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真相
少年は名前を聞いた(絵有)
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翌朝、払いすぎていたお金を返してもらい、馬車と共に街に帰った。来る時は何日もかかったのに、帰りはトールの転移魔法で一瞬だった。
魔法って本当に便利だけれど、来る時に見た景色も綺麗だったなと思う。
「おかえりなさい」
戻ると、目の前にニーナが立っていた。少し涙ぐんでいる。トールにそっと近づき、優しく抱きしめた。
その手は、子を愛しむ母のように優しかった。
実際ニーナの方が遥かに年上らしく、背も高い。彼女にとってトールは、手のかかるやんちゃな子供なんだろうなと思った。
「やめんか……皆が見ておるぞ……」
「いいじゃん、甘えとけば? 片付けは俺達がするから」
「それは私共の仕事です。湯と着替えを用意していますので、どうぞ中へ」
ジョージに手綱を奪い取られ、背中を押された。
「だ、大丈夫ですよ。しっかり休んで、起きたばかりだし……。お風呂だったら、先にあの子に使わせてあげて下さい」
「エッ、私? 私は、いいヨ!」
「いいから、入っておいで。ここのお風呂、大きくて豪華だよ」
「……知ってる」
「え……?」
「……何でもない」
じりじりと後ずさる少女が誰かにぶつかった。長身のその人は、レヴィだった。
「使い方がわかんねえか? 田舎だと風呂とかねえしな」
「レヴィ! 戻ったんだね」
「まーな。心配かけたな」
レヴィは少し恥ずかしそうに頭をかき、誤魔化すように少女の腕を掴んだ。
「来いよ。手伝ってやる」
「え……えーっ? ちょっと……待って……!」
抵抗する彼女を引きずるように引っ張って、レヴィは館に入っていった。
二人の姿が見えなくなると、思わずため息が漏れた。あの子が側に居ると、なんだか緊張する。それは何故なのか、理由はわからなかった。
「ロム、あの子、気になる?」
一瞬、ザラムの言う意味もわからなかった。理解すると、顔が熱くなった。
「べ、別に……そんなんじゃ、ないよ……」
「いい傾向」
「意味がわかんないんだけど?」
質問には答えず、彼もまた館に入っていった。いつもの事だけど、マイペースが過ぎる。別の意味のため息をついて、ロムも館の玄関へ向かった。
レヴィと少女がお風呂から上がり、ロム達三人も入った。上がってからいつもの部屋に行くと、お茶とお菓子が用意されていた。
久々に食べるリサのお菓子は美味しかった。この数日、お菓子どころか甘いものさえ食べていなかったから。
ちらっと黒髪の少女を見ると、彼女も美味しそうに食べていた。甘いものが好きなのかな。今度レヴィに干菓子を作ってもらおう。あのおいしさを体験してほしい。
でもこの子、今後はどうするんだろう。保護区の子なら戻るんだろうか。でも魔法使いなら、ここに居た方がいい気がする。
「何?」
長い間見つめていたせいか、少女が強く睨んできた。慌てて謝ったけれど、返事もせずに顔を背けられた。
可愛いのに性格はキツいと思った。いや今のは、ジロジロと見ていた自分が悪いのか。同じ年頃の女の子と接する事なんて、滅多にない。どうやって話せばいいか、全然わからなかった。
「ああ、そうだ。こいつ、ここに住む事になったからな」
一番にお菓子を食べ終わったレヴィが、唐突に宣言した。少女がむせていた。
「ちょっ……ちょっと待ってヨ! 私は、住むとは、言ってない!」
「魔法使いは今、この街じゃ危険なんだ。どうしても嫌って言うなら、アレを燃やしちまうが、いいのか?」
アレってなんだろう。
少女は言葉を詰まらせ、悔しそうにレヴィを睨んだ。本当に気が強い。対してレヴィは、勝ち誇ったように口端を上げている。これは少女の負けだなと思った。
「お前、名前は何て言うんだ?」
少女は返事もしない。目もそらした。
「一緒に住むんだぞ? 名前が分からねえと不便じゃねえか」
催促されても、不機嫌そうに頬を膨らませるだけだった。ロムは、どうやって助け舟を出せばいいかわからなかった。
イライラしたレヴィが口を開きかけた瞬間、トールが立ち上がった。
「アイラスじゃ。そやつの名は、アイラス」
ロムは、その言葉を知っていた。東の大陸の北国の言葉で、美しいという意味。
そして最近、いや昨日だ。聞いた覚えがあった。死の淵から戻ったトールが、自分に聞いてきていた。寝ぼけてうわ言でも発したかと思っていたが、そうじゃなかった。
こんな離れた地で、名前として付けられているとは思わなかった。
「こいつを知ってんのか?」
「うむ……」
「一体どういう関係なんだ?」
それは、ロムが一番知りたかった事だった。二の句を待ってトールを見つめたが、今度は彼が黙り込んでうつむいた。
「言えねえのか?」
「すまぬ……詳しくは、言えぬが……悪しき子では、ない……!」
「そんなん、見りゃわかるよ。まあいいさ。どうせ護衛に誰かが付くんだからな」
「護衛なんて、要らないのに……」
少女——アイラスが呟いた言葉に、レヴィはため息をついた。
「お前は知らねえだろうけどな、今この街には……」
「レヴィ、もう勘弁してやってくれ。わしが言い含めておくでな……」
「やたらと庇うんだな」
言葉を遮られて、レヴィは吐き捨てるように言った。トールは顔を上げてレヴィを見て、次にアイラスに視線を向けた。どこか辛そうな表情で、少し心配になった。
「……こやつは、わしの『真の名』を知っておる」
今度は、アイラスの顔が悲しそうに歪んだ。切羽詰まったように何かを言いかけたが、トールが手でそれを遮った。
「よい。魔法使いがその気になれば、すぐに知れる事じゃ」
「ふ~ん……『神の子』を操れるから、強気なんだな」
「アイラスは、そのような事はせぬ! 名は、わしが教えたのじゃ……!」
「わかったわかった。もうこの話は終いな」
レヴィは面倒くさそうに手をヒラヒラと振りながら、部屋を出ていった。
ロムは、手に持っていたお菓子を口に入れて、お茶で流し込んだ。早口でリサにお礼を言い、急いでレヴィを追いかけた。聞きたいことがあった。
入浴シーンの描写なんて1文字も無いんですけどね…。
魔法って本当に便利だけれど、来る時に見た景色も綺麗だったなと思う。
「おかえりなさい」
戻ると、目の前にニーナが立っていた。少し涙ぐんでいる。トールにそっと近づき、優しく抱きしめた。
その手は、子を愛しむ母のように優しかった。
実際ニーナの方が遥かに年上らしく、背も高い。彼女にとってトールは、手のかかるやんちゃな子供なんだろうなと思った。
「やめんか……皆が見ておるぞ……」
「いいじゃん、甘えとけば? 片付けは俺達がするから」
「それは私共の仕事です。湯と着替えを用意していますので、どうぞ中へ」
ジョージに手綱を奪い取られ、背中を押された。
「だ、大丈夫ですよ。しっかり休んで、起きたばかりだし……。お風呂だったら、先にあの子に使わせてあげて下さい」
「エッ、私? 私は、いいヨ!」
「いいから、入っておいで。ここのお風呂、大きくて豪華だよ」
「……知ってる」
「え……?」
「……何でもない」
じりじりと後ずさる少女が誰かにぶつかった。長身のその人は、レヴィだった。
「使い方がわかんねえか? 田舎だと風呂とかねえしな」
「レヴィ! 戻ったんだね」
「まーな。心配かけたな」
レヴィは少し恥ずかしそうに頭をかき、誤魔化すように少女の腕を掴んだ。
「来いよ。手伝ってやる」
「え……えーっ? ちょっと……待って……!」
抵抗する彼女を引きずるように引っ張って、レヴィは館に入っていった。
二人の姿が見えなくなると、思わずため息が漏れた。あの子が側に居ると、なんだか緊張する。それは何故なのか、理由はわからなかった。
「ロム、あの子、気になる?」
一瞬、ザラムの言う意味もわからなかった。理解すると、顔が熱くなった。
「べ、別に……そんなんじゃ、ないよ……」
「いい傾向」
「意味がわかんないんだけど?」
質問には答えず、彼もまた館に入っていった。いつもの事だけど、マイペースが過ぎる。別の意味のため息をついて、ロムも館の玄関へ向かった。
レヴィと少女がお風呂から上がり、ロム達三人も入った。上がってからいつもの部屋に行くと、お茶とお菓子が用意されていた。
久々に食べるリサのお菓子は美味しかった。この数日、お菓子どころか甘いものさえ食べていなかったから。
ちらっと黒髪の少女を見ると、彼女も美味しそうに食べていた。甘いものが好きなのかな。今度レヴィに干菓子を作ってもらおう。あのおいしさを体験してほしい。
でもこの子、今後はどうするんだろう。保護区の子なら戻るんだろうか。でも魔法使いなら、ここに居た方がいい気がする。
「何?」
長い間見つめていたせいか、少女が強く睨んできた。慌てて謝ったけれど、返事もせずに顔を背けられた。
可愛いのに性格はキツいと思った。いや今のは、ジロジロと見ていた自分が悪いのか。同じ年頃の女の子と接する事なんて、滅多にない。どうやって話せばいいか、全然わからなかった。
「ああ、そうだ。こいつ、ここに住む事になったからな」
一番にお菓子を食べ終わったレヴィが、唐突に宣言した。少女がむせていた。
「ちょっ……ちょっと待ってヨ! 私は、住むとは、言ってない!」
「魔法使いは今、この街じゃ危険なんだ。どうしても嫌って言うなら、アレを燃やしちまうが、いいのか?」
アレってなんだろう。
少女は言葉を詰まらせ、悔しそうにレヴィを睨んだ。本当に気が強い。対してレヴィは、勝ち誇ったように口端を上げている。これは少女の負けだなと思った。
「お前、名前は何て言うんだ?」
少女は返事もしない。目もそらした。
「一緒に住むんだぞ? 名前が分からねえと不便じゃねえか」
催促されても、不機嫌そうに頬を膨らませるだけだった。ロムは、どうやって助け舟を出せばいいかわからなかった。
イライラしたレヴィが口を開きかけた瞬間、トールが立ち上がった。
「アイラスじゃ。そやつの名は、アイラス」
ロムは、その言葉を知っていた。東の大陸の北国の言葉で、美しいという意味。
そして最近、いや昨日だ。聞いた覚えがあった。死の淵から戻ったトールが、自分に聞いてきていた。寝ぼけてうわ言でも発したかと思っていたが、そうじゃなかった。
こんな離れた地で、名前として付けられているとは思わなかった。
「こいつを知ってんのか?」
「うむ……」
「一体どういう関係なんだ?」
それは、ロムが一番知りたかった事だった。二の句を待ってトールを見つめたが、今度は彼が黙り込んでうつむいた。
「言えねえのか?」
「すまぬ……詳しくは、言えぬが……悪しき子では、ない……!」
「そんなん、見りゃわかるよ。まあいいさ。どうせ護衛に誰かが付くんだからな」
「護衛なんて、要らないのに……」
少女——アイラスが呟いた言葉に、レヴィはため息をついた。
「お前は知らねえだろうけどな、今この街には……」
「レヴィ、もう勘弁してやってくれ。わしが言い含めておくでな……」
「やたらと庇うんだな」
言葉を遮られて、レヴィは吐き捨てるように言った。トールは顔を上げてレヴィを見て、次にアイラスに視線を向けた。どこか辛そうな表情で、少し心配になった。
「……こやつは、わしの『真の名』を知っておる」
今度は、アイラスの顔が悲しそうに歪んだ。切羽詰まったように何かを言いかけたが、トールが手でそれを遮った。
「よい。魔法使いがその気になれば、すぐに知れる事じゃ」
「ふ~ん……『神の子』を操れるから、強気なんだな」
「アイラスは、そのような事はせぬ! 名は、わしが教えたのじゃ……!」
「わかったわかった。もうこの話は終いな」
レヴィは面倒くさそうに手をヒラヒラと振りながら、部屋を出ていった。
ロムは、手に持っていたお菓子を口に入れて、お茶で流し込んだ。早口でリサにお礼を言い、急いでレヴィを追いかけた。聞きたいことがあった。
入浴シーンの描写なんて1文字も無いんですけどね…。
応援ありがとうございます!
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