上 下
64 / 154

目覚め

しおりを挟む
 桂花はゆっくりと目を開いた。
 ゆっくりと起き上がると長い髪がさらさらと左肩を滑る。
 しかし右側はその感触がない。巻かれた包帯と傷を治療するために一分短く切られているためだと気づいた。
 ずきずきと鈍痛を感じて顔を伏せた。
「気が付かれましたか?」
 女官が経過を覗き込む。そして熱を測るように額に手を置いた。
 わざとかもしれない、女官というものは何となく似通った顔に同じような化粧をして、みんな同じ顔に見える。
 誰が誰だかさっぱりわからない。
「桂花殿、先ほど、勿忘草殿もお見舞いに来られたのですが、まだ気が付いておられないと、お知らせしてきましょうか」
 ここに来て初めての友人かもしれない少女の名前を出される。
「喉が渇いたわ、何か飲ませて」
 女官は一礼してその場から消える。
「勿忘草、か」
 本名は知らない、この場所では本名を名乗ることは基本禁止されている。
 しかし自分たちと異質な育ちをしていることは間違いない。
 ここの暮らしは貴族の娘なら当たり前のことだ。違いは王が来るかどうか。 
 ひっそりと家の中だけで暮らし、庭に降りるのすら稀だ。
 舞の稽古や行儀作法詩作その他もろもろの教養を高める勉強だけに明け暮れて日を過ごす。
 勿忘草はあまりに異質だった。
 さっさと刺繍などの手芸品の商人となってしまい回りも勿忘草だからと遠巻きにしながら受け入れている。
 先ほどの女官が持ってきたのは大きなワンになみなみとは言った白湯だった。
 沸騰したてではなく、わずかに温い。
 今の身体にはありがたかった。女官というのはそうさりげなく気を遣うことにたけている。
「女官長に報告しておきましたので、もうじきいらっしゃると思われます」
 その女官の後ろに二人、手桶と櫛や布を持っている。
 その女官たちに簡単に身づくろいをしてもらっている間に女官長がやってきた。
「桂花殿、どうかお楽に、どうしてここにいるのかわかりますか?」
 桂花は無言で自分の頭に巻かれた包帯を撫でる。
「桂花殿のお姿が見えないと勿忘草殿と菫殿が探されておりまして、玉蘭殿が最後に楽器の置き場にいるのを見たとおっしゃられ、そちらに向かったところ貴女様が倒れていらっしゃるのが発見された、そこまではお分かりですか」
 女官長の言葉にうなずくが、勿忘草はともかく菫が自分を探していたというのが理解できない。
 いったいどんな接点があったろうか。
「貴女様は、どなたにそのような目にあわされました?」
「見ていないわ、いきなり殴られたのよ」
「玉蘭殿では?」
「玉蘭にできるわけがないでしょう」
 玉蘭の壊滅した運動神経は誰もが知るところだ。
 そしてあからさまな嘘をつく桂花に女官長も困惑の顔を隠さない。
 桂花の傷は真後ろから殴られたものではないと示していたから。
しおりを挟む

処理中です...