魔王の勇者育成日記

あきひこ

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魔王の勇者育成日記 17.大人の話をしましょう

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 ちかていこく の おう は、さんにん に ゆうこうてき でした。ちじょうで もんだいに なっている ことを はなすと、はんざい しんじけーと と てをくむ のを やめる ことを しょうだく してくれました。ちじょう の ぶっし を てにいれる ために、とりひきを していた だけで、ほかの しょうにん を しょうかい してくれれば いい と ちかていこく の おう は いいました。
 さんにん は しばらく ちかていこく に たいざい する ことに しました。
 ちかていこく には、ちじょう には ないものが たくさん あって、いろんな ぎじゅつ も ちじょう より すすんで いました。せっかく なので、さんにん は、かんこう して いくことに しました。
 まもの は、ちかていこく に すんでいる まぞく たち と こうりゅう を もちました。
 みこ は、ちかていこく の いわゆる ぱわーすぽっと めぐり を していました。
 おさ は、おしろに ある としょかん で いろんな ぶんけんを よみ、ちかていこく の おう に もじ や、ぶんか について おそわりました。
 さんにん は おしろ に ねとまりして、それぞれ、きょうあったこと を はなしあいました。
 ちかていこく は とても ひろく、さんにん は じゅうじつした まいにち を おくって いました。
 けれど まもの には きになる ことが ありました。
                            (まおうのだいぼうけん 十四巻より)



「コスモスー!!よかった、無事だったんだね!」
 病室に入ったカリフラワーは、今にも抱き付かん勢いで叫んだ。
「叔父様!・・・リヒト様も」
 カリフラワーは手を繋いでいたリヒトを「はい」とベッドの横の椅子に座らせた。
「もー、温泉から帰って来たら『コスモスが大変だ!』って魔王様が号泣してて、何事かと思ったよ。思ってたより元気そうでよかった。あ、これお土産ね」
 カリフラワーは温泉で買って来たらしいタペストリーをサクラに渡した。
「あ、ありがとうございます」
 サクラは謎の柄のタペストリーを受け取った。
「キキョウ君も怪我したらしいって聞いたけど、大丈夫なの?」
「キキョウは・・・」
 コスモスはシーツを握り締めた。
「キキョウは、私のせいで怪我を・・・」
「コスモス、」
 俯くコスモスの背中をサクラが擦った。リヒトも心配そうにコスモスを見上げている。
「コスモス、入りますよ」
 ノックと共に扉が開いてカミツレが入って来た。後ろにアネモネも続く。
「カミツレ長官・・・」
 コスモスは顔を上げた。
「怪我は大丈夫ですか?」
「はい、擦り傷だけで・・・」
 カミツレとアネモネは、サクラが立っている部屋の奥側へと歩いた。
「そうですか」
 カミツレは安心したように息を吐いた。コスモスは僅かに微笑み、カミツレの陰に隠れるようにして立っているアネモネを見た。酷く暗い顔をしている。
 そんなに心配させてしまったのだろうかと、コスモスは声を掛けようとした。その時。
 ぐううううううううう
 リヒトのお腹の虫が盛大に鳴った。
「うう・・・」
 その場にいた全員に注目されて、リヒトは恥ずかしそうにお腹を押さえた。
「リヒト様、お腹が空いてるんですね。服も土まみれですし、一旦お城に帰りましょうか」
 カリフラワーはリヒトの肩に手を置いた。
「うー」
 リヒトはいやいやと首を振った。コスモスから離れたくないようだ。カリフラワーはやれやれと息を吐いた。
「コスモスはいつ退院?」
「明日にはお城に戻ります」
「そっか。リヒト様、今夜だけですよ。明日になればコスモス帰って来ますから」
「いやー」
 リヒトは首を振った。目の前でコスモスが居なくなったショックが余程大きかったらしい。ぎゅうとコスモスのベッドのシーツを掴んで離さない。
「解りました。じゃあせめて、ご飯食べてお風呂に入って来ましょう。そしたらまた戻って来ましょう。ね?魔王様も寂しがってますし」
 実際、魔王は城にぼっちで号泣している。
 リヒトはコスモスを見た。コスモスは頷いた。
「大丈夫です。私はここに居ますから」
 コスモスに頭を撫でられて、リヒトは頷いた。
「リヒト、おうち帰る。ごはん食べる」
「偉いですねー、リヒト様。じゃあ、コスモス。私が連れて帰るよ。何か持って来るものある?」
 カリフラワーはリヒトと手を繋いだ。
「リヒト様の枕を持って来ていただけると助かります」
「了解。後で持って来るよ。じゃあ、サクラ君、あとよろしく。カミツレ長官達も、ありがとうございます」
 カリフラワーがぺこりと頭を下げたので、カミツレも小さく頭を下げた。
「あ、そうだ。コスモス、実家には連絡しとくよ。二人共今遠方に行ってるみたいだったから」
「ありがとうございます、叔父様」
「うん。じゃ、また後で。さ、リヒト様、行きましょう」
「うん・・・」
 リヒトはコスモスを振り返った。不安そうな顔をしている。コスモスが微笑んで手を振ると、不安そうなまま振り返してドアの向こうへと行った。
 ドアが閉じるまで自分を見ていたリヒトに、コスモスは大分心配させたんだなと反省した。
「コスモス、何があったか話してもらえますか」
 リヒトに向けて振っていた手を下ろし、コスモスはカミツレを見た。
「はい、カミツレ長官」
 コスモスはベッドに座ったまま、地下で起きたことを話し始めた。



 コスモスの話が終わると、病室に妙な静けさが横たわった。サクラは、コスモスがそんな危ない目に遭ったことを知り、拳を握る。一つ間違えていたら、失っていたかもしれない。そんな恐怖と、キキョウに対する仕打ちに怒りが沸いた。
「大体のことは解りました」
 カミツレが一つ頷いて言った。
「貴方は地下帝国の王に会ったということです」
「地下帝国の、王・・・」
 コスモスはカミツレを見た。まるで知っていたかのような口振りが引っ掛かる。
「カミツレ長官」
 サクラが呼ぶと、カミツレはサクラを見て頷いた。
「解っています。私が知っていることを話しましょう」
 カミツレは指先で眼鏡を押し上げると、二本の指を立てた。
「まず前提として、魔界に対する脅威と思われているものが二つあります」
 カミツレは指を一本にした。
「一つ目は人間界からやってきて魔王を害するとされている勇者。二つ目は、地下に存在するという地下帝国です」
 もう一本の指を立て、カミツレは続ける。
「後者について、内務庁の長官に代々秘密裏に受け継がれてきた書類があります」
「書類・・・?」
 サクラは眉根を寄せた。
「魔界と地下帝国との間で結ばれた、不可侵の協定です」
「「!!」」
 サクラとコスモスは目を瞠った。長官秘書という役職にありながら、初めて聞いた話だった。
「詳細は省きますが、あまり好意的な協定ではありません。これが、地下帝国の存在を一般に公開しない大きな理由です」
「・・・どういうことですか?」
 サクラは声のトーンを落として聞いた。コスモスには、何となく理由が解る気がした。あの男性が、地上に好意的でないというのは、とても恐ろしいことだと思った。
「『まおうのだいぼうけん』に地下帝国が出て来た時、地下帝国の王を『神のように神々しい魔物』と表現しています。これは仮説ですが、地下帝国の王は、一種の魔族である可能性が高い」
 サクラは言葉を失った。コスモスは口元を引き結んで俯いた。
「一種の、魔族・・・」
 それは、絶対的な力を持つ、畏怖の対象。種族として上位である程強く、どの種族間でもある程度の差がある。しかし、一種は最早格どころか、次元の違う話である。同じ種族間の格差というよりは、全く違う生き物であると言った方が感覚的に近い。人間で例えるならば、人間同士の優劣ではなく、猿と人間、もしくはもっと前の生き物と人間といった程の差がある。
「一種は今や存在しないというのが定説になっています。理由は解りませんが、原種に近い魔族はほとんどが姿を消している。そんな中で一種が存在しているどころか、我々地上に住む者に好意的でないと知れれば、混乱は避けられないでしょう。実態の解らない今の状態で、一般人に地下帝国の存在を知られるわけにはいかないのです」
 コスモスは自分の体を抱いた。あの男性の存在が知られたら、確かにパニックは避けられないだろう。
「しかしカミツレ長官、あちらから干渉してきた以上は、このままでは」
「解っています」
 サクラの言葉を制し、カミツレは腕を組んだ。
「その『薄藍色の瞳のカルーア』というのが見つかれば、何か掴めるかもしれません。コスモス、貴方は退院したら、一族に確認してみて貰えませんか?」
「はい。調べてみます」
 コスモスは頷いた。考古学者の父ならば何か知っているかもしれない。もしくはカルーアである母か。裏を返せば、この二人が知らなければ何も手がかりはないことになる。
「頼みましたよ。それに絡んで、一つ話しておくことがあります」
 カミツレはサクラを見た。
「以前、貴方達が人間界で遭遇した魔物ですが、ツバキによるとあれと同じものがまた人間界に現れています」
「「!」」
「しかも定期的に。専門家に確認したところ、あれは古代の魔物で、スナメクジというらしいです。何でも、体質的に地上には生息していないとか」
「それって・・・」
 サクラは自分が嫌な汗を掻いていることに気付いた。地上には生息していない。だとすれば。
「ええ。あれは地下の生き物です。そんなものが人間界に何度も現れるなんてことは、自然には有り得ません。『誰か』が『故意』に『召喚している』と考えるのが妥当でしょう」
「まさか地下帝国が・・・」
「まだ何とも言えません」
 サクラの言葉を遮り、カミツレは首を振った。
「これ以上の憶測は得策ではありません。今は向こうの出方を伺いましょう。他に二つ、気になることがあります」
 カミツレは腕を組み直した
「一つは、勇者についてです。伝承にある勇者には、皆ある共通点があります」
「共通点、ですか」
 サクラは首を傾げた。魔王の城の書庫には、勇者に関する書物は無さそうだが、カミツレは一体何処から情報を仕入れているのだろう。
「話によれば、勇者は皆髪が黒かったそうです」
 コスモスは目を見開いた。脳裏にリヒトの姿が浮かぶ。小さな足を一生懸命動かして、自分に駆け寄って来る、クリーム色のふわふわとした髪の、子供。
「私は『勇者』とは、もしかしたら同じ家系の一族なのかもしれないと思っていましたが・・・予言オババ殿があの子供を『勇者』と言ったならば、違うのかもしれませんね。偶々遺伝として出なかっただけかもしれませんが・・・」
「カミツレ様、違うんです。リヒト様は、勇者と言われたわけではないんです」
「・・・どういうことです」
 コスモスの言葉にカミツレは目を細めた。
「正確には、『東の村に生まれたリヒトという男の子が、魔王様の野望を妨げるだろう』と言われたそうです。勇者の居場所を聞きに行っての予言でしたし、魔王様の野望は『勇者を倒す』ことでしたから、リヒト様が勇者だろうと・・・」
 カミツレは口元に指先を添えて沈黙した。
「・・・気になる予言の仕方ですね。他に勇者が居たとしたら、そうした予言にはならないでしょうし・・・今は、あの子供を勇者と見なしておきましょう」
「はい」
 コスモスは頷いた。これで人違いだったなんてことになったら、リヒトが可哀想過ぎる。
「カミツレ長官、もう一つの気になることというのは・・・」
 サクラはカミツレに訊いた。もうこの際知っていることを全部教えて欲しかった。
「魔王についてです」
「えっ?」
 サクラは目をパチクリさせた。
「サクラ、貴方は先代の魔王について何か知っていますか?」
「先代の、魔王・・・」
 サクラは記憶を辿り、知識を総動員してみた。歴史を遡っても、聞いた話を思い返しても、何も引っ掛からない。
「いえ、」
「でしょう。私も何も知りません」
 カミツレは頷いた。
「魔王は世襲制と言われていますが、系図のようなものが無いのです。出産や葬儀の記録も無い・・・仮にも『魔王』に関しての資料が無いというのは、あまりに不自然です」
「確かに・・・」
 サクラは頷いた。思い返してみれば、魔王に関しての資料というのは全て史実に関するものばかりで、魔王個人の生活に関する資料というのは見たことが無い。それは偏に魔王がとても長生きな為、生きている間に次の代へと入れ替わる瞬間に立ち会えない魔族が多いからである。
「今は何故か覆面をしていますし、仮にも王である者が出自も素顔も不明なわけです」
 冷静に考えてみれば大変おかしいことなのだが、毎日あの覆面を見ていると気にならなくなってしまうのだなとコスモスは思った。慣れって怖い。コスモスに関して言えば、カリフラワーも覆面であるから尚更である。見慣れてしまうと、素顔に対する好奇心も沸かなくなってくる。
「問い質しはしませんが、気に留めておきなさい。我々の上に立つ『魔王』は、謎が多い存在だということを」
 サクラとコスモスは顔を見合わせた。のほほんとハンバーグを作っている魔王の姿を思い出し、コスモスは複雑な顔をした。サクラもサクラで、謎は多いけれども魔王は愛すべきキャラクターのような気がしている。
「態度を改める必要はありませんよ。貴方達が害が無いと思うのであれば、そうなのでしょう」
 カミツレは軽く息を吐いた。カミツレから見ても、魔王が極悪人であるようには見えない。何なのかは解らないが、それだけでどうにかするつもりもない。
「地下帝国の話はいずれ、魔王にもする必要があるでしょう。その時には私も立ち会います。・・・あの子供は居ない方がいいでしょうね」
 サクラとコスモスは頷いた。リヒトに話したところで、理解は出来ないだろう。しかし、大人の間に流れる不穏な空気は感じ取るだろう。下手に話して不安がらせる必要はない。
 カミツレは外の様子を見ると、話は終わったと言わんばかりに頷いた。
「私はそろそろ帰ります。サクラ、貴方は明日登庁しなさい。今日の分の仕事が終わっていないでしょう」
「うっ・・・はい・・・」
 サクラは項垂れた。週休二日のうち、二日共出勤になってしまった。
「アネモネ、貴女も帰りなさい」
 カミツレは隣に居るアネモネに声を掛けた。何の反応も無い。
「アネモネ?」
「っ、はい。何ですか?」
 アネモネはびくりと体を震わせてカミツレを見た。
「もう遅いですから、帰りなさい」
「あ、はい・・・」
 アネモネは青い顔をしている。それに気づいたコスモスは心配して声を掛けた。
「アネモネ、大丈夫?顔色が悪いけど・・・」
 アネモネはコスモスを見た。今にも泣き出しそうな顔だった。
「アネモ」
「だ、大丈夫です・・・帰ります・・・」
 アネモネは俯くと、コスモス達に頭を下げ、そのまま足早に病室を出て行った。
「大丈夫でしょうか、アネモネは・・・」
 コスモスは不安になった。あんなに取り乱しているアネモネを見るのは初めてだった。
「余程ショックが大きかったようです。今はそっとしておきましょう」
 カミツレは病室の扉を見つめた。あの様子では、送ると言っても聞かなかっただろう。今は一人になりたいのだろうとカミツレは判断した。



 暗くなり始めた街の中、アネモネはのろのろと帰路に着いていた。アネモネの家は内務庁からそう遠くない、内務庁が借り上げているアパートの一室である。コスモス達が入院している病院からも徒歩で数十分のところにある。
(私のせいだ・・・)
 アネモネは俯いている。蒼褪めている表情は、陽が落ちて来た為とても暗く見える。
(私のせいで、二人があんなことに・・・)
 アネモネは瞳にじわりと涙が浮かびそうになるのを、ぐっと堪えた。
(私に泣く資格なんかない)
 アネモネは目元を強く擦って首を振った。アパートへの道へ続く角を曲がり、はたと立ち止まる。
 夕暮れ時なのに、あまりに暗かった。
 アネモネは反射的に顔を上げた。
「!」
 人通りの無い路地の道、アネモネの行く手に立っている者が居た。
「よお、クズ女」
 キラキラと輝く銀髪に、大きな青い瞳。地下帝国に居た少年だった。
「トーン・・・!」
 トーンと呼ばれた少年は、露骨に不愉快そうな顔をした。
「気安く呼ぶんじゃねえよ。殺すぞ」
 少年が武器を構えようとしたので、アネモネは身構えた。
「お前のデマで、ヴェルディ様の御手を煩わせたことは万死に値する」
「デマって、もしかしたらって言ったじゃない!それに、あんなことになるなんて聞いてない!アンタでしょ!二人に怪我を負わせたのは!!」
 アネモネが叫ぶと、少年は冷ややかな目でアネモネを見下ろした。
「うるせえよ雌豚。誰が喋っていいって言った」
 首筋に冷たいものが当たるのを感じ、アネモネは口を噤んだ。いつの間にか少年が背後に回り、アネモネの首筋に鉄線のような鞭の先を当てていた。
「今ここで処刑してもいいところだが、一度だけチャンスを与えてやる」
 少年はアネモネの前に小さな布袋を差し出した。
「取れ」
 アネモネは震える手で、少年から袋を受け取った。
「その袋には、特別な薬が入ってる。飲んだ奴は死ぬが、薬は体内に残らない。無味無臭な上に0.01mg程で致死量に達する優れものだ」
 アネモネは目を見開いた。こんなものを渡されるということは、つまり。
「次の新月まで待ってやる。ヴェルディ様の邪魔をしたあの長官―カミツレとかいう奴だ。あいつを殺して来い」
 それが出来れば、生かしておいてやる。少年の声が、残酷な程静かに落ちた。
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