イマジンコード・オーバー・ザ・シンギュラリティ~少年は幻想魔剣の夢を見るか~

儀仗空論・紙一重

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死とは何か

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 ……何が起きた?

 ふらり、ほとんど無意識に立ち上がる。どうして、オレはまだ死んでいない?

 オレの身体に突き刺さる銃弾のあの不快な感触を覚えている。

 痛くて、熱くて、そして、クソ不味い。

「……おや、さっきまでの威勢はどうしたんだい、ルジネくん。若いのにたった一発で果てるなんて情けないぞ」

 しとりの言葉は相変わらず軽々しく下品でちょっとセンシティブだったけど、その口調には明らかな警戒が滲み出していた。そりゃそうだ、殺したと思ったやつが立ち上がったんだからな。オレだって信じられないもん。

 もごもごと口から吐き捨てる銃弾。からからといびつな形に捻じくれた弾丸が床に落ちる。

 何が起きたのかわからない。自分がどんな状態なのかも把握できない。ただこの状態がとても良くないことだということだけは理解できた。あまりにもテンションがハイすぎる。

 だらりと下げた両腕。かろうじて魔剣だけは手にへばりついている。

 力なく剣先をしとりに向ける。

 まだ視界はぼやけたまま、そう、この靄がかかった思考のように。

 それでも、がちゃりと重苦しい金属音が響いて、しとりが銃を構え直したのはわかった。

 ぐじゅりと剣身が歪み、そして、その切っ先が制御を失った自動接続コードのようにうねり狂ってしとりへと這い寄る。

「君は何者だ?」

「オレはただの高校生だ、男子高生のしぶとさナメんな」

 無秩序に這い廻る混沌。銃で無理矢理軌道を変えることでその間隙に身体をねじ込ませる低い体勢で躱しそのまま突撃してくる。

 沸騰して思考を鈍らせていた血が抜けたのか無性に頭が冴え渡る。冷静と情熱の間で狂気が渦巻く。今ならどんな攻撃すらも避けられる、そんな全能感に酔う。

(男子ってこれだから暑苦しいのよねー)

 嘲り笑い、ギリギリと振動する魔剣。黙らせたくて上段に振り上げる。うねっていた剣身がぶしゃりと腐敗した肉片のように弾け飛ぶ。四方に飛散するそれすらもしとりの肢体を汚せない。なんて素早くて鬱陶しいウサギなんだ。

「どうしたら君は果ててくれるのかな?」

 オレの懐に飛び込むしとり。オレを見上げる真っ赤な瞳、その恍惚と上気した表情にぞわりと戦慄しながら、魔剣を両手で握り直して思いっきり振り下ろす。この状況に興奮するとか狂ってやがる。

「あんたがナニしてくれるか次第だよ!」

「あはッ、いいね、ノッてきたじゃないか!」

 ぺたりと開脚、前傾、会心をずらされる。ほとんど威力のなくなった斬撃を背中の銃で受ける。と同時に背の長大な銃を手に取る。超至近距離、目の前に突き付けられる大口径の銃口。煽情的な前屈みの体勢、背中を反らすとぷるんと胸が強調される、挑発的な上目遣い、両手を背に、銃を担いだままのいびつな射撃体勢。

 咄嗟に魔剣を前に「しまっ」にやり、勝利を確信したのか薄く笑うしとり。

 一切の躊躇なく。立て続けて数発の炸裂音。

 死を覚悟して目を閉じる。

 一瞬すら永遠に感じる。心臓の鼓動すら感じない。

「……何だ?」

 しとりの唸りじみた低い声におそるおそる目を開ける。……死んでない?

(おほほ、悪意とは凶器、あるいは狂気を以て伝染する、この鉄屑は不味いがこやつの悪意はたまらなく美味じゃなあ)

 ぬるり、どす黒い血で形作られたような不定形の魔剣が、キュルキュルと回転する銃弾を覆い、そして、がぱり、飲み込む。

 そうだ、この魔剣はさっきも銃弾を喰っていた。

 全てを(気分によって)喰らう魔剣。

 よくわからないけど、この魔剣ならあの銃弾を無効にできる。

「やられたなあ、その魔剣はきっと……」

 しとりは体勢を無理やり戻すと、瞬時に背中の銃を振り抜く。咄嗟に魔剣でガードはしたが、また弾き飛ばされる。クソ、しとりも身体能力がおかしくないか。

 だけど、今度は反応できた。距離は開けられたがなんとか踏みとどまる。感覚は冴え渡っている、大丈夫、今なら銃弾より早く動ける。

 良い状態じゃない、なぜなら悪くない気分だからだ。

 あの不可解で不快な喪失感のあとに何も起きていないはずがない。

 オレは何を失った?(いひひいひひ、何じゃろうなぁ、主は一体何になったんじゃろうなぁ)

「君は不死身の死神にでもなったのかい?」

「知るか。だけど、どれもこれもオレのなりたいモンじゃねえな」

 捨て台詞じみていて自分で言っといて嫌悪、振り払うように黒刃の血飛沫が舞う。

 黒く穢らわしい花弁を纏いながら跳躍。鬱陶しく光り輝くホログラムモニターを突き破る。漆黒が砕けたホログラムを撒き散らす。

 その様は、翼だ。

 穢らわしい暗黒と、砕け散る光明。オレにはあまりにも無様。

 結局のところ、オレは正義の味方にはなり得ない。こんなキモい魔剣が相棒な時点で終わってる。

「目くらましのつもりなら無駄だよ、私は目が良いんだ」

「お前如きに逃げも隠れもするかよ!」

 だから、オレはオレのやりたいようにする。オレがムカつくやつをぶっ飛ばす。

 それだけでいい、それだけをできる力を望んだんだから。

(あははうふふ! わらわの主にはただ狂気だけがあればいいのじゃ!)

 構えも技術も作法も思想もなく。

 ただひたすらに全力で叩き付けた魔剣は斬撃を受けようとしたしとりの銃を粉砕する。

 しとりは予想外の衝撃に少し驚きながら咄嗟に、銃だけではなく自身にも振り下ろされんとする斬撃を回避する。

 斬撃の衝撃が今までびくともしなかった床を揺らし、盛大な爆裂音とクレーターじみた陥没を引き起こす。ホログラムモニターがことごとく砕けて消える。監視の光に照らされていた部屋がノイズにまみれて暗くなる。

 その凄まじい攻撃の様にさらに後退するしとり。

 そして。

 衝撃と爆風が凪ぎ。

「……今回はこれで終わろうか」

 砕けた銃の欠片を放り投げて、しとりは肩をすくめた。明滅する光と影の中、その表情はいまいち読み取れない。

「おい、待てよ、オレがこのままお前を逃がすと思ってんのか? オレのテンションはまだ収まってねえぞ」

「お、いいね、腑抜けた外殻人にしてはそそる顔つきになったじゃないか、ルジネ君。だけど、私はもう萎えちゃってるからさ、また今度にしようか」

「ああ? 何言ってんだ、今度なんて」

「私達はこの世界構造を赦しはしない、神以外にこの地上に大地を創造することを決して認めない」

 オレの言葉を遮ったしとりの真っ赤な瞳が暗闇に爛々と輝いた気がして思わず怯んでしまう。

 しとりらしく(しとりのことなんて1mmも知らねえけど)ないその言葉こそが、しとりの本心で、しとりが遂げたい本懐だ。なんとなくそんな気がした。

「じゃ、これでお別れだ、じゃあね、ルジネ君」

 暗転する直前に見えたそれは。

 あのジャンク屋跡地で初めて会ったときみたいな無邪気な笑みだった。

 すると、しとりが何かを操作したのか、部屋の中心にぽっかりと穴が開く。

「ふふッ、これだけは覚えていてね、ルジネ君。キミ達の足元には常に私達が蠢いているってことをさ」
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