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これはいじめ

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 乗り物は馬車だった。内燃機関によるエンジンの小型化はいまだなされておらず、小型自動車の開発はいまだなっていない。
 つやつやした塗料の塗られた、いかにも高そうな馬車に乗り込む。座席はクッションが訊いていて、さらにスプリングで揺れ対策がなされていた。
「うわあ、木の板の座席の馬車しか乗ったことないからなあ」
 タロが座席をパンパンとたたく。
 カラは列車に乗った時よりも興味深そうに内部を見回していた。
「私はマデリーン、軍所属の魔法使い兼転生者よ、元の出身はイギリス、貴方方は?」
「魔法使い、兼転生者だと」
「チートだね、本当にいたんだ、チートって」
 カラとタロがマデリーンを見て盛り上がっている。
 二人とも、やせぎすの栄養の少し足りていない子供に見えた。
 カラが比較的整った顔立ちをしているだろうか。
 栗色の髪に、やや日焼けした肌、茶色の瞳。
 タロの色彩も似たようなものだ。髪は短く刈りあげてある。
「貴方方は何人だったのかしら、私の質問に答えてくれる?」
「二人とも日本人です」
 タロが答えた。
「それで英語はわかる?」
 タロが目をそらした。
「私は日常会話ぐらいなら何とかなります、読み書きは少し怪しいけど」
 カラがそう言った。
「ああ、できるんだ、日常会話に困らないってかなりできるほうなんじゃね」
「海外遠征で、しゃべれないと困るし」
「え、海外遠征って、何やってたの?」
 カラは一瞬気づまりな顔をした。
「体操の、国体選手だったの」
 思わずカラを凝視したのはタロとマデリーン同時だった。
「すごいね」
 カラはうつむく。
「競技のこと以外何も考えない日々だったわ、その挙句が、残念転生者よ」
 何とも言い難い空気が、馬車内に満ちた。
「今ね」
 マデリーンが慌てて会話を切り替えた。
「今、この国の上層部は焦っているの」
「焦っている?」
「貴方方だけではないのよ、最近国を変えるような知識を持つ転生者が減っているの」
「つまり、知識の頭打ちってわけか?」
「あっちが便利になりすぎたの、そして専門性が高くなりすぎた。パソコンを使えたとしてもパソコンを作り出すための理論とか、知らないでしょう」
 二人はこくこくと頷く。
「に十世紀初頭ぐらいの機械なら、この世界でもなんとか再現できたでしょう。でも今の地球の技術をこの世界にもってきても役に立つかどうか、たとえ専門職が転生してきたとしてもその技術を伝えることができるかどうか、結局使えない知識だけがたまっていくわけ」
 確かに、足踏みミシンくらいならこの世界でも再現できるだろう、しかし今のコンピュータ制御のミシンを作ることはたぶんできない。
「役立たずは俺達だけじゃないとして、どうして俺たちだけなんだ?」
「ほかの転生者は、補助を受けなくても進学できる資産のある親の元に生まれたから」
 重力がゆがんだかのように空気が重くなった。
「貧乏人いじめかよ」
 タロが頭を抱えた。
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