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呪物
少女は騎士の過去を聞いた(絵有)
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「彼女は娼館の稼ぎ頭だったんだ」
「……通ってたの?」
ロムがジト目で睨んでいる。その気持ちはわかるけど、今は余計な口を挟まないでほしい。
「いや、そういうわけじゃないんだが……部下の一人が金遣いが荒いから調べてみたら、彼女につぎ込んでいたんだよ。金が尽きても娼館の周りをうろつくものだから、私がよく迎えに行ってね。謝罪の意味で彼女と何度か話した」
「じゃあ、やってないんだ?」
「ちょっト、ロムは黙ってテ!」
アイラスが叱りつけると少しだけ驚いて、上目遣いにごめんと小さく呟いた。
「一度だけ彼女を買ったことがある」
その言葉に二人が振り向くと、騎士はとても恥ずかしそうに笑った。
「子供に言う話じゃないな……」
「大丈夫! 言って下さイ」
「……私は最初、彼女に触れられなくてね……とても、悪い事をしているようで……」
「じゃア、何もなかったノ?」
「いや……私は彼女に、チェスを持ちかけた。彼女が得意だったからね。それに私が勝てば、あなたを抱かせてほしいと頼んだ」
「……勝ったノ?」
「勝った。そして私は、彼女の身請けを決意した」
「……何ソレ?」
「身代金を支払い、彼女が娼館と約束している年季があける前に、稼業をやめさせることだよ。最初に言った通り、彼女は稼ぎ頭でね。身代金は安くはなかった」
「その事、彼女には、伝えたノ?」
「伝えたよ。待っていてほしいとね。……私は身を粉にして働いた。私生活でも節約し、少しでも早く身代金を貯め、彼女を妻に迎えたかった。誰か他の男が彼女に触れていると思うと、はらわたが煮えくり返るようだった」
その望みは叶ったのだろうか。彼女は亡くなっている。妻となった後に亡くなったのか、それとも……。
嫌な予感に胸がざわついた。
「ある時、大きな遠征があってね。私は手柄を立てた。その報酬で、予定より早く身代金が貯まった。戻ってきた私は急いで娼館に行った。だが……私を迎えたのは、彼女の亡骸だった」
「……ナンデ!?」
「私が彼女の身請けしようとしていることを知った部下が、彼女と無理心中したらしい。彼は遠征には参加していなかった。彼女は……抵抗しなかったそうだ。彼女の心は、私には無かったのかもしれない……」
「待ってって、言った時、彼女は、何て答えてたノ?」
「微笑んで、わかりましたとだけ……」
それだけでは、彼女の心はわからない。喜んで肯定したのか、逃れられないと諦めて言ったのか。
「話は、君の役に立てそうかい?」
「あなたの気持ちは、わかっタ……でも、彼女の気持ちがわからなイ」
「そればっかりはね……私も知りたいよ」
「彼女は、どこで亡くなったノ?」
「墓場だよ。この前、君達も行った……墓参りに行った時に襲われたらしい」
「この辺の人は墓参りしないんじゃないんですか?」
「そんな事はないよ。故人を偲んで墓には参る。君の故郷のように、祈りを捧げたりはしないけどね」
「ちょっと……行ってみル」
「墓場にかい? だったら、墓守に話を聞いてみるといい。彼が第一発見者だから」
アイラスは頷いて立ち上がった。スケッチブックには何も描けなかった。それでも、覚悟だけは決まった。
「あなたのためニ、きっとイイ絵を描いてみせル」
「無理をしないでいいからね。その気持ちだけでも嬉しいから。余ったお菓子を持っていきなさい」
そんなお菓子を欲しがる子供と思わないでほしい。そう思ったけれど、お菓子と騎士の顔を交互に見て、消え入るような声でつぶやいた。
「頂きマス……」
城から墓場に移動中、トールの思念が届いた。
立ち止まって思いを交わしていたので、ロムが不思議そうな顔で振り返った。あわてて、小走りで彼に追いついた。
「どうしたの?」
「トールが、工房に戻ってきたみたイ」
「念話?」
「ウン。お墓に行くコト、伝えたら、トールも来るっテ」
「別に来なくてもいいのに」
「そうだよネ。せっかく、デートしてるのニ」
「えっ……!? 別に俺、そんなつもりじゃ……いや、別に、アイラスが嫌ってわけじゃなくって……」
ロムが、明らかに挙動不審になっている。軽い冗談のつもりで言ったのに、真に受けてうろたえられると、こっちまで焦ってしまう。二人とも歩みを止めていた。
「ゴメン! 変な事言って……冗談、だからネ?」
「あ、あぁ……うん。俺も、ごめん……」
ロムは一体、自分の事をどう思っているんだろう。嫌われてはいないと思う。多分、好かれている。でもその好意の種類がわからない。
自分は一体、彼の事をどう思っているんだろう。それすらわからなくなってしまった。
ロムの顔をうかがってみると、目が合ってしまった。視線をそらせない。彼もそらさない。その手が延ばされて、アイラスの頬に触れた。
——ヤバい。
何がヤバいのか、わからなかった。
「おぬしら、何をやっとるのじゃ?」
トールの声ではっと我に返った。ロムはあわてて手を引っ込めた。
「は、早かった、ネ」
「思念で探知して転移してきたでの」
「トールもそんな事できたんだね……」
「この街にはニーナが置いた転移補助具がいくつもあるからのう。それを利用させてもろうた。……二人ともどうしたのじゃ? 墓に行く途中ではないのか? 何を立ち止まっておったのか」
「な、何でも、ないヨ! 行こウ!」
アイラスは先に立って歩き始めた。トールとロムの会話が後ろから聞こえる。
「もしかして、邪魔をしてしもうたか?」
「そんな事ないよ。むしろ助かった……ヤバかった……」
「何がじゃ?」
「何でもない……」
ロムも同じように感じていた。でも、一体何がヤバいのか。そこはわからなかった。
「……通ってたの?」
ロムがジト目で睨んでいる。その気持ちはわかるけど、今は余計な口を挟まないでほしい。
「いや、そういうわけじゃないんだが……部下の一人が金遣いが荒いから調べてみたら、彼女につぎ込んでいたんだよ。金が尽きても娼館の周りをうろつくものだから、私がよく迎えに行ってね。謝罪の意味で彼女と何度か話した」
「じゃあ、やってないんだ?」
「ちょっト、ロムは黙ってテ!」
アイラスが叱りつけると少しだけ驚いて、上目遣いにごめんと小さく呟いた。
「一度だけ彼女を買ったことがある」
その言葉に二人が振り向くと、騎士はとても恥ずかしそうに笑った。
「子供に言う話じゃないな……」
「大丈夫! 言って下さイ」
「……私は最初、彼女に触れられなくてね……とても、悪い事をしているようで……」
「じゃア、何もなかったノ?」
「いや……私は彼女に、チェスを持ちかけた。彼女が得意だったからね。それに私が勝てば、あなたを抱かせてほしいと頼んだ」
「……勝ったノ?」
「勝った。そして私は、彼女の身請けを決意した」
「……何ソレ?」
「身代金を支払い、彼女が娼館と約束している年季があける前に、稼業をやめさせることだよ。最初に言った通り、彼女は稼ぎ頭でね。身代金は安くはなかった」
「その事、彼女には、伝えたノ?」
「伝えたよ。待っていてほしいとね。……私は身を粉にして働いた。私生活でも節約し、少しでも早く身代金を貯め、彼女を妻に迎えたかった。誰か他の男が彼女に触れていると思うと、はらわたが煮えくり返るようだった」
その望みは叶ったのだろうか。彼女は亡くなっている。妻となった後に亡くなったのか、それとも……。
嫌な予感に胸がざわついた。
「ある時、大きな遠征があってね。私は手柄を立てた。その報酬で、予定より早く身代金が貯まった。戻ってきた私は急いで娼館に行った。だが……私を迎えたのは、彼女の亡骸だった」
「……ナンデ!?」
「私が彼女の身請けしようとしていることを知った部下が、彼女と無理心中したらしい。彼は遠征には参加していなかった。彼女は……抵抗しなかったそうだ。彼女の心は、私には無かったのかもしれない……」
「待ってって、言った時、彼女は、何て答えてたノ?」
「微笑んで、わかりましたとだけ……」
それだけでは、彼女の心はわからない。喜んで肯定したのか、逃れられないと諦めて言ったのか。
「話は、君の役に立てそうかい?」
「あなたの気持ちは、わかっタ……でも、彼女の気持ちがわからなイ」
「そればっかりはね……私も知りたいよ」
「彼女は、どこで亡くなったノ?」
「墓場だよ。この前、君達も行った……墓参りに行った時に襲われたらしい」
「この辺の人は墓参りしないんじゃないんですか?」
「そんな事はないよ。故人を偲んで墓には参る。君の故郷のように、祈りを捧げたりはしないけどね」
「ちょっと……行ってみル」
「墓場にかい? だったら、墓守に話を聞いてみるといい。彼が第一発見者だから」
アイラスは頷いて立ち上がった。スケッチブックには何も描けなかった。それでも、覚悟だけは決まった。
「あなたのためニ、きっとイイ絵を描いてみせル」
「無理をしないでいいからね。その気持ちだけでも嬉しいから。余ったお菓子を持っていきなさい」
そんなお菓子を欲しがる子供と思わないでほしい。そう思ったけれど、お菓子と騎士の顔を交互に見て、消え入るような声でつぶやいた。
「頂きマス……」
城から墓場に移動中、トールの思念が届いた。
立ち止まって思いを交わしていたので、ロムが不思議そうな顔で振り返った。あわてて、小走りで彼に追いついた。
「どうしたの?」
「トールが、工房に戻ってきたみたイ」
「念話?」
「ウン。お墓に行くコト、伝えたら、トールも来るっテ」
「別に来なくてもいいのに」
「そうだよネ。せっかく、デートしてるのニ」
「えっ……!? 別に俺、そんなつもりじゃ……いや、別に、アイラスが嫌ってわけじゃなくって……」
ロムが、明らかに挙動不審になっている。軽い冗談のつもりで言ったのに、真に受けてうろたえられると、こっちまで焦ってしまう。二人とも歩みを止めていた。
「ゴメン! 変な事言って……冗談、だからネ?」
「あ、あぁ……うん。俺も、ごめん……」
ロムは一体、自分の事をどう思っているんだろう。嫌われてはいないと思う。多分、好かれている。でもその好意の種類がわからない。
自分は一体、彼の事をどう思っているんだろう。それすらわからなくなってしまった。
ロムの顔をうかがってみると、目が合ってしまった。視線をそらせない。彼もそらさない。その手が延ばされて、アイラスの頬に触れた。
——ヤバい。
何がヤバいのか、わからなかった。
「おぬしら、何をやっとるのじゃ?」
トールの声ではっと我に返った。ロムはあわてて手を引っ込めた。
「は、早かった、ネ」
「思念で探知して転移してきたでの」
「トールもそんな事できたんだね……」
「この街にはニーナが置いた転移補助具がいくつもあるからのう。それを利用させてもろうた。……二人ともどうしたのじゃ? 墓に行く途中ではないのか? 何を立ち止まっておったのか」
「な、何でも、ないヨ! 行こウ!」
アイラスは先に立って歩き始めた。トールとロムの会話が後ろから聞こえる。
「もしかして、邪魔をしてしもうたか?」
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