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死の理由

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 背筋をゾクゾクと冷たいものを感じながら、美蘭は王の後をついて歩く。
 前後左右床を見回しても死体が転がっている。
 不意に見覚えのある布を見つけた。それは桂花が着ていた着物の色だ。淡い朱色に見覚えのない赤い斑紋が飛んでいる。
 さすがに足を止めてしばらくその場に立ち尽くす。
 それは油断もあったのだろう。渾身の力で足首をつかまれ、引きずり倒される。
 血の気が引いた顔でそれでも桂花は美蘭を抑え込み刃物を突き付けている。
 その刃先は小刻みに震えているし、その腕も最後の力を振り絞っているかのように無理をしているのが筋肉のこわばりから理解できた。
「何をしているんだ」
 刃物を突き付けられているのを見ても、王はさして危機感を覚えていないようだ。
 美蘭本人も危機感など感じていない、ただ困っているだけだ。
 このまま振り払うのはたやすいが、そうしたらあっという間に殺されてしまうだろう。かといってこのままずっとというわけにもいかない。
「私は聞きたいの、どうして私の姉は殺されなきゃならなかったの」
「お姉さんて」
「先王の後宮にいたわ」
 確か全員殺されたって聞いた。
 お姉さんのために、弟っこの美蘭としては非常に抵抗しずらい状況になってしまった。
「姉さんは病のため家に戻っていたわ、そこにあの役人たちがやってきて、姉さんに死ねってそう言ってあれを」
 毒薬と紐と刃物の三品、かつて王が妃に授ける物と聞いた。
「姉さんは短剣を選んだわ、でもなかなか死にきれなくて、何度も自分で刺さなきゃならなくて、どんなに苦しそうでもさし続けろとあの男達は姉に強要して、それでも姉は死に切るまでにとても長い時間がかかった」
「見てたの?」
「姉のお見舞いに行っていたの、急に人が来て、なんとなく部屋の隅に隠れたの」
 美蘭は王のほうをちらちらと見た。
 王は面倒くさそうに二人を見ている。
 桂花はだいぶ弱っている、先ほど美蘭を引き倒したのが最後の力なのだろう、ちょっと身じろぎしただけでその手を振り払うことはたやすいが、どうしても気が引けてしまう。
 王は小さくため息をついた。
「悔やむなよ」
 そう言ってその話を始めた。
 
 絶対に口を挟むなそう厳命されていたので美蘭と桂花は無言で王を見ていた。
「先王には即位前から子供がいなかった。すでに何人かの女を侍らしていたのに、そして、即位した後も、後宮の女達は子供を産まなかった。それがすべての発端。
 先王が何を考えていたのか知りたくもないが、ありえないことをやりだした。
 後宮に男を引き入れたからだ。それから、子供が生まれだした。
 子供が王の子供でないらしいのは当時後宮にいたほとんどのものが知るところだった。
 そして先王が死んだとき、まあ上層部はそのことを把握していたし、他の王子たちも同様、もしかしたら奇跡的にできた先王の実施も紛れていたかもしれないが、確かめるすべもない。
 そんなわけで、王子たちの後継者争いは激化し、今の王しか生き残らないという顛末になったわけだ」
 美蘭は冷や汗をかいていた。
 本当に聞いて後悔するような話だ。
 王の血の正当性を王と呼ばれたものが壊そうとしたのだ。
「だから口を封じられたの」
 桂花の手が力なく美蘭から離れる。
 美蘭は桂花を支えた。
「気持ちは、わかるよ、私もひどいものをたくさん見た。家族じゃないけど、友達の死体を見つけた時は」
 そうして美蘭は言葉を詰まらせた。
「姉さんは、ほんの少しだけあなたの友達を殺してしまったのね」
 国が荒れた原因が後宮にあるなら。それはそうかもしれないが、美蘭はそこまで思っていない。運が悪い時にそんな場所にいたというだけだ。
「桂花、友達の死体を見るのは気持ちのいいことじゃないんだよ」
 桂花は長い息を吐いて、そのままこと切れた。
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