけあるモブキャラ遠藤ゆかりだった。
 どうも彼女もこれが乙女ゲームの世界観を背景にしているということに気付いているらしい。
 彼女はヒロインを助けるふりをして、被害者救済に励み、私はとにかくヒロインの行動を妨害した。
 まったくまたうかつに朱雀院君に近づいた女の子にうっかりのふりをしてつま先を踏みにじっている。
 なので私もうっかりのふりをして、ヒロインを突き飛ばし、足を踏まれていた女の子を助けてあげた。
「伊集院さん、ひどいと思わないの」
 床に座り込んだまま上目遣いに私を睨むが、怖くもなんともない。
「あら、いつまでそんなところに座っていらっしゃるの、地べたがそんなにお気に入りになった?」
 悪役令嬢ぶりっ子で笑い返してあげる。
 そして、足を踏まれていた女の子は遠藤ゆかりがフォローして保健室に連れていく。
 ゆかりは軽く私に向かって親指を立ててくれた。
 とにかくやることがえげつない。それに周りが見えてない。
 どんなにぱっちりお目目のサラサラストレートヘアの清楚系でもその行動のえげつなさにみんな引いているのがわからない。
 自分はヒロインだから、何をやっても大丈夫だと思い込んでいるらしい。
 どう考えてもあり得ないが。
「なんであの子あそこまでヒロイン補完を信じられるんだろう」
 そうゆかりと語り合ったことはあったが結果は出ないままだった。
 そして高校生活が終わる。その日がやってきた。卒業式。
 ミッション系の学園が舞台なので卒業したらゲーム内容としては終わりだ。
 ヒロインとも攻略対象ともこれで縁が切れるはず。
 そう思っていた。
 
 卒業式を終えて学園の敷地内から出たその時、空気がゆがんだ。
 立ちくらみを起こしてへたり込んだ私の前に巨大な鏡が出現した。
 その鏡に映っていたのは私だった。
伊集院亜里沙になる前の私自身の顔だった。最後の記憶の日着ていたスーツとコート姿で座っていた。
 その隣に座り込んでいたのは見知らぬ二人の女だ。
 かっちりと髪を切りそろえ、普段着だろうシャツとジーンズ姿。おそらく年齢は二十代後半。もう一人は灰色のスウェット姿。まだ若い中学生くらいか。
 若いのに、その若さが哀れになるくらい荒廃した容姿だった。
むくんだ顔、肌は吹き出物に覆われ髪はろくに櫛も通していないのか荒れ放題。スウェットの首筋や手首が垢じみている。
 その体もたるみ切っている。
 悲鳴が上がった。
 スウェットの女が鏡を指さして泣き叫び始めた。
「違う、違う、私じゃない」
 なんどもそうつぶやく。
「私はまりあになったんだから私じゃない」
 まさか、これがヒロイン?
 そして私はもう一人の女を見た。消去法で残るのはゆかりのはずだ。
「亜里沙かな?」
 軽く首をかしげる、見慣れたくせ。
 私は何度もうなずいた。
「ここは?」
 その時、雷鳴のような轟音が響いた。
 目の前には巨大な鏡、そしてその横には。
「閻魔大王に見えるんだけど」
 呆然と巨大な椅子に腰かけた奈良の大仏くらいの閻魔大王を見上げていた。
「判決を言い渡す」
 巨大な指でヒロインだった女を指さした。
「黒縄地獄」
 地獄行きを宣告されてさっきから泣き叫んだ女はますますいきり立つ。
 鏡に女が映った。
 まりあだった女はどうやらネトゲ廃人だったらしい。それを苦にした母親が無理心中を図り、その結果死亡。
 何とも言い難い顔でゆかりだった女はまりあだった女を見ていた。おそらく私も同様だ。
「なんか、納得だね」
 ゆかりだった女はいう。
「ああ、どうりで話が通じないはずだ」
 次に映ったのは私だ。私の死因は自覚していた通り交通事故。運転手は酔っ払い居眠り運転で、道理で歩道まで突っ込んでくるはずだ。
 ゆかりだった女は心臓麻痺、過労で弱っていたことに気付かなかったらしい。どうも勤め先は結構なブラック企業だったらしい。
 虎のふんどし姿の鬼が、泣きわめく女を引きずっていく。
 そして、私たちの前には古い絵で見る中華な格好をした美青年が現れた。
 被り物の脇から出た角を見る限り、鬼のお兄さんらしい。
「あなた方は転生を許されました、あの結果を見る限り、基本的に善良な人たちでしょうから」
 そうして私たちの前を歩きだした、私たちはよろけながらついていく。
「いやあ、こんなべたな地獄ってあるんですね」
 思わずそう言うと、青年は静かにほほ笑んだ。
「これはあなた方のイメージの死後の世界です、まるで絵で見たような風景でしょう」
 まさしくお寺の地獄絵図の風景みたいだった。
「それじゃ、私たちがカトリックだったら、閻魔大王じゃなくて、聖ペテロが見えて、お兄さんは天使に見えたの」
「そうですね」
「じゃあ、あの地獄は」
「あの魂はあまりに業が深かった。転生までにその業を何とかしなければ転生先でも何らかの歪みが出る。それを矯正するためです、それを人は地獄というのかもしれませんが」
「さっきのは何だったんですか?」
「人の運命というものは何ともしがたいものです、まったく別の運命を与えたらどのような選択をするか、それで業の深さをはからせてもらいました」
「つまりずっと私は閻魔様の前にいたってことなの」
「なんで乙女ゲームなの」
「とても強い気持ちで臨んだものがいたから」
 お兄さんはそう言って私たちを見た。
「最初からあの魂は強く望んでいた。それに巻き込まれたのですよ、よく思い出してみてください」
 思い出してみれば、入学式まで私は伊集院亜里沙だと自覚していただろうか。
「あの子には何よりもゲーム、ゲームこそが現実で現実は悪い夢だった、だからこそあんなにもかたくなに、ヒロイン補正を信じたってことか」
 あのご都合主義の世界が、あの子には心地よかったのだろうか。
「そういえば、なんであたしたち三人一緒だったの?」
 お兄さんはにっこり笑った。
「人口が増えすぎたのと、やっぱりまったく他人と会わないと人というものは測れませんから」
 そして指さした先には太陽の様に輝く塊があった。
 もしかしたらあちらには別のものが見えているのかもしれない、あくまでも私のイメージだから。
「ではいってらっしゃい」
 お兄さんの言葉に合わせわたしたちはあれに飛び込んだ。今度こそ生まれ変わるために。
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