魔王の勇者育成日記

あきひこ

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魔王の勇者育成日記 11.お勉強をしましょう

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 きれいな もりの なかに はいってみると、なかには おおきな みずうみが ありました。
「おお これは すごい」
 まものは ながい きょりを あるいて とても つかれて いましたので、みずうみの みずを ごくごくと のみました。
「これは うまい」
 すっかり のどを うるおした まものは みずうみぞいに あるいてみることに しました。 こんなに ひろい もりですから もしかしたら だれか いるかも しれません。
「おお」
 まものが てくてくと あるいて いくと、ちいさな むらの ようなものが ありました。ちかくで こどもたちが あそんでいます。
「もし、そこのこどもたち。 きみたちは このむらの こどもか?」
 まものが たずねると こどもたちは びっくりして むらのおくへと にげて しまいました。
「おどろかせて しまったかな」
 まものが むらに ちかづいてみると、いりぐちの ところで こえをかけられました。
「まて。おまえは なにものだ」
 まものが こえのほうを みると、たいそう うつくしい まものが むらの まんなかに たって いました。

(まおうのだいぼうけん 二巻より)





「あのにぇー、こしゅねー、かいちゃのー」
 大分長く喋れるようになったリヒトが、一枚の画用紙をコスモスへと差し出した。差し出したというよりは、あいっと腕を伸ばして突き出した感じである。
「わー、リヒト様。私を描いてくださったんですか?」
「あいっ!」
 リヒトが照れたように笑うので、コスモスは画用紙の絵を見た。丸の中に点と線があって、数学に於ける「この部分の面積を求めなさい」に見えなくもないが、リヒトがコスモスを描いたと言っているのだからこれは顔なのだろう。
「こんなに可愛く描いてくださって・・・リヒト様はおえかきが上手ですね」
「あいっ!」
 コスモスが頭を撫でると、リヒトはニコニコと笑った。そんな二人の様子を、微笑ま羨ましそうに見ている魔王が一人(魔物)。
「どうして魔王は描いてもらえないのかなあ・・・」
「口のギザギザとか難しいんじゃないですか?」
「カリフラワーだって口無いけど描いて貰えてないじゃん」
「私はきっとこの三角のフォルムが難しいんですよ」
「・・・覆面丸くしちゃおっか?」
「面白いので止めて下さい」
 即却下されたので、魔王は項垂れて周りに積んである本を眺めた。書庫で粗方の分類が見えたので、魔王とカリフラワーとサクラで分担して仕分けることになったのである。ちなみに分類は「0類(総記)~4類(自然科学)」がサクラ、「5類(技術)~6類(産業)」が魔王、「7類(芸術)~9類(文学)」がカリフラワーである。日本十進分類法に当てはめて分類してみたが、若干の差異はある。変わらないのは、土日しか来ないサクラが一番担当が多いということである。理由は内容が難しいから。
 ちなみに魔王は担当の中にある料理や育児の本を熱心に読んでいて進まないし、サクラは医学書や財政学が出て来ると中を検めて「これは写して内務庁に置こう」と選別しているので捗らないし、カリフラワーは画集を見ては「この色使いいいよねえ」と鑑賞し、文学を読んでは「深い・・・」と考えさせられたりしているので、やる気が問われるレベルの進捗であった。そろそろ書いているほうも目的を忘れそうだ。
「あー!わっかんねー!」
 うおおお、と唸る声が聞こえてきたので、魔王はそっちに視線を移した。リヒトがお絵描きしている傍のローテーブルで、母親に出された宿題とやらに頭を悩ませているイナホの姿があった。宿題なのに他人の家でやらせるという横暴っぷりである。
「なーほ」
「偉大なるイナホ大先生様な」
 リヒトがぴよぴよと近づくと、イナホは宿題に顔を突っ伏したまま訂正した。
「いーほ」
「遠くなってんぞおい」
「なーほ、いちゃいちゃいのー?」
 うんうんと唸っているイナホを、リヒトがぺしぺしと叩いた。
「いいかリヒト、俺は今宿題という怪獣と戦っているところなんだ。これが解けないと母ちゃんという大魔王に夕飯抜かれるっていうサバイバルの真っ最中なんだぞ!」
「うー」
 リヒトは首を傾げた。
「つまりだ、俺は今お勉強中ってやつだ」
「おべきょー」
「そう。それだ。おべきょーだ」
 リヒトはイナホの宿題を覗き込み、反対側に首を傾げた。
「リヒトも、おべきょーすゆー」
「無理だって、遊びじゃないんだぞ!命懸けなんだ!お前にはまだ早いって!」
 命懸けてんのはお前だけだ。
「おべきょーすゆのー!」
「コスモスー!」
 暴れ出したリヒトを押さえつつ、イナホはヘルプコマンド:コスモスを発動させた。
「リヒト様、イナホのお勉強はまだ難しいので、向こうでお勉強しましょうね」
「おべきょー!」
 コスモスがリヒトを抱え上げて回収すると、イナホはそっと安堵の息を吐いた。
 そして。
(コスモスが行っちまったら俺は誰に教えて貰えばいいんだ・・・!)
 絶望した。
「ではリヒト様、まずは数を覚えましょうね」
「かじゅー!」
「はい。これが1ですよー」
「いちー!」
 コスモスがリヒトに数え絵本を見せながらお勉強を教えているのを見て、イナホはじめじめと泣いた。
(ヤバイ、自力じゃ絶対解けないぞこれ・・・)
 イナホはチラリと隣に座っているコムギを見た。コムギも宿題が出されたので、黙々とやっていたのである。コムギも出来ていなければ「飯抜きは可哀想だよ母ちゃん!」とか何とか言って母親を説得出来るかもしれない。
「ふー、終わったー。結構簡単だったなー。あれ、お兄ちゃんまだ終わってないの?」
 国語のドリルをぱたりと閉じ、コムギはイナホの希望をクラッシュした。
「ちゃーっす☆アネモネちゃん来たよー!」
 底抜けに明るい声が魔王の居城に響き、定時で上がって来たと思われるアネモネが姿を現した。
「ああ、丁度いいアネモネ。イナホの宿題を見てやってくれないかな?算数で悩んでるみたいなんだ」
「りょうかーい☆コスモス様!」
 アネモネはマイペースな歩みでイナホの傍に座った。
「君がイナホ君ー?どこで悩んでるの?微分積分?ラプラス変換?あっ、フェルマーとか???」
「何それ・・・」
 知らない単語のオンパレードにイナホは若干引いた。
「どれどれー・・・んー?なんだー、速さの3用法じゃん」
 速さの3用法とは、道のりと時間と速さのアレである。ちなみに微分積分とかはよく解らないので各自で勉強して下され。
「えーと、これはねー」
「っ、いーって!俺一人で出来るしっ!」
「お兄ちゃん悩んでたじゃん」
「俺は女に教わるのは嫌なんだよっ!」
 アネモネが暗い顔をしたのを見て、コスモスは「あ」と思った。アネモネは男女差別されるのが何よりも大嫌いなのである。コスモスはイナホに注意しようと口を開きかけた。
「その発言は感心しませんね」
 開きかけた口が言葉を発する前に、第三者の声が割り込んだ。
「か、カミツレ長官!?」
 一番ビビっているのは魔王である。カミツレが姿を現した瞬間、周りに積んでいる本に隠れようと試みた魔王は、98%程隠れるのに失敗している。そんな馬鹿みたいなことをしている魔王を一瞥し、カミツレはイナホに向き直った。
「性差別程愚かなことはありませんよ、イナホ君」
 イナホはカミツレを見て、ゆっくりと目を見開いた。昔、母親を介して会ったことがある「魔界の超エライ人」だということに気付いたのである。イナホは背筋を伸ばしまくって立ち上がった。
「おおおおおお久しぶりです長官サマ!!!」
 平たく言えば鬼のようにおっかない母ちゃんの上司の上司である。無礼な態度を取ったら夕飯どころか家に入れてもらえるかすら怪しい。魔界で一番偉い筈の魔王に対しては無礼千万のイナホはカミツレにビシッと敬礼をした。
「君は礼儀をきちんと弁えられるのですから、女性に関しても同様でなければなりませんよ」
「ハイッ!!全くもっておっしゃるとおりでございますでありますですッ!!!!」
「アネモネは教えるのが上手いですから、素直に教わった方が君の為になります」
「ハイッ!!!アネモネさん!どうぞこの俺めに算数を教えて下さいませ!!!」
 イナホが土下座する勢いで頭を下げるのを、アネモネはポカーンとして見ている。
「オネシャス!!!!」
「あ、う、うん。解ったよ、解ったから、座ろうか・・・?」
 イナホの体育会系っぷりに、アネモネは☆を付け忘れる程たじろいだ。
「あざます!!!!!!!」
 イナホはアネモネが座る分横にずれ、ピシッと正座をした。
「えーと、これが解んないんだっけ?」
「ハイッ!!!問3であります!!!」
「お兄ちゃん、ちょっとうるさい・・・」
 妹にプチブーイングをされつつ、イナホはアネモネに算数を教えて頂いた。カミツレ怖さに言うことを聞いていたイナホだが、アネモネの教え方がめっちゃ解りやすかったので、途中から女だとかはすっかり忘れていた。次も教わりたいぐらいだ。

「カミツレ長官、何故こちらに・・・?」
「勇者の様子を見に来たのです。立てるようになったのですね」
 コスモスが若干リヒトを庇いつつ言うと、カミツレは屈んでリヒトを見た。
「つれー」
 リヒトが二三歩よちよちウォークし、カミツレの膝の辺りを掴んだ。
「おや、もう歩けるんですか」
 カミツレは然程気にした様子もなく、リヒトを観察した。魔王なんか真っ青になってガクガク震えているのに、呑気なものである。
(リヒト様にも、カミツレ様が優しい方だって解るのかな・・・)
 コスモスは何となく微笑ましくなった。
「つれー」
「個体認識が出来るのですか。魔族で言うところの保育園ぐらいでしょうか」
 カミツレがまじまじと観察している間、リヒトは「だー」とか言ってカミツレの膝の辺りの服をぐしゃぐしゃとしている。そろそろ魔王の顔が心配でぐしゃぐしゃになるのでやめてあげて欲しい。
「このぐらいになると、確かに外部からの刺激というのは大切ですね。しかし、魔族と同じ学校に通わせることは出来ません」
 カミツレは立ち上がって魔王を見た。
「魔王様。子供はすぐに大きくなります。今後どのように教育していくつもりなのか、きちんと計画を立てておいて下さい」
「ハイッ!!」
 魔王、思わず敬語。
「もう帰られるんですか?」
「勇者を見に来ただけですからね」
「あっ、じゃあ私もっ!イナホ君、またね!」
「あざっしたーーーッ!!!」
 パタパタと走って行くアネモネを見ながら、イナホはビシッと敬礼した。
「これで夕飯にありつけるウウウウウウ!!!!!」
「わー、すごいお兄ちゃん。全部解けたんだ」
「アネモネさんのおかげだぜっ!!」
 フフンと鼻の下を擦るイナホを見て、コスモスは微笑んだ。




 カツカツと歩いて行くカミツレの背中に、アネモネは思い切って声を掛けた。
「あの、カミツレ長官」
 カミツレは立ち止まって振り向いた。
「何ですか?」
「あの、さっきは・・・ありがとうございました」
 アネモネはぺこりと頭を下げた。
「・・・学界では色々あったと聞いています」
 カミツレの言葉に、アネモネはびくりと体を震わせた。
 内務庁に勤務する前、アネモネは数学の権威達が集う学界に所属していた。次々と論文を発表するアネモネを、やっかみから男性達は差別するようになった。女のくせに。冷たくあたられるようになり、居場所が無くなったアネモネは、大好きだった数学を手放した。
 それからアネモネは、女性として差別されることに敏感になった。どんなに些細なことでも、学界に居た時のことを思い出すのだ。
「もう、昔のことですよー」
 えへへ、とアネモネは笑った。
「内務庁《ここ》では、そんなことはさせません」
 カミツレが真面目な顔をしているので、アネモネは笑うのを止めた。
「貴女は私の部下です。私が守りますよ」
 何も言えないでいるアネモネに、カミツレは少しだけ微笑むと、そのまま踵を反して歩き出した。
 後に残されたアネモネは、胸の辺りでぎゅっと手を握った。



 翌朝、うっかり帰るタイミングを逃して徹夜になったサクラは、仮眠室からもぞもぞと秘書室へと移動した。
「おはようございます。サクラ室長」
「おう、おは・・・」
 サクラは立ち止まった。聞き覚えのある声だったので挨拶を返しかけたが、とてつもない違和感があった。くるりと首の向きを変え、サクラは違和感の正体を目の当たりにした。
 ピンクの髪の少女が座っている。しかし昨日までのくるくるパーマをボンボンで結ぶというお子様ヘアスタイルではなく、きちっとストレートなショートヘアになっている。服は制服なので変わらないが、心なしかきちんと着こなしているように見える。
「ア、ネモネ・・・?」
「はい。サクラ室長」
 ☆だ。☆が付いていない。全ての原因はそれである。
「あー・・・なんだ、変わったな」
「はい。髪型を変えてみました」
 他にも色々変わっている、とはサクラは言えなかった。
「おはようございます」
「あ、キキョウちゃん、おはよう」
「おは・・・・・・」
 キキョウが自分と全く同じ反応をするのを見て、サクラは心の中で頷いた。
「アネモネ・・・?ですか?」
「そうだよ、キキョウちゃん」
 無性に☆を付けたい衝動に駆られつつ、サクラは自分のデスクへと向かった。
「ああ、これは長官宛か・・・」
 偶に紛れていたりするんだよな、とサクラが席を立とうとすると、アネモネがデスクの前まで来た。
「私が届けて来ます」
「あ、ああ・・・頼む・・・」
 私?と首を傾げているサクラから書類を受け取り、アネモネは心持ち早足で秘書室を出て行った。
「私・・・?」
 キキョウが唖然として呟くのを聞いて、サクラは思わず吹き出しそうになった。
(コスモスがあれは「フリ」だと言っていたのは、本当だったんだな)
 アネモネの知能の高さは、第一秘書室にいることで証明されている。初めて見た時には何かの手違いで配属されたのかと思ったぐらいだった。
(昨日まで「アネモネちゃん☆」とか言ってたのに・・・)
 一人称まで変えるなんて、何かあったんだろうなあとサクラは思った。
 おかげで書き分けが大変である。



「カミツレ長官、書類が紛れていたので持って来ました」
「ご苦労様」
 別の書類にサインをしていたカミツレは、手を止めてアネモネから書類を受け取った。
「雰囲気が変わりましたね」
「!へ、変じゃないですか?」
「ええ。いいと思いますよ」
「!」
「戻るついでに、サクラにこの書類を渡しておいて貰えますか?」
「はいっ!」
 アネモネは満面の笑顔で書類を受け取った。昨日まで「ちょりーっす☆」みたいなテンションだったのが嘘のようである。
(えへへ、褒めて貰えちゃった)
 ルンルンと鼻歌を歌いながら、アネモネは廊下を歩く。
(カミツレ様、株とか好きかなー。今度お話ししてみようかな)
 うきうきと角を曲がり、アネモネは立ち止まった。
 ぎゅっと口元を引き結んで俯いたその瞳は、悲しげに歪められていた。
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