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第13話 朝の散歩にて
しおりを挟むベッドから起き上がる瞬間「痛っ……」
金槌で殴られたように頭が痛んだ。胃袋からはまだアルコールの味がして、反対に口の中はカラッカラに渇いていた。気持ち悪くて、最悪な目覚め。
時計を見ると、まだ朝の8時過ぎだった。サクラは毛布にくるまり、まだ眠っている。そういえば寝ている姿を見るのは初めてかもしれない。
取りあえず台所に行って水をコップ1杯飲み干す。灼熱の砂浜が水分を吸い込むようにして、喉はすぐに渇いた。コップ1杯ごときじゃあ潤ってはくれなかったようだ。
「ずいぶん早いじゃん」
部屋に戻ると寝起きの顔をしてサクラが言った。
「俺も思った」
たまにはいいだろう、そう思い俺はカーテンを開ける。
窓の外には久しぶりに見る朝らしい輝きが広がっていた。さて何をしようか――普通の人なら早起きをした時ぐらいはそんなことを考えるんだろう。だが俺は、朝の光を目の前にして非常に気分が落ち込んだ。
昨日のことを思い出したからだ。
俺はこれから何をすればいい。
やりたいことリストも、やり残したことリストも失敗に終わったこの俺が、この先に何を期待すればいいんだ。俺に一体、何ができるというんだ。
眩しい朝が痛くて、握ったままのカーテンをぴしゃりと閉めた。
「今度は何をするの」
「……読心能力もあるのか?」
「なにそれ」
今度は何をするのか、俺が聞きたいぐらいだっつの。
ややあって、俺は朝の散歩に出掛けることにした。どうせすることが無いのと、昨日は夜の散歩をしていないからだ。まだ夜の寒さが抜けきらない空は、それなりに澄みわたっていた。
道幅の狭い歩道、畦道、バス通り。いつもの散歩コースを歩いてみるが、夜か朝かの違いだけなのに全く異なる世界を歩いているように感じた。決まった場所しか照らされない夜に比べ、この時間はどこに行ってもくっきりと明るい。
まるで町というか、この世界全体が俺のことを――つまりは人間のことを受け入れているみたいに思える。
「やっぱり俺には夜がお似合いだ」
「夜? 別に似合ってないよ」
ははは。
「相変わらず言ってくれるな」
笑いながら返したがサクラはもうそっぽを向いていた。これ以上の会話を求めていない、どうせそんなところだろう。だから俺も望み通りに口を閉じることにした。
ところが間もなく、
「質問に答えてよ」
「質問?」
果たして。
「今度は何するのってさっき聞いたじゃん」
あぁ、そういえば、答えていなかったな。
「何もない、かな」
「ふうん」
「もうやり残したことは、何もない」
俺は正直に言ったつもりだった。だが、心なしか気持ち悪さが残った。サクラはもう前を向いていて、会話が終わったことを俺は知ったが、そうなると余計に気持ち悪さが込み上げてきた。
やり残したことは何もない――それは本当なのだろうか。
いや、本当だ。もう俺には何の悔いもない。
でも、なんでだろ? 気持ち悪さが取れない。
もしかして俺……嘘をついてる?
「あの、さ……」
「何」
いや、嘘はついてない。
いややっぱり嘘をついてる。
頭の中はいつの間にか、堂々巡りに陥った。1度気になったそのことは存在をみるみるうちに大きくしていき、もう俺は無視をできなくなってしまった。
「ひとつだけ、聞いていい?」
「だから何」
「顧客情報……って、俺の交友関係まで知ってるのか? その、なんていうか、小学時代の知り合いとか友達とか」
「……ある程度は」
「早川、早川……雫……」
ところが、その名前を口にした途端、後悔の波がどっと押し寄せた。
この思い出だけは汚したくなかった。だから今まで決して口にしなかった。
これまで何ひとつ上手くいってないのに何を期待しているんだ。馬鹿だ。救いようがない馬鹿だ。お前は裏切り者だ。だけど1度思い出したら、もう止まらない。
止まらなくなっていた。
俺は会いたかった。
雫にずっと会いたかったんだ。
「雫がどこにいるか……分からないか?」
「雫って小学の同級生の、あの早川雫?」
サクラの表情はほんの少しだけ変化を見せる。
「うん。その、俺の、初恋の相手なんだ」
「は?」
「いや、だから……初恋の相手なんだ」
「そうなんだ」
初めて見るような表情をしていた。驚いているような、何かに興味を示しているような、サクラらしくない、いかにも人間らしい表情だ。
「それは、知らなかったな」
「顧客情報が入ってるんじゃないの?」
「いや、早川雫は知ってるけど。初恋とかは知らない」
「そうか。それで、どうかな……?」
俺はいつにもなく緊張している。心臓が強く波を打つ感触が嫌で、はやく答えを言ってほしかったが、逆にサクラは中々口を開かなかった。視線を斜めに動かしたと思いきや、今度は地面を向く。沈黙が訪れる。しばらくして、俯いたまま静かな口調でサクラは口を開いた。
まるで言いたくないことを言うときみたいな、重苦しい雰囲気を纏っていた。
そんな口から出た言葉は、想像を超えるほど酷くて冷たいものだった。
「早川雫は、どこにも居ない」
「は?」
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