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金銭裁判

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 藩冠黎、罪状、恐喝、というわけで食堂で一同そろったところで弾劾裁判が始まった。
「とりあえず、刑吏につきだそうと思います」
 李柴源があっさりと言う。
 一同は水を打ったように静まり返った。李柴源が何のためにここにいたのかようやく悟ったのだ。
 彼はいざという時、自分たちを裁くためにいるのだと。
「あの、突き出すんですか?」
 一番付き合いの古い、といっても数日だが真影が恐る恐る尋ねる。
「そうですね、恐喝は立派な犯罪、このままにしておくわけにはいきませんから」
 青ざめたのはおそらくほかの金を使い果たした連中だろう。
「それでどうなるんですか?」
「もちろん仕事は馘首、実家に戻されても、居所があるかどうか」
 漢途が何とも言えない顔をする。試験に受かってそれから外された場合、再就職はまず無理だ。
 その場合ただのごくつぶしとなる。
 深々は被害者ではあるが周囲の重苦しい雰囲気にいたたまれない顔でうつむいている。
「どうして金を渡したんだ」
 体格では深々と冠黎の対格差はそれほどない、抵抗できたはずだ。
「身分が違うんだ、もし逆らえば、どんな目に、いや家族に危害を加えられるかもしれない」
 身分という後ろ盾から時間にして半月の距離に引き離されている、そのことをよくわかっていないようだ。
「どういう理由をつけて、君の家族に危害を加えるっていうんだ?」
 真影としては、どういう理由をつけて、使用人でもない深々の家族に冠黎が身内に危害を加えるよう説得できるのかちょっとわからなかった。
 漢途を見ると首をひねっている。
 頭からそう思い込んでしまっているんだろう。
「なかったことにしたいなら、きちんとお金を返すんですね、十貫金払いなさい」
 その間に話は進んでいたようだ、李柴源が冠黎を追い詰めている。
 財政が苦しいので、現王は横領にはとても厳しい、金遣いが荒くて恐喝したなんて人間の居場所はおそらくない。
 顔を見ればおそらく恐喝した金は使いきってしまった後だろう。だから新たな恐喝をしたのだ。
 しかし、深々がどれだけ金を持っていると思っていたんだろう。
 深々の実家は真影よりちょっと裕福な程度だ。おそらく。
 それに手持ちのお金は見習い期間の給金だけだ。
 その金額はわかっていたはずなのに。
「もしかして、深々もうお金ないの?」
 そう尋ねると沈痛な面持ちで頷く。
「じゃあ、こうしましょう、前払いされた食費から、深々に金を返します、そして、食費が無くなった以上、藩冠黎に朝食と夕食を食べる権利はありません」
 本当は少し足りないんだが、このまま深々に不自由をかけるわけにはいかない。足りない分は来月分から引くことにしよう。
「おい、それだと」
 来月の給料日までまだ日はある、その間飲まず食わずかと金武が訊ねる。
「昼は、仕事場で食べられるだろう、一日一回食べれば生き延びるには十分だよ」
「ああ、まあ、そうなのか?」
「そうですねえ、嫌なら、長官に連絡の上処分ですが」
 李柴源が考え考え尋ねる。
 頷くしかなかった。
「でも仕事休みの日は昼飯もないぜ」
「一日くらいで死なないって、子供でも三日の絶食に耐えたよ」
 ついでに言えばそれは真影の実体験だ。親のせいの時と、内乱が起こりかけて、物資が天暁に送られなくなったときとかに経験した。
 処分決定。全員沈痛な面持ちのまま、裁判は終わった。
「そういえばお前達は大丈夫なのか」
 漢途も圭樹も金武も全員いいところのお坊ちゃんばかりだ。
「僕はね、官吏として芽が出なければ適当な支店を継げと言われているんだ会計管理はばっちりさ」
 圭樹が胸を張る。
「ついでにほかの二人には、今手持ちの金を次の給料日までの日数で割って、それが、一日に使える金だって教えておいたから」
 漢途と金武が大きく頷いた。
 真影にはわざわざ言う必要を感じなかったと言われてその通りだなと思った。

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