亡国の少年は平凡に暮らしたい

くー

文字の大きさ
201 / 233
五親王

少年は手紙を読んだ(絵有)

しおりを挟む
「はいこれ」



 小さな書斎に入るとすぐ、折りたたまれた手紙を渡された。どうやって読ませてもらうか、最悪盗むかとも考えていたので、思いっきり面食らった。

「え、あの……読んで、いいんですか?」
「うん。さっきはごめんなー。何が秘密なのかわかんなくてさ。ちゃんと読んで、黙っておいた方がいい事があったら、教えてほしいんだ」
「そのために俺を呼んだんですか?」
「や、もちろん、文書も確認してもらおうと思ってるよ」
「なぜ俺だけ、なんですか?」
「だって君の話だけ物騒なんだもん」

 ぐうの音も出なかった。
 頭が痛くなった気がして、こめかみを押さえた。僧侶への嫌悪感が、ふつふつと沸き上がってきた。



「まあ座って。椅子はあそこ」

 ホンジョウが指差す部屋の隅に小さな椅子があった。それを持って来て、文机を挟んで彼の正面に座った。

「でもこれ、みんなの事も書いてあるんですよね……。俺、読んでもいいんでしょうか……」
「俺が読んでる時点で、それ気にしても仕方なくない?」

 それもそうかと思って、手紙を開いた。





 それは想像したほど長くなかった。必要事項が淡々と書いてあるだけ。自分達については、ほとんど知っている内容だった。
 トールとザラムの出身が、帝国の少し西にある国という事だけが初耳だった。同郷だったのかと驚いたが、生まれた時代にかなりの差があるから、顔見知りではなかったのだろう。

 アイラスに関しては、ロムの知らない事は何も書いていなかった。



 そして当の自分に関しては、最近の出来事まで詳しく書いてあった。討伐戦から自由騎士になるまでの事、武術大会の事まで。



 問題はシンに居た頃だ。
 帝国にも『人狼』時代の悪評は轟いていた。でも顔を見られて口を封じなかった者は居ない。
 当時使っていた刀も、今回は持ってきていない。知られる要素はないはずだったのに。
 あの僧侶以外は。





 最後まで読み、ゆっくりと元のように折りたたんだ。話さなきゃいけないと思いつつ億劫で、一つ一つの動作が酷く鈍かった。

 手紙を文机の上に置き、沈んだままの気持ちで口を開いた。



「ホンジョウは……」



 続きが出てこなかった。どう言っていいかわからない。いや、どんな言葉を使おうとも恐怖は薄まらない。だから、口は鉛のように重かった。





「うん?」

 それなのにホンジョウは、文書を書きながら顔も上げずに相槌を打った。上の空で真面目に聞いていない。
 壁に話しかけているみたいだ。そう思うと、下を向いた口から零れるように言葉が出てきた。

「俺が、怖くないんですか……。こんな、異名の……」

 筆を置く音が聞こえて顔を上げた。ホンジョウが真っすぐ見つめていた。その目はとても、とても優しかった。



「俺がロムを怖がってると思う? 俺はさ、その手紙、もう全部読んでたんだぜ? 怖がってたら部屋に呼ばないだろ? こんな二人きり……」



 言葉が途切れた。理由はわかっている。ホンジョウがゆっくり立ち上がって、文机の横を周って近づいてきた。ロムは動けなかった。



「もー……。泣く事じゃないでしょ」
「は、い……」

 ぽんぽんと頭を叩かれ、涙のしずくが膝に落ちた。膝でよかった。部屋を汚してはいけないと思い、慌てて手の甲で涙をぬぐった。



 目の前に白い布が差し出された。

 手に取って目を押さえると、ほのかに香木の香りがした。手紙に付けられていたのと同じ香りだった。ホンジョウが好きな香りなんだろうか。



 彼は元のように椅子に座り、続きを書き始めた。静かな部屋に、筆の滑る微かな音だけが響いた。
 静かで、良い香りがして、灯りが柔らかく揺れて、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。





 長い沈黙の後。いや、そんなに長くはなかったかもしれない。とにかく、ホンジョウが再び筆を置いた。

「シンの頃の事が、知られたくないんだね? 名前もそう?」
「名前は重要ではありません。一般に本名は知られていませんでしたので。ただ、昔の名前を知ってるくらいなら、昔の事情も……と思っただけで」
「ふ~ん……。じゃあ他の三人はロムの素性を知らないんだ?」
「トールとザラムは知ってます。でもアイラスは……」
「彼女だけが知らない?」
「はい。……でも、もしかしたら、トールから聞いてるかもしれない。あの二人、仲が良いから……」
「ああ、それで気にしてたのか。嫉妬?」

 想定外の指摘に息が止まった。それを見越してか、ホンジョウが意地悪く笑った。



「だってさ、食事中に二人をチラチラ見てたじゃん。トールはあんまり人の食事に慣れてないみたいで、アイラスが世話を焼いてた。それが面白くないんだね」
「そ、それ……!」

 思わず立ち上がった。勢いがよすぎて、椅子が後ろに倒れた。慌ててしゃがんで元に戻した。
 ホンジョウの笑う声が神経に触る。いや、それより気になる事があった。



「……それ、アイラスは……気付いてたと、思います……?」
「気づいてなかったと思うよ」

 笑いを堪えながら言われて、憮然として椅子に座り込んだ。



「まーどっちにしても、ロムの出自は隠しとくわけだし? アイラスの前でも誰の前でも、もう言わないよ。この手紙も処分しとこうね」
「……はい、お願いします」

 絞り出すように返事をした。一旦上がったホンジョウの評価は、また下がっていた。

挿絵じゃなくて設定画です。前回奥方様を描いたけど、アイラスと似た設定なのに全然似てなかったので、デザインし直しました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜

もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。 ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を! 目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。 スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。 何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。 やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。 「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ! ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。 ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。   2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!

処理中です...