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中将

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 いかにも厳めしい軍人が椅子に座っている。灰色の髪は真後ろに撫でつけられ、固く引き結ばれた唇の周囲を覆うように豊かな髭がはやされ、目は不機嫌そうにひそめられている。顔面も体格もがっちりという形容がぴったりだ。
 イリアス少佐はそれを涼しい目で見ていた。彼は細身で、怜悧という印象が強い青年だた。
「もはや、わが国に転生者は不要だ」
 いかにも厳めしい軍人はそう言い放った。
「すでに転生者の技術は頭打ちだ、そんな奴らに国家の資産を使うわけにはいかない」
「さようでしょうか」
「今回作戦で、転生者がいかに役に立たない存在か証明して見せよう」
 自信満々に笑う男にイリアス少佐は冷ややかな視線を送る。
 今回連れてこられた転生者は、さしたる知識を持っていないと見捨てられた存在だ。そんな連中を転生者代表として話を進めようとしても、それを受け入れるわけがない。
 ましてや、最下層の苗字を名乗ることすら許されない身分に生まれ、まともな学習すらしていないのだ。
 茶番とはこういうことか。
 確かに鉄道建設などの大掛かりな事業を展開することはなくなったが、地味に転生者は有益な知識をこちらに差し出している。
「さて、役立たずどもを呼んで来い」
 灰色の眉を忌々しげにひそめ、軍人はそう尊大に言った。
「かしこまりました、マーチング中将」
 このフェントス基地の最高司令官にイリアス少佐は一礼した。

 連れてこられたのは、小柄な少年少女だった。
 士官学校だったら初級性ぐらいだろうか。実際には前世の記憶があるため、実年齢よりも老獪であることが多いのだが、この二人はどうだろうか。
 身体つきも細い、あまり裕福な暮らしをしていないのが、体形に現れている。
「カラと申します」
 そして深々と頭を下げる。
 腕を体の両端につけて身体をまっすぐの状態で曲げるというのは異世界の礼儀作法らしい。どこか規律正しさを感じた。
 礼儀を守っているのなら、それはそれでいいと、自分の知る世界の挨拶とは違った挨拶をした少女を黙って見守る。
「タロと申します」
 少年のほうは身体を曲げるところまでは一緒だが、掌を重ねた形で頭を下げる。
 この挨拶の差はいったい何だろう。
 疑問に思えど、今はそれを聞く時間ではない。
「君達が、呼ばれた理由はわかっているな」
「はい」
 返事はそろっている。
「君たちにできそうなことは何かね」
「すいません、俺料理人なんで、料理のことしかわからないんですよ。新しい献立を考えるくらいしか思いつきませんね」
「すいません、わかりません」
 少女は早くも涙ぐんでいる。
「仕方がない、では、タロといったな、この食堂の料理を食べて、改善点を見つけられるかやってみろ、カラといったな、君はその助手を務めるように、もしうまく献立が作れたら、仕事を終えたということにしよう、二人ともな」
 おどおどした少女があまりに哀れに思ったのか、そう助け舟を出した。
「マデリーン、君は、彼らの警護を」
 二人を引率してきた上級軍人にそう命じる。
「必要ないと思うがね」
「転生者は、貴重な存在ですから」
 そう言った自分の声どこか嘘寒く感じて、イリアス少佐は小さくため息をついた。


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