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第19話 再会
しおりを挟む「まだ続けるの? やめてくれって言ってるじゃん。それにこの世から消えたって言ってたのそっちじゃん」
「確かに早川雫はこの世から消えた。早川雫という人間……ていうのかな、そういう概念で考えればこの世には存在していないことになる。でも、早川雫の肉体はまだこの世に存在しているんだ」
「意味が分からん」
「3年前、早川雫はこの世から消えて、ハニーパウダーになった。だから私は未だに17歳のままなの。本当は今ごろ、陽ちゃんと同じでハタチなんだよ」
本当にこの女は何を言ってるんだ?
つまり、雫がハニーパウダーになってサクラへと生まれ変わった?
つまり、俺がこれまで一緒に過ごしてきたサクラはあの雫だったのか?
俺は首を振った。そんなわけない。
「嘘をつくなよ。じゃあ証拠を見せろ」
「証拠があれば信じるの?」
そんなわけがない。
こいつはハニーパウダーなんだ。絶対に信じるな。
「じゃあさ、ほら。よーく見てよ」
「……ふざけんなよ」
至近距離で顔を近付けるサクラから、俺は目を逸らした。それなのに「ダメだよよく見ないと」とサクラは再び俺に近付いて、顔を近付けてくる。
「ほら、顔は変えてないんだから分かるでしょ?」
「うるせー」
正直、最後に会ったのが10歳の頃だから分からなかった。
でも……なんでだろう。
たったさっきサクラがカミングアウトをしてから、急に雫の顔がサクラと重なって見えはじめて、もう今ではその嘘みたいな告白を信じてしまいそうになってる。
だって、本当に雫の面影を感じるんだ。
でも、もし本当に雫なら、なんで言われるまで俺は気付けなかったんだろう。
「もうひとつの証拠、言ってあげよっか?」
俺は無言で頷く。
サクラは指を差した。凹凸のない綺麗な色をした指先は、向かいに立つ大きな木に向いている。
「あそこ。ほら、木のてっぺんのあのへん……わかるかな?」サクラは少し背伸びをしながら一生懸命にある場所を示している。
「ちょうどあの辺だったよね。太陽が刺さったら帰るんだよね、私たち」
「……そうだけど」
このベンチに座らせたのも、証拠のひとつと考えたからなのだろうか、と思った。てっぺんに刺さった太陽を見ていたのはこのベンチであり、あの頃の雫も左隣に座っていた。だから今の構図は、10年前とそのまま一緒だった。
罠か? いや、罠だろう。確実に罠だ。ふざけるなよ。
だって……サクラと俺は飽くまでも客と店員なんだ。
俺は首を思い切り振って邪念を振り払った。なんとか気を持ち直して、冷静に、冷静に、飽くまで冷静に、巧妙な手口に刃向かった。
「……顧客情報ってすげーな、そんなことまで調べてあるんだ」
「違うよ、陽ちゃん」
サクラは真っ直ぐ、一直線にこちらを見て、首を横に振った。それから抗戦を誓った俺に向かって言う。
「顧客情報なんてものはそもそもないんだよ」
「どういうことだよ」
「私は雫として子どもの頃の陽ちゃんを知っていただけ。顧客情報なんて嘘をついてごめん」
「とかいって、それも嘘なんじゃないか?」
そう言うとサクラは少しだけ悲しそうな表情をした。
罪悪感が胸を圧迫してきた。でも、負けるわけにはいかない……目の前に雫が居るなんてそんなことを信じるわけにはいかない……。
「だって現に私、陽ちゃんが中学で書道辞めたことも知らなかったじゃん。それに……初恋の相手が、私なんて、知らなかったじゃん」
「それは……たしかに……そうだけど」
いいや、信じるな。
「私は小4の冬に引っ越すまでの陽ちゃんしか知らないよ」
信じるんじゃない。
「北沢さんのことだって、知らなかったでしょ」
うるさいうるさいうるさい。
胸が圧迫感から解放されることはなく、むしろもっと苦しくなる。それは完全に罪悪感だった。
「でも、信じられないなら大丈夫だよ」
本当のことを告白しているのに、俺は嘘だと言い続けた。その“雫”に対しての、強い罪悪感だった。
だって、あり得ないじゃんか。
亡くなったって言ったじゃんか。
せっかく希望が全て砕け散ったというのに。
「隠しててごめんね、陽ちゃん」
でも、と雫は小さく呟いた。
「会えて嬉しかった」
そして歯を見せて笑う。
俺の家にハニーパウダーとして現れてから、いちばんの笑顔だった。
俺は思い出していた。この公園で日が暮れるまで下らない話をしていたこと。駄菓子屋で一緒にお菓子を買いあさったこと。学校の先生やクラスメイトの悪口を言っていたこと。その全てに、この無邪気な笑顔があったことを。
最初から、この笑顔を見せられてたら信じていた。
「俺も……俺も嬉しい」
「短い間だけど、これからよろしくね」
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