イリーナ

日暮マルタ

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魔女

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「本当に、僕の知っているイリーナ……?」
 中庭に出ると、案の定ニコライが後を追ってきた。
「久しぶりね。元気にしてた?」
 あんな別れ方をしたけれど、やっぱり思いだすのは優しくされた記憶ばかり。
 懐かしくて、優しい気持ちになる。
「僕は……元気だよ。き、綺麗になったね」
 妾の頬は赤く染まった。こんな甘酸っぱいやりとりをするとは思わなかった。
「本当に、あの公爵と上手くいってるの……? 君には、とてもそんな」
「この上なく、何の不満もなくてよ」
「そう……そうなんだ」
 ニコライは肩を落としていた。
 二人きりで薄暗い中庭にいたから、変に勘繰られても困る。妾は会場に戻った。
「酔いは覚めた? そろそろ頃合いじゃないかな。帰ろうか」
 スヴェンは急ぐように家に帰る馬車に妾を押し込んだ。

「楽しかった。でも、すごく疲れるのね」
「そうだな……私は、靴を新調せねば」
「あら、ごめんなさい。妾のせいね」
 ダンスの時に散々踏んでしまったからだろう。スヴェンって、怒らない人だなぁ。
「靴を買いに行く時も、側にいてくれるか? 私の行く先に、着いてきてくれるか?」
 スヴェンは仮面を外し、真剣な表情でそう言った。
「え、ええ。あなたが望むなら……」
「なら、いいんだ」
 彼は安心したように、柔らかい笑みを見せた。

 ニコライから手紙が届かなくなった。先日の夜会から、急にだ。久々に妾に会って、嫌になった? 思ったのと違った? 色々考えた。答えはわからないまま。
 スヴェンはどこへ行くにも妾を連れ歩くようになった。前からそういう節はあったけど、圧倒的に頻度が増えた。
 フェンも連れて、家族で出かける。こんなに幸せでいいのかしら。
 スヴェンは国王から言われた邪魔者を暗殺する仕事を内密に請け負っているらしかった。その分色々と融通を利かせてもらっているそうな。
 敵を葬るのは妾も手伝えた。暴走しやすい闇魔法も、大人になってからは自然と安定した。押さえつけようとするのではなく、適度に力を抜くのがいいとスヴェンは教えてくれた。暴走しても、スヴェンがいれば後始末はしてもらえるし。その甘えが安定につながる。
 脱税の尻尾を掴ませなかった貴族の死体をブラックホールに落としていると、妾まで引っ張られて危なかった。スヴェンが妾の腰に手を置いてブラックホールを相殺してくれる。
 この人が旦那様で良かった。他のどんな人でも、妾は幸せになれなかっただろう。

 頭に麻袋を被った人間が二人、並んでいる。
 今日の遊び相手だが、なぜ顔が見えないのだろう。罪人だから両方死んでもいいとスヴェンは言うが、袋は外すなと厳しく言われる。
 自分が右端にいると思う者は手を挙げるように、と言った。二人手を挙げた。右の者と左の者。左の者の手をナイフのようにとがらせた魔力で切り落とす。血が吹き出し、右の者に血がかかった。くぐもった悲鳴が聞こえる。
「妾は、顔が見えた方が好きだわ」
「そうか、私もだ」
 釈然としない返事が返ってくる。今日は頭を開きたい気分だった。灰色の脳みそに指を入れてかき混ぜたかった。しかしできない。
 ふと、二人の身なりに目がいった。貴族のような上等な服を着ている。国王からの依頼だろうか。珍しい、身分の高いものを遊び道具にするのは結構好きだ。
 よく見ると、一人はもしかして、女か? 騎乗服のようなものを着ていて気付かなかったが、胸がある。
 やはり服が邪魔だ。二人は後ろ手に縛られているが、押し倒して服の前側を切り裂いた。やはり片方は女だった。
 指を切り落とすのにはもう飽きた。魔力のナイフで腹部を裂く。上手くいかなくて、皮だけではなく内臓まで裂け、中身がでろんと出てきた。人間の中身は鼻につく。
 もう片方の腹も裂いてみた。今度は内臓を傷付けることはなく、妾は宝石を取り出すように内臓を取り出して握りつぶしたり焼いたりした。
 拘束されながらも暴れていた二人だったが、威勢を無くして動かなくなった。反応がなくなると、つまらない。二人をブラックホールに落とそうとしたところ、スヴェンに「顔を見てごらん」と言われる。
 麻袋を外すと、そこにはニコライとマリアがいた。
 なんて、なんてこと……懐かしさを始めに感じたが、今はそれどころじゃない。
「妾、友達を……」
「一人は婚約してたんだって?」
 スヴェンは静かだった。静かに妾の反応をうかがっている。
 マリアはともかく、ニコライが何をしたというのだ。あんなに優しかったのに。
「スヴェン……」
 止めようのない闇魔法の暴走を感じる。
 胸の内に熱く、朱く、彼の血を見たいと妾の中に叫ぶ者がいる。
「スヴェン、愛しているわ」
 妾は彼の体を切り裂いた。彼は血を吐き、「地獄で待ってる」と笑った。

 屋敷の人間は焼き、切り、潰し、引き延ばし、全て死を迎えた。妾以外は。
 寝室に置いていたお気に入りの丸い皮膚人間も腐り始めた。
 フェンだけが私の側にいたが、そんな生活をしていると近隣の住民も気付くし、国から兵も送り込まれた。
 妾は抵抗した。数々の死体を屋敷のエントランスに積み上げた。確実に地獄に行けるように。そして妾は魔力切れで眠りこけている間に、処刑台まで運ばれた。
 フェンが心配そうにこちらを見ている。あの子も殺してあげなくちゃ。だけど、魔法が使えない。そういう魔法封じの手錠らしい。
 断頭台に寝て、妾にこんな穏やかな最期が訪れるなんて、と少し嬉しかった。
 今行くね、スヴェン。
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