亡国の少年は平凡に暮らしたい

くー

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少年は少年と話した(絵有)

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「ロム! ザラム!」

 受付の前を通って試合場から離れると、アイラスが名前を呼んで駆け寄ってきた。ザラムというのがこの少年の名前らしい。ていうかなんで名前まで知ってんの。
 いやいや、見てないけどトーナメント表にのってただろうし、聞いてないけど審判も呼んでいたはずだ。
 でも今の呼び方は随分親しげで、ロムは嬉しくなかった。



 ザラムと呼ばれた少年が、不意にふらついた。アイラスが支えようとして支えきれず、草むらに尻もちをついた。ザラムがアイラスに抱きついた形になって、ロムは胸がカッとなった。

「わっ、だ、大丈夫!?」

 いや嫉妬してる場合じゃない。どこか怪我をしてるのかもしれない。ロムが少年を仰向けに抱き起こして診てみるが、どこも異常はないようだ。駆け付けて来ていたトールがアイラスを助け起こしていた。

「そやつ、どうしたのじゃ?」
「わ、わからない。急にフラッて、なったノ……」

「腹、減った……」
「……は?」
「昨日、から、何も、食ってない……」

 そんな状態で試合に出ていたのかと呆れた。同時に勘違いで嫉妬していたのかと、自分自身にも呆れた。

「私、露店で何か買ってくる! ……ロムの試合は、まだだよネ?」
「うん、俺は午後からだよ」

 アイラスは頷いてから、走って行った。自分の事を気にしてくれて、少し嬉しかった。



 アイラスは消化の良さそうなスープを買ってきた。スプーンですくい、息を吹きかけて冷ましている。彼女が食べさせるのかと思い、細かい事までいちいち気にする自分が嫌になった。

 口元にスプーンを持っていくと、鼻をひくひくさせてかぶりついた。起き上がって、アイラスの手を掴んだ。

「わっ、あ、熱いから、危ないヨ? 落ち着いて、ゆっくり食べヨ?」

 ザラムはロムと歳が違わないように見えるが、小さな子供のように大人しく従った。素直にじっと待つ姿は、殺意をみなぎらせた試合中の彼と同一人物とは思えなかった。

「オレ、金、無い」
「大丈夫、心配しないで」

 お金の事を気にするあたり、悪人ではないような気がする。
 盲目で、食べるものも食べられず、保護者も居なさそうなこの子は、一体何者なんだろう。

 保護区があるこの街に、子供の浮浪者はほとんど居ない。だとしたらこの子は、ここに来たばかりなんだろうか。祭の喧騒に誘われて、外から流れてきたんだろうか。言葉も少し違和感があり、慣れていないように聞こえる。



「おぬし、一人なのか? 家族は? 家は?」
「家族、居ない。家、ない」
「武術大会に参加しておるなら、祭の初日からこの街にはおったのであろう? どこで寝起きしておるのじゃ?」
「その辺、適当」
「大会が終わったらどうするのじゃ?」
「金、もらう。住むとこ、見つける」

 賞金は優勝者にしか出ない。当然のように優勝する気なのが、自分と同じで苦笑した。
 トールがちらりとロムを見た。

「保護区に連れて行ってよいのではないか?」
「そうだね。食べ終わったら、みんなで連れて行ってあげて。俺は試合があるから……」
「ダメだヨ。ロムの応援したい。試合が終わってから、全員で行こう?」
「お前、試合、出るのか?」
「うん。次に勝ったら、明後日に君と戦う事になるね」

 ザラムは少し口の端を上げたが、何も言わなかった。その笑いがどういう意味なのか、ロムにはわからなかった。



 午後になり、ロムの試合が始まった。対戦相手は多分アドルより弱い。ザラムがいるから手の内を知られたくなくて、ロムは長剣を選んで王宮剣術で戦い、特に問題なく勝利した。
 目も見えない相手に慎重だなぁと、我ながら苦笑した。



「なんで、刀、使わなかった?」

 戻って開口一番、ザラムがそう言ってきたので驚いた。慎重すぎる事はなかった。

「だって君が居たから。ライバルに手の内を知られたくないし」

 正直に理由を言うと、楽しそうに笑った。

「面白い。それでこそ、『黄泉の申し子』」

 最後の二つ名は標準語ではなかった。久々に聞いたシンの言葉。ロムも、シンの言葉で聞いてみた。

「君……シンの出身なの?」
「『人狼』は全滅したと聞いたが、お前だけは死んでないだろうと思っていた。他にも生き残ってるやつはいるのか?」
「居ないよ。俺の知る限りではね」

 ロムはザラムの顔を穴が開くほど見つめ、記憶を辿ってみた。どこかで会った事があるんだろうか。
 でも、思い出せなかった。単に自分の事を知っているだけなのか。



「二人は、何を話してるノ?」

 不思議そうなアイラスの言葉で、我に返った。その背後では、トールとリンドが不安そうな顔で見ていた。

「あ、えっと……彼、シン……俺と同じ出身だったんだよ。今は故郷の言葉で話してたんだ」
「じゃあ二人はお友達だったノ?」
「オレ、ロム知ってる。ロム、オレ知らない」
「ロムは有名だったノ?」
「百年、一人、天才」
「や、止めてよ。アイラス、信じないで」
「えー? いいじゃない。ロムは昔から強かったのネ!」

 アイラスはニコニコと嬉しそうに笑いながら、ザラムに話をせがんでいた。
 自分の事が話されて恥ずかしいし、彼女とザラムが楽しそうに話すのは面白くないし、気持ちが落ち着かなかった。



 ザラムが手探りで、アイラスの手を握った。アイラスは最初、驚いた顔をしていたが、すぐに真っ赤になった。握られた手を振りほどき、自分の頬を両手で隠した。
 忘れてた。彼は魔法使いだ。念話で何か話したに違いない。何を話したんだろう。

 トールとリンドが彼らの間に割って入った。トールはアイラスを心配そうに見ているし、リンドはすごい目でザラムを睨んでいる。
 さっぱりわからないけど、みんな絶対何か話してる。それが自分にだけわからなくて、ロムは蚊帳の外に居る気分だった。

「あの……」
「な、なんじゃ?」
「いや、その……みんな、何話してるのかなって……」
「い、いや別に……何でも……」
「トールって、本っ当、嘘つくの下手だよね」
「そ、それは……そうかもしれぬ、が……おぬしが困るような内容ではないからな! 心配せずとも良いぞ?」
「いや、余計心配だって……」



 ザラムだけが楽しそうに笑っていた。
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