魔王の勇者育成日記

あきひこ

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魔王の勇者育成日記 14.社会科見学に行きましょう

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 社会科見学当日は、とても天気がよかった。程々に晴れていて程々に暑くない、まさに社会科見学日和である。前日からリヒトがせっせとてるてる坊主を拵えるのを、適当に間引きして飾った甲斐があったとコスモスは思った。全力で晴れられると汗だくになるので勘弁して欲しかった。
 キキョウの家は、魔王の城からちょっと距離がある。県一個隣ぐらいではあるが、リヒトの歩みでは一日で辿り着かない。そこでコスモスは、リヒトを抱きかかえた状態で風を使うことにした。
「いいですかー、リヒト様。しっかり掴まっていてくださいね」
「はーい!」
「気を付けて行って来てね」
「はい、魔王様。行って参ります」
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい!」
 魔王の作ったお弁当をリュックに入れて背負い、コスモスはリヒトを抱きかかえた。サクラが急な仕事で来られなくなってしまった為、現地にはキキョウと、イナホ・コムギ兄妹を連れたアネモネが来ている予定である。
「行きますよー、リヒト様」
「はーい!」
 たん、と足で地面を蹴り上げ、コスモスは魔界の風を呼んだ。操り慣れた風が、コスモスの体をふわりと浮かせる。
「すごーい!!!」
 リヒトは既に大興奮である。きゃっきゃと手足をバタつかせようとするので、コスモスは早目に目的地に辿り着くために速度を上げた。自分一人しかいない状態でリヒトを落としでもしたら洒落にならない。
「きゃー!!!はやーい!!!あははははは」
 リヒトが楽しそうに笑っているので、今度城の中でもやってあげようかな、とコスモスは思った。



「コスモス様!いらっしゃいませ!」
 畑に辿り着くと、キキョウが入口でスタンバイしていた。
「やあ、キキョウ。いきなりごめんね。今日はお世話になるよ」
「いえ、コスモス様の御役に立てて光栄です!粗茶ですが、どうぞ」
「ありがとう」
 キキョウが冷えたお茶を手渡してくれたので、コスモスはありがたく頂いた。流石に一人抱えて飛ぶとちょっとだけ疲れる。
「リヒト様もどうぞ」
「ありがとー!」
 リヒトはキキョウからお茶を受け取ってごくごくと飲んだ。
「暫くお会いしない内に随分と大きくなりましたね」
「うん。もう六歳だからね」
「ああ、もうそんなになるのですね・・・」
 キキョウの中では「リヒトが来てから今まで=コスモスが秘書室から居なくなって今まで」である。べそりと泣きそうな目元を拭い、キキョウはコスモスを中へと促した。
「こちらが畑になっています。畑は水の膜で覆われていますので、毒虫なども入って来ません。直射日光避けにもなります」
 畑に一歩入ると、辺りが薄い水のドームで包まれていた。
「これ、キキョウが作ったの?」
「いえ、水を操る友人が近くに住んでいるので、作って貰いました。魔界の日差しは人間界の植物には少し強すぎたので」
「そうなんだあ・・・」
 コスモスは頷いた。
「手間暇掛けて作ってくれてるんだよね。いつもありがとう」
「!そ、そんな、勿体ないお言葉です・・・!」
 コスモスが微笑みかけると、キキョウは真っ赤になって俯いた。そもそも秘書室勤めのキキョウはいつ畑の世話をしているのだろうか。すごく不思議になってきた。
「リヒト―!コスモス―!」
「リヒトちゃーん!」
 畑の奥から走って来る音がして、イナホとコムギが姿を現した。
「イナホ―!コムギ―!」
 土まみれの二人にリヒトが突っ込んでいったので、コスモスは「着替え持って来てよかったな」と思った。
「よーしリヒト、どっちが大きなじゃがいも掘れるか競争だ!」
「うん!」
 イナホに勝負を挑まれたリヒトが畑の奥へ行ってしまったので、コスモスはのんびりと後を追うことにした。
「あのね、このトマト私が取ったの!綺麗でしょ!」
「わー、大きいね!表面つるつるだー。宝石みたい」
「えへへー!」
 コスモスが褒めると、コムギは誇らしげに笑った。
「トマトだったら、ちょっと洗ったら食べられると思うよ」
「本当!?私洗ってくる!キキョウさん、お水どこ?」
「こっちだよ」
 コムギがウキウキしながらキキョウと水場へ行ったので、コスモスはのんびりとリヒトが居る方へと歩き出した。
「あ、アネモネ」
 コスモスは途中のかぼちゃ畑でかぼちゃを収穫しているアネモネを発見した。
「あ、コスモス様!見てくださいこのかぼちゃ!すごく大きいんですよ!」
 アネモネはじゃんっ!と言って手に持っているかぼちゃを掲げた。
「わー、すごい!ジャックオランタン作れそう!」
「あ、それいいですね!面白そう」
 アネモネは笑った。軍手をしているが、手と鼻の頭が土で汚れている。
「かぼちゃってお菓子にも使えるから、幾つか貰っていこうかなーと思って」
「そっかー。パンプキンパイとかあるもんね」
「はい。パイもだし、タルトもプリンもケーキも、色々作れちゃうんです。クリームにしてもいいし、チーズケーキとかにも使えるし」
 アネモネが楽しそうに話すので、コスモスは微笑んだ。
「カミツレ様、確かチーズケーキ好きだったよ。あんまり甘くなくてさっぱりしてるのがいいみたい」
「!ほ、本当ですか!?」
「うん。あとね、スコーンとかいいかも。朝時間が無い時に食べるって言ってたから」
「チーズケーキと、スコーン・・・・」
 アネモネはちょっと俯いた。
「コスモス様、カミツレ様と仲良いんですね・・・」
 アネモネはやや暗い声を出した。そんなことないよ、と答えるのはカミツレに失礼な気がした。
「前にサクラが入院してた時、カミツレ様がお見舞いに来てくれたことがあってね。その時にお菓子持って来てくれて、それで好きなお菓子の話になったんだよ」
「!そ、そうなんですか。ご、ごめんなさい・・・」
「いいよ。気にしないで。でも、私の方が少しだけ付き合いが長いから、何か役に立ちそうなこと知ってたら教えるね」
「あ、ありがとうございます!」
 アネモネは頬を染めて笑顔を浮かべた。
(ぞっこんだなあ・・・)
 コスモスはカミツレのことはとても尊敬しているし、厳しく見えて実は優しいことも知っている。しかし、ここまで惚れる程アネモネに一体何があったのかすごく気になるところである。
(でもまあ、いいことかなあ)
 以前は少しばかり道化を演じていたのが、それをする必要がないと感じることが出来たということなのだから。アネモネは自分の頭の良さを他人に見せるのが怖かったのだ。けれどそれを、怖がらなくていいと思えるようになったから、今の姿があるのだろう。
(サクラの話だと、カミツレ様と株の話してるらしいし。変われば変わるものなんだね)
「カミツレ様は紅茶がお好きだから、あいそうなお菓子だといいのかもね」
「紅茶派なんですねカミツレ様!紅茶クッキー作ろうかな・・・」
 コスモスはしみじみと思った。恋って偉大である。願わくば叶って欲しいので、そっと応援しよう。
「コスモスー!俺のが大きいよな!?」
「リヒトのが大きいー!!」
 バタバタと小僧二人がコスモスの所に走って来て、自分で採ったのであろうジャガイモを見せつけて来た。
「どう思う、アネモネ」
「イナホの方が0.3mm大きいです」
 数学の女王は正確だった。
「ヨッシャアアアアアアアアア!!!!!!」
 イナホは天を仰ぎ、リヒトは地べたに膝を着いた。
「よーし、リヒト!次は人参で勝負だ!!」
「次はかつー!!」
「よっしゃその意気だぞー!リヒト!!勝つのは俺様だけどな!!!はーっはっはっはっは!!」 
 コスモスは駆け出していく二人を温かく見守った。何故掘るのばかりやらせるのかという心の声はそっと仕舞っておく。
「ふう、でもやっぱり暑いね」
 日が高くなってきた為、コスモスは額の汗を拭った。元々陽射しに弱い体質なのである。
「畑のもう少し端の方まで行くと、糸瓜作ってるところがありますよ。あそこなら影になってるから涼しいかもしれません」
「そうなんだ。ありがとう、ちょっと行ってみるよ」
 アネモネの助言を有難く受け、コスモスは糸瓜の方へ行ってみることにした。リヒトはイナホが見てくれているし、ぎゃーぎゃー叫んでいるのも聞こえるから大丈夫だろう。人間界の野菜が相手だし、滅多なことも起こらない筈。少し涼んだら、様子を見に行こう。
 コスモスはそう思って、糸瓜の棚がある日陰へと踏み込んだ。
 次の瞬間。
「えっ」
 踏んだ筈の地面が、一瞬にして無くなったのをコスモスは感じた。バランスを崩したのと、足元の土が全て無くなったのはほぼ同時だった。
「なっ―」
「コスモス様!!」
 丁度水場から戻って来たキキョウが、コスモスに向かって走った。落とし穴にでも落ちるかのように空洞に呑み込まれていくのを感じながら、コスモスは振り向いた。自分に向かって手を伸ばすキキョウの足元の辺りまで、土が無くなっている。
「コスモス様!」
 来ちゃ駄目だ、と叫ぶ前に、キキョウは地面を蹴ってコスモスの手を掴んだ。一緒に落ちていく中でキキョウは空いている方の手を伸ばし、地上に向けた。キキョウは植物を操れるので、近くの植物に呼びかけて掴まろうとしたのである。
「!?」
 キキョウは信じられないものを見た。目の前で、地面が閉じていく。
「何!?」
 下は果てしなく空洞が続き、落ちて来た穴は土に閉ざされた。コスモスもそれに気づき、嫌な予感が胸を満たす。
(これは、自然に起きることではない)
 だとすれば、何者かが故意に自分を落とした可能性が高い。
「コスモス―!!」
 自分の名を呼びながら、泣き叫ぶ声がする。コスモスは心の底から後悔した。
(何故私は、リヒト様の傍から離れてしまったのだろう)
「コスモス―、コスモス―!!!」
 泣き叫びながらコスモスを呼ぶリヒトを、イナホが後ろから抱き締めて押さえた。
「行っちゃ駄目だリヒト!!危ない!!!」
「コスモス、コスモス!!!コスモスー!!!」
 ぎゃあぎゃあと暴れるリヒトを押さえながら、イナホはコスモス達が落ちていった穴を見た。
 穴は無情にも、コスモスとキキョウを飲み込み、ただの土に戻った。
「う、嘘だろ・・・・コスモス・・・」
「コスモス・・・キキョウさん・・・」
 コムギはへたりとその場に座り込んだ。じわりと涙が浮かんできて、視界が滲んだ。イナホは未だに暴れているリヒトを抑え込むので精いっぱいだった。
「皆、そこを動かないで!」
 アネモネの声に、子供達は振り向いた。
「私、秘書室に連絡入れて来るから!すぐ戻るけど、絶対あそこに近づいちゃ駄目だからね!」
 アネモネは切羽詰った様子でそう言うと、くるりと背中を向けてキキョウの家の中に入って行った。
「コスモスー!!コスモスー!!!」
 泣きながら暴れているリヒトを抱き締めていると、イナホまで泣きそうになって来た。
(何なんだ・・・一体何が起こったんだ・・・)
 イナホが見たのは、コスモスが落ちていく瞬間だった。それまでに何があったのか、いや、何かがあったのかすらもイナホには解らない。
「お兄ちゃん・・・」
 よろよろとコムギが歩いて来て、イナホの腕に縋った。
「大丈夫だよね・・・?コスモスも、キキョウさんも、大丈夫だよね・・・・?」
 服を掴んでいる手が震えていることに気付き、イナホは出掛かっていた涙を飲み込んだ。
「大丈夫に決まってんだろ!!コスモスとキキョウだぞ!!大丈夫に決まってんだ!!!」
 イナホの声が涙ぐんでいるのを感じ取り、コムギは大粒の涙を零して頷いた。
「うん・・・っ!」
 コムギは、泣き続けるリヒトの頭を撫でた。
「大丈夫よ、リヒトちゃん、大丈夫、大丈夫だからね」
「コスモスー、コスモスぅ・・・」
 しゃくり上げるリヒトの頭を抱き締め、コムギは「大丈夫」と言い聞かせた。コムギの肩が震えているのを見て、イナホは片手でリヒトを抱えたまま、もう一方の手でコムギを抱き締めた。
「ああ、大丈夫。大丈夫だ」
 三人はまだ子供だった。大人が来れば何とかなると、信じるしかなかった。



 その頃、秘書室ではサクラが悶々と仕事をしていた。急な休日出勤になってコスモスとの約束がパーになったことで機嫌を損ねているのである。
(ちょっと休憩するか・・・)
 サクラは椅子の背凭れに凭れて伸びをした。今日はカミツレが休みなので、サクラはいつもより気が抜けていた。何たって休日なのだから、少しぐらいのんびり仕事したっていいだろう。この量では頑張ったところで社会科見学には間に合わない。適当に休憩しつつ、終わったら魔王の城に行ってコスモスに話を聞こう。サクラは疲れている目元を指で押さえつつ、ぼんやりと椅子に凭れた。
(そういや、ここの図書館に『まおうのだいぼうけん』あったよな・・・)
 サクラはふと思い出し、身を起こした。
(いやでも、読みたければリヒト様の借りればいいかな・・・でもすぐ返せないしな・・・)
 読むのはすぐ終わるが、返しに行く暇が無い。やはりここの図書館で借りた方が良さそうである。
(帰りに寄ってくか)
 サクラはもう一度伸びをすると、コキコキと肩を鳴らした。
(何かこう、気になることがあった気がするんだよなあ・・・)
 サクラは両手をぶらつかせ、堅くなっている手首をストレッチした。
(後半の方でなんかあったような・・・)
 サクラが指を絡ませて伸ばしていると、机の上の電話が鳴った。事務課からの内線のようであった。
「はい、こちら秘書室」
『サクラ室長に外部からお電話です』
「俺だ。繋いでくれ」
 一体誰からだろうとサクラは思った。コスモス達は今頃畑でキャッハウフフしているであろうから(非常に羨ましい)、カミツレが急用で掛けて来たのかもしれない。というかその可能性が一番高かった。
『サクラ室長!!大変なんです!すぐに来て下さい!』
「アネモネ?」
 受話器から聞こえた予想外の声に、サクラは眉を顰めた。しかも緊急事態のようだ。
「どうした、落ち着いて話してくれ」
『コスモス様とキキョウちゃんが、穴に落ちたんです!その穴が普通の穴じゃなくって、すごく深くて!二人が地下にっ・・・』
 アネモネは言葉を切った。
「地下に―・・・」
 サクラは脳内でパズルのピースが嵌まった音を聞いた。



 おさ は おおきなかみに ずを かいて いいました。
「だいたい こんな かんじだ」
 おさ は ずを しめし、とんとんと たたきました。
「このまぞくを ちゅうしんとした はんざいしんじけーと が そんざいしている。あちこちで さわぎを おこして いるのは たいていが この しんじけーとの まったん こうせいいんだ」
「じゃあ こいつらを どうにかすれば いいのか?」
 まものは いいました。
「そう かんたんな はなし ではない」
 おさ は ずの したに やじるしを ひきました。
「この しんじけーとには きょうりょくな とりひきあいてが いる。だれも さからえないのは そのせいだ」
 やじるしの したに もじを かいて、おさは いいました。
「ここを どうにか しないかぎり、しんじけーとは なくならない」
「なら、そこと はなしを しにいこう」
 まものは うなづいて いいました。おさ は、まものを みつめました。
「こんどの あいては、 はなしが つうじる あいてでは ないかもしれない。もしかしたら、ころされて しまうかも しれない。それでも おまえは いくのか」
「いくさ。 いかなければ なにも かえられは しない。おれは みんなが わらって くらせる せかいを みたいんだ」
 おさ と みこ は うなづきました。
「ならば、わたしたちも いこう」
「これも うんめい だからな」
 まものは わらいました。
「ありがとう。ふたりとも」
 ふたりも わらいました。
「それで、どこに いくんだ?」
 まもの は、おさ の かいた ずを のぞきこみました。
「まかいより はるか したにある、こうだいな くにだ」
 おさは、やじるしの さきを ゆびさしました。
「わたしは ここを ちかていこく と よんでいる」

                  (まおうのだいぼうけん 十三巻より)
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