15 / 73
明日のために
しおりを挟む
鈿花の今の役割は群舞の最後尾につくことだった。
さすが王宮の舞台。数十人からの演舞がある。
それが幾何学を描くように舞っていく。傍から見れば結構な見ものだ。
これで経費削減のため縮小されたのだそうだ。先代の皇帝の時はどれほどの規模だったのだろう。
後ろから、妓女たちの舞踊を見ながら鈿花はだだっ広い舞台を眇めて見ていた。
一日の練習が終われば、あとは自由行動だ。そろそろ日が暮れるので、さっさと部屋に帰って寝るしかないが。
それでも王宮の中を歩けるなどなかなかないと物見遊山に庭園を歩いていた。
そろそろ新緑も終わり、深緑色になりかけた木々を見るともなく眺めていた。
そっけなく植えられている木々もおそらく、庭師が、精魂込めてその形にたわめたのだろう。
鈿花はただ、そこにたたずんでいただけだ。
「久しぶりだな」
思わぬ声がした。
存在を本気で忘れかけていた男がそこにいた。
鈿花が売られた妓館の息子だ。
「久しぶりですねえ」
鈿花の表情はなかった。何しろ、妓館の主の息子だということをかさに着て、散々な嫌がらせを受けていたのだ。その相手ににこやかな顔ができるわけがない。
「ずいぶんと不愛想な、礼儀も忘れたのか?」
お前なんかに使ったら、礼儀がかわいそうだろう。ましてや、本来礼儀を払うべき方々に失礼というものだ。
鈿花の心中の罵詈雑言は決して表に出さなかったが、それでも悪意は伝わったようだった。
襟首をつかまれ鈿花の身体がかしぐ。
「何をするんです」
「お前、俺を馬鹿にしただろう」
当たり前だ。馬鹿にしたのは、相手が本当に馬鹿だからに決まっている。
弱い立場の人間に威張り散らすことしかできない人間なんて馬鹿にされるに決まっているだろう。
「放してください」
「うるさいな、人がせっかく」
せっかくなんだ、厄介ばらいで鈿花を手放したのはそっちだろう。
視線を感じた。女官達がこちらを見ている。
「明日のために」
鈿花は妙に抑揚のない声で呟く。
相手のつま先を踵で踏みにじった。
「痛点は積極的に狙え」
手が緩んだその時、鈿花の膝がわき腹をえぐった。
「急所は確実にえぐれ」
頭をつかんで顔面にさらに膝をたたきこむそして、倒れた相手の後頭部に踵を叩き込んだ。
「倒れても安心せずに追撃」
動かなくなったのを確認して、鈿花はさっさとその場を離れた。
一部始終を見ていたらしい女官が、硬直している。
武と舞は実は似ている。鈿花が、舞姫として何とかやっていけたのは、愚連隊時代に培った格闘技の素養故だったと、この男は知らなかった。
かつて、この国が他国と戦乱状態だった時代に現役だった老軍人は実戦仕様の戦い方を叩き込んでくれた。
故郷を遠く離れたあの場所なら、鈿花も下手にでざるを得なかった。
そっちから縁切りしたのに、なんで鈿花がおとなしくしていると思ったのだろう。
乱れた襟を直して、鈿花は後ろも見ずに歩き去った。
さすが王宮の舞台。数十人からの演舞がある。
それが幾何学を描くように舞っていく。傍から見れば結構な見ものだ。
これで経費削減のため縮小されたのだそうだ。先代の皇帝の時はどれほどの規模だったのだろう。
後ろから、妓女たちの舞踊を見ながら鈿花はだだっ広い舞台を眇めて見ていた。
一日の練習が終われば、あとは自由行動だ。そろそろ日が暮れるので、さっさと部屋に帰って寝るしかないが。
それでも王宮の中を歩けるなどなかなかないと物見遊山に庭園を歩いていた。
そろそろ新緑も終わり、深緑色になりかけた木々を見るともなく眺めていた。
そっけなく植えられている木々もおそらく、庭師が、精魂込めてその形にたわめたのだろう。
鈿花はただ、そこにたたずんでいただけだ。
「久しぶりだな」
思わぬ声がした。
存在を本気で忘れかけていた男がそこにいた。
鈿花が売られた妓館の息子だ。
「久しぶりですねえ」
鈿花の表情はなかった。何しろ、妓館の主の息子だということをかさに着て、散々な嫌がらせを受けていたのだ。その相手ににこやかな顔ができるわけがない。
「ずいぶんと不愛想な、礼儀も忘れたのか?」
お前なんかに使ったら、礼儀がかわいそうだろう。ましてや、本来礼儀を払うべき方々に失礼というものだ。
鈿花の心中の罵詈雑言は決して表に出さなかったが、それでも悪意は伝わったようだった。
襟首をつかまれ鈿花の身体がかしぐ。
「何をするんです」
「お前、俺を馬鹿にしただろう」
当たり前だ。馬鹿にしたのは、相手が本当に馬鹿だからに決まっている。
弱い立場の人間に威張り散らすことしかできない人間なんて馬鹿にされるに決まっているだろう。
「放してください」
「うるさいな、人がせっかく」
せっかくなんだ、厄介ばらいで鈿花を手放したのはそっちだろう。
視線を感じた。女官達がこちらを見ている。
「明日のために」
鈿花は妙に抑揚のない声で呟く。
相手のつま先を踵で踏みにじった。
「痛点は積極的に狙え」
手が緩んだその時、鈿花の膝がわき腹をえぐった。
「急所は確実にえぐれ」
頭をつかんで顔面にさらに膝をたたきこむそして、倒れた相手の後頭部に踵を叩き込んだ。
「倒れても安心せずに追撃」
動かなくなったのを確認して、鈿花はさっさとその場を離れた。
一部始終を見ていたらしい女官が、硬直している。
武と舞は実は似ている。鈿花が、舞姫として何とかやっていけたのは、愚連隊時代に培った格闘技の素養故だったと、この男は知らなかった。
かつて、この国が他国と戦乱状態だった時代に現役だった老軍人は実戦仕様の戦い方を叩き込んでくれた。
故郷を遠く離れたあの場所なら、鈿花も下手にでざるを得なかった。
そっちから縁切りしたのに、なんで鈿花がおとなしくしていると思ったのだろう。
乱れた襟を直して、鈿花は後ろも見ずに歩き去った。
1
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる