たとえるならばそれは嵐

karon

文字の大きさ
43 / 73

胎児

しおりを挟む
 宰相の姿が消えた後、貴妃は大きく息を吐いた。
「お茶の一つも出すべきだったでしょうか」
 鈿花が茶器を横目で見た。
「妃がもてなしていい男は皇帝陛下だけだからね」
 額にほつれた髪を払いながら貴妃は唇を噛む。
「釘を刺されたと考えていいでしょうね」
 賢妃は不思議そうな顔をする。
「おそらく、国母となる可能性の高い人間は私かあなたであることを考えてああいうことを言い出したのですよ」
 後宮に入ってしばらく経っている。人間関係や権力の対比図そんなものをある程度読み解けるほどの時間は余裕であった。
「徳妃は最初っから子供を作るつもりはない。淑妃は皇帝が警戒して子供を作るようなことをする気がない。つまり候補者は私たちだけなのですよ」
「すでに決まっているのでは?」
 賢妃は貴妃の腹を見た。
「子供が男とは限りません。それに、聞いた話ですが、二人以上子を産んだ妃はいないと」
 子供を産めばどうしても体形が崩れる。そして容姿の衰えた妃はサッサと別に乗り換えられてしまうものだ。
「皇帝陛下次第だけどね」
 すでに皇帝陛下に見放されて、別の妃をあっせんしろと言われている身にはもはや手が離れたことだ。
「さて、皇帝陛下はお若い、私が古株の妃として見向きもされなくなる日はそう先ではないかもしれませんね」
 物憂げなしぐさで長椅子に寝そべる。
「鈿花、ちょっと飲み物を用意して。さっきのお茶はにおいがきついの、さっぱりしたものをお願い」
「青茶にしますか」
「それでいいわ、賢妃殿、どうなさいます」
「私はいいわ」
 そう言って、貴妃の傍に歩いていく。
「それで、貴女はこれからどうするつもりですの」
 賢妃は、不意に気が付いた。
「どうして宰相は、釘を刺そうと思ったんでしょうか」
 貴妃は傍目には欲のない物静かな女だ。皇帝の最初の子を孕んだというのに、いまだおごり高ぶった様子は見せず、物陰に潜んでいるかのような物腰のままだ。
 だけど、さっき宰相の話を聞いている途中から、別の女のように雰囲気が変わった。
「さあ、私にはわからないわ」
 唇は笑みを描いているが、目は笑っていない。
 ぞくっと背筋に冷たいものが走った。
 宰相は何を知っているのか。たぶんこの女には裏がある。
 そう確信したが、その裏が、どういうものかわからない。
「淑妃に気を付けてください、あの人は本当に馬鹿だから」
 かかわりあってはいけないと賢妃は確信した。皇帝の寵愛を争う羽目にならなくて運がよかった。
 もしこの女と敵対したら、ものすごく巧妙に抹殺されるかもしれない。
 貴妃は茶を飲んでいる。
 目が急に虚ろになった。
「宰相が言いたかったのは、もしかしたら、かつて国母になりたがった女が作り出した地獄を私が知っているということ」
「地獄」
「私に何ができるのかしらね、私は地獄の片隅で震えていただけ。何もできなかった」
 表情は無だった。もともと整った顔がまるで人形のようだ。
「たぶん、私は何も知らないし、国がどんなことになっても屋敷の奥に閉じこもっていた。だからわかる。見たことがあるというだけで、それは力なんでしょうね」
 そう言って賢妃はため息をついた。
「女の子のほうがましに思えてきたわ、おそらく男の子だったとしたら、下手をすれば用済みとして消されかねない」
 そう言いながら腹を撫でた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...