亡国の少年は平凡に暮らしたい

くー

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悪魔

少女は悲しい気持ちになった(絵有)

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「おじさん!」

 ロムがすぐに駆け寄った。

 白虎は後ろ足で赤い耳飾りをかいて、人の姿に戻った。いや戻ったというのはおかしいか。虎の方が本来の姿なのだから。

 トールはザラムの方に近づき、癒しの魔法を使っていた。ザラムは自分で使えるのに素直に受けているのは、魔力が切れているのかもしれない。
 アイラスもザラムに駆け寄った。傷は多いが深いものはなかった。ただ、酷く疲れているようだった。体力も消耗しているのだろう。



 少し安心したら、色々と疑問が湧いてきた。
 おじさんは、いつ白い悪魔になったんだろう。ザラムがここに来た時に、すでになっていたのだろうか? 彼がニーナの館から真っすぐ来たのなら、3時間近くも戦って、いや逃げ回っていた事になる。
 それはないと思い直した。白い悪魔になったのなら、魔力の高いトールの元に来るはずだ。ならば、ザラムがここに来てから悪魔に変わったんだろうか。だとしたら彼は、人が白い悪魔になるところを見たんじゃないだろうか。



「なぜ勝手に出歩いたのじゃ? こんな夜中に。自身が危険になるとは思わなんだのか? せめて誰かに伝えてからにせよ」

 怒りを含んだトールの声に、はっと我に返った。
 ザラムは答えなかった。ふてくされたかと思って顔をうかがったが、疲れた顔で答える気力が無いといった感じだった。



「そいつを責めないでやってくれ。俺を心配して来てくれただけだ」

 振り返ると、裸のおじさんが身体を起こして座っていた。アイラスはあわてて目をそらした。

「おっとすまん。ロム、着替えを持って来てくれないか。場所はわかるな?」
「うん。替えの眼鏡はあるの?」
「あ~……それはないな。ま、仕方ねえ」



 ロムが持ってきた服を着ながら、おじさんは話し始めた。

「ザラムは、白い悪魔に注意しろって教えに来てくれたんだよ」
「おじさんとザラムは知り合いだったの?」
「10月の半ばだったかな。こいつが突然現れてな。以来ほぼ毎日来てるぞ。最近は来ない日もあって、友達と一緒だと言っていたが、やっぱりロムの事だったんだな」

 えっと思ってザラムを見た。ロムも同様に、驚いて見ていた。
 ザラムは少しバツが悪そうにしている。彼は最初から、ロムの事を友達と思ってくれていたんだろうか。

「やっぱりって、俺の事をなんて言ってたの?」
「すげえ強えとか、歌が上手いとか言ってたな。保護区の服を着てくるようになってからだから、そうじゃないかと思ってた」
「それ以上、言うな」

 ザラムがイライラした口調で言った。おじさんはニヤニヤして、全然悪いと思ってない顔で謝っていた。



 それから目を落とし、暗い表情になった。

「……せっかく教えてもらったのによ、俺自身が白い悪魔とやらになるとは思わなかったな」
「おぬし、自身が変わったという認識があったのか?」
「あったよ。身体が勝手に動いてな。ザラムを殺しちまうかと思ったわ……」

 その感覚は、アイラス自身にも覚えがあった。呪われた刀にとらわれた時だ。

「じゃあ、あの人も……」

 それ以上、言葉にできなかった。あの悪魔となって亡くなった女性も、意識があったという事なんだろうか。宮廷魔術師を食い殺した時も、自身がザラムに斬られた時も、彼女には意識があったのだろうか。

 なんて、なんて残酷なんだろう。その心を思うと、アイラスの胸は張り裂けそうに痛んだ。涙がこぼれそうになり、あわてて目をこすった。

 その手を、ザラムがつかんだ。言葉にならない気持ちが伝わってきた。深い悲しみと少しの優しさが含まれていた。彼も同じ事に気づいたのかもしれない。あの女性を斬ったのは彼なのだから。



「さっきの白い虎、お前だろ? 『神の子』だったんだな……」

 問われてトールは挙動不審になった。言いつくろおうとしているが、その態度がすでに肯定になってしまっている。本当に嘘が下手だなと思う。

 ザラムも驚いた顔をしていた。彼は目が見えないから、先程の虎は気配でわかっても、その色まではわからなかったんだろう。

「俺が知っちゃ、まずい事だったか?」
「そうね」

 ため息交じりの声が響き、全員が振り返った。星明りと塔の灯に照らされて、ニーナが立っていた。
 彼女はいつもこんな感じで現れる。姿を見せるまで、気配を全く感じない。まるでそこに魔法で出現したかのようだ。実際そうなのかもしれない。

「彼が『神の子』であるという事を口外しないと誓える? 誓えないなら、その部分だけ忘れてもらうわ」

 おじさんは、深く考えずに頭を横に振った。

「じゃあ忘れさせてくれ。酒が飲めなくなる」
「ごめんなさいね」

 ニーナは申し訳なさそうに、魔法を使った。それからザラムを見た。視線を向けられた気配を感じ、彼は顔を上げた。

「誓う。言わない、絶対」

 身体がだるいのか、少し億劫そうに立ちあがった。ロムとアイラスが両側から支え、ニーナの元まで連れて行った。
 ザラムがその足元にひざまずいた。彼女は杖で彼の肩に触れて、小さなため息をついた。



「こんな時間で、みんなも疲れてるだろうけど、少しだけ話を聞かせて頂戴ね」

 ニーナは、おじさんを冷たい目で見た。いや、そんな目で見るはずがない。冷たく見えたのは、彼女がいつになく緊張しているからだろうか。



「どうやって、白い悪魔になったの?」
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