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祭
少年は祭を楽しんだ
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祭の初日は、露店を見て回っただけで終わった。アイラスはあちこちで商品を見ていたが、買ったのは昼食代わりのお菓子や飲み物だけだった。
「他に欲しい物なかったの?」
「可愛いと思う物はいっぱいあったけど、買う程じゃないんだよネ……。でも、見るだけでも楽しいから」
アイラスは明らかに、同じ年頃の女の子に比べて物欲が低いと思う。金銭感覚が自分と似ている。普段から無駄遣いはしないし、必要な物であってもよく考えてから買っている。
だけど、祭の時くらい羽目を外していいんじゃないかなぁと思う。ロムも何も買っていないのだから、人の事は言えないのだけど。
夕方保護区に戻ってきたら、アドルからもらった小鳥が飛んできた。肩にとまり、ロムの頭をくちばしで何度もつついてきた。
「痛っ。どうしたの? 何かあった?」
「祭に連れて行ってもらえなくて、すねておるのではないか?」
「あー……そっか、ごめんね。明日は一緒に行こうか」
小鳥は一声鳴いて、嬉しそうに頭の上をくるくると飛び回った。
「名前、なんて付けたノ?」
「リンドだよ」
「鈴の音みたいで綺麗な響きだネ。何か意味はあるノ?」
「え。……えーっと……鳥って意味……」
「そのまんまではないか……」
「でも喜んでるみたいだヨ? 多分、良し悪しは関係ないんじゃないかな。ロムが付けてくれた名前なら、きっと何でも嬉しいんだヨ」
「そうだといいんだけど……」
アイラスが手を差し伸べると、その手にリンドがとまった。同時に、アイラスの目が少し見開かれた。念話で何か話してるんだろうか。言われて困るような事はないと思うのだけど、それでも内容が気になった。教えてもらえるとは到底思えなかったけど、少し聞いてみた。
「どうしたの?」
「エッ。ううん、何でもない!」
あわてたアイラスの様子を見て、これは明らかにロムにとってまずい事を言われた気がした。わからないけど、きっとそうだ。しかし確かめる術がない。
ロムはため息をついて、先に立って歩き始めた。
「早く晩ご飯を食べて寝よう。今日はずっと歩いてたから、疲れたでしょ?」
「ウ、ウン! そうだネ!」
翌日は三人と一羽で祭を見て回った。初日に見ることができなかった演劇や野外ステージにも行った。普段はトールは劇場に入れないのだけど、祭の間は無礼講なのか、使い魔でもペット連れでも一切制限なく入れるようになっていた。
ただし観客席は大変騒がしく、途中で役者のセリフが聞こえないところがあったくらいだった。
夕方になって町外れの広場に行くと、刀鍛冶も来ていた。
「予想より……早く、試合が……進んでいる……」
「そうですね。俺は明日の午後には待機しておこうと思います」
「明日、ロムの試合あるノ? 応援するネ!」
「い、いや。明日はいいよ。午後はトールと一緒に祭を見て回ってていいから」
「余裕だな。負ける訳ねえってか」
荒っぽい言い方に振り向くと、レヴィが袋を持って立っていた。
「そういう訳じゃないけど……レヴィは今日は何してたの? その荷物、何?」
「俺はいつも通り絵を売ってたよ。祭の間はやっぱり売れ行きがいいわ。アイラスの分も売れたぞ」
そう言って革袋から銀貨を二枚取り出し、アイラスに手渡した。
「エッ、こんなに?」
「ああ、全部売り切れたからな。もし他にあるなら明日の午前中に持ってこいよ。いつもの場所で売ってるから」
「午後は何かあるノ?」
「ロムの試合を見るに決まってんだろうが」
「見なくていいよ……」
「相手はどんな奴なんだ?」
ロムはトーナメント表を振り返って、一回戦を勝ち上がってきた対戦者の名前を見た。どこか覚えがあるような名前だったが、思い出せなかった。
「知らない……明日になったらわかるよ」
「いい加減じゃのう……少しは対策を練ろうとは思わんのか」
そうは言っても知らないものは知らない。シンに居た頃は、依頼を受けて現地に赴いて、そこで詳細を聞く事はよくあった。だからよっぽど想定外の事が起こらなければ、臨機応変に対応できる自信はあった。
「舐めてんのか?」
レヴィの言い方に苛立ちが含まれていたので、少しあわてた。
「ごめん、そうじゃないんだ。別に見くびってる訳じゃない。どんな人かわからなくても、ちゃんと準備だけはしていくつもりだから……」
「……ならいいけどよ」
立ち去っていく時もレヴィの機嫌はなおってなかったので、少し落ち込んだ。彼女は明日の試合を本当に見に来るんだろうか。
刀鍛冶も、いつの間にか立ち去っていた。無口なだけで特に意味はないのだろうけど、彼にも叱られているような気分になった。
「ロム、大丈夫だヨ。レヴィはロムが心配なだけだからネ」
アイラスに慰められるように言われ、落ち込んでるのが伝わったのだとわかって恥ずかしかった。
優勝は難しくないかもしれない、刀鍛冶と当たるまでは負けはしないと思っていた部分はあったと思う。それはおごりだし、他の参加者にも失礼だと思う。レヴィが腹を立てたのは、そういう事かもしれない。
「うん……ありがとう」
自分が酷く小者に思えて、その事は口に出せなかった。明日は心を入れ替えて頑張ろうとだけ思った。
「他に欲しい物なかったの?」
「可愛いと思う物はいっぱいあったけど、買う程じゃないんだよネ……。でも、見るだけでも楽しいから」
アイラスは明らかに、同じ年頃の女の子に比べて物欲が低いと思う。金銭感覚が自分と似ている。普段から無駄遣いはしないし、必要な物であってもよく考えてから買っている。
だけど、祭の時くらい羽目を外していいんじゃないかなぁと思う。ロムも何も買っていないのだから、人の事は言えないのだけど。
夕方保護区に戻ってきたら、アドルからもらった小鳥が飛んできた。肩にとまり、ロムの頭をくちばしで何度もつついてきた。
「痛っ。どうしたの? 何かあった?」
「祭に連れて行ってもらえなくて、すねておるのではないか?」
「あー……そっか、ごめんね。明日は一緒に行こうか」
小鳥は一声鳴いて、嬉しそうに頭の上をくるくると飛び回った。
「名前、なんて付けたノ?」
「リンドだよ」
「鈴の音みたいで綺麗な響きだネ。何か意味はあるノ?」
「え。……えーっと……鳥って意味……」
「そのまんまではないか……」
「でも喜んでるみたいだヨ? 多分、良し悪しは関係ないんじゃないかな。ロムが付けてくれた名前なら、きっと何でも嬉しいんだヨ」
「そうだといいんだけど……」
アイラスが手を差し伸べると、その手にリンドがとまった。同時に、アイラスの目が少し見開かれた。念話で何か話してるんだろうか。言われて困るような事はないと思うのだけど、それでも内容が気になった。教えてもらえるとは到底思えなかったけど、少し聞いてみた。
「どうしたの?」
「エッ。ううん、何でもない!」
あわてたアイラスの様子を見て、これは明らかにロムにとってまずい事を言われた気がした。わからないけど、きっとそうだ。しかし確かめる術がない。
ロムはため息をついて、先に立って歩き始めた。
「早く晩ご飯を食べて寝よう。今日はずっと歩いてたから、疲れたでしょ?」
「ウ、ウン! そうだネ!」
翌日は三人と一羽で祭を見て回った。初日に見ることができなかった演劇や野外ステージにも行った。普段はトールは劇場に入れないのだけど、祭の間は無礼講なのか、使い魔でもペット連れでも一切制限なく入れるようになっていた。
ただし観客席は大変騒がしく、途中で役者のセリフが聞こえないところがあったくらいだった。
夕方になって町外れの広場に行くと、刀鍛冶も来ていた。
「予想より……早く、試合が……進んでいる……」
「そうですね。俺は明日の午後には待機しておこうと思います」
「明日、ロムの試合あるノ? 応援するネ!」
「い、いや。明日はいいよ。午後はトールと一緒に祭を見て回ってていいから」
「余裕だな。負ける訳ねえってか」
荒っぽい言い方に振り向くと、レヴィが袋を持って立っていた。
「そういう訳じゃないけど……レヴィは今日は何してたの? その荷物、何?」
「俺はいつも通り絵を売ってたよ。祭の間はやっぱり売れ行きがいいわ。アイラスの分も売れたぞ」
そう言って革袋から銀貨を二枚取り出し、アイラスに手渡した。
「エッ、こんなに?」
「ああ、全部売り切れたからな。もし他にあるなら明日の午前中に持ってこいよ。いつもの場所で売ってるから」
「午後は何かあるノ?」
「ロムの試合を見るに決まってんだろうが」
「見なくていいよ……」
「相手はどんな奴なんだ?」
ロムはトーナメント表を振り返って、一回戦を勝ち上がってきた対戦者の名前を見た。どこか覚えがあるような名前だったが、思い出せなかった。
「知らない……明日になったらわかるよ」
「いい加減じゃのう……少しは対策を練ろうとは思わんのか」
そうは言っても知らないものは知らない。シンに居た頃は、依頼を受けて現地に赴いて、そこで詳細を聞く事はよくあった。だからよっぽど想定外の事が起こらなければ、臨機応変に対応できる自信はあった。
「舐めてんのか?」
レヴィの言い方に苛立ちが含まれていたので、少しあわてた。
「ごめん、そうじゃないんだ。別に見くびってる訳じゃない。どんな人かわからなくても、ちゃんと準備だけはしていくつもりだから……」
「……ならいいけどよ」
立ち去っていく時もレヴィの機嫌はなおってなかったので、少し落ち込んだ。彼女は明日の試合を本当に見に来るんだろうか。
刀鍛冶も、いつの間にか立ち去っていた。無口なだけで特に意味はないのだろうけど、彼にも叱られているような気分になった。
「ロム、大丈夫だヨ。レヴィはロムが心配なだけだからネ」
アイラスに慰められるように言われ、落ち込んでるのが伝わったのだとわかって恥ずかしかった。
優勝は難しくないかもしれない、刀鍛冶と当たるまでは負けはしないと思っていた部分はあったと思う。それはおごりだし、他の参加者にも失礼だと思う。レヴィが腹を立てたのは、そういう事かもしれない。
「うん……ありがとう」
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