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五親王
少年は手紙を読んだ(絵有)
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「はいこれ」
小さな書斎に入るとすぐ、折りたたまれた手紙を渡された。どうやって読ませてもらうか、最悪盗むかとも考えていたので、思いっきり面食らった。
「え、あの……読んで、いいんですか?」
「うん。さっきはごめんなー。何が秘密なのかわかんなくてさ。ちゃんと読んで、黙っておいた方がいい事があったら、教えてほしいんだ」
「そのために俺を呼んだんですか?」
「や、もちろん、文書も確認してもらおうと思ってるよ」
「なぜ俺だけ、なんですか?」
「だって君の話だけ物騒なんだもん」
ぐうの音も出なかった。
頭が痛くなった気がして、こめかみを押さえた。僧侶への嫌悪感が、ふつふつと沸き上がってきた。
「まあ座って。椅子はあそこ」
ホンジョウが指差す部屋の隅に小さな椅子があった。それを持って来て、文机を挟んで彼の正面に座った。
「でもこれ、みんなの事も書いてあるんですよね……。俺、読んでもいいんでしょうか……」
「俺が読んでる時点で、それ気にしても仕方なくない?」
それもそうかと思って、手紙を開いた。
それは想像したほど長くなかった。必要事項が淡々と書いてあるだけ。自分達については、ほとんど知っている内容だった。
トールとザラムの出身が、帝国の少し西にある国という事だけが初耳だった。同郷だったのかと驚いたが、生まれた時代にかなりの差があるから、顔見知りではなかったのだろう。
アイラスに関しては、ロムの知らない事は何も書いていなかった。
そして当の自分に関しては、最近の出来事まで詳しく書いてあった。討伐戦から自由騎士になるまでの事、武術大会の事まで。
問題はシンに居た頃だ。
帝国にも『人狼』時代の悪評は轟いていた。でも顔を見られて口を封じなかった者は居ない。
当時使っていた刀も、今回は持ってきていない。知られる要素はないはずだったのに。
あの僧侶以外は。
最後まで読み、ゆっくりと元のように折りたたんだ。話さなきゃいけないと思いつつ億劫で、一つ一つの動作が酷く鈍かった。
手紙を文机の上に置き、沈んだままの気持ちで口を開いた。
「ホンジョウは……」
続きが出てこなかった。どう言っていいかわからない。いや、どんな言葉を使おうとも恐怖は薄まらない。だから、口は鉛のように重かった。
「うん?」
それなのにホンジョウは、文書を書きながら顔も上げずに相槌を打った。上の空で真面目に聞いていない。
壁に話しかけているみたいだ。そう思うと、下を向いた口から零れるように言葉が出てきた。
「俺が、怖くないんですか……。こんな、異名の……」
筆を置く音が聞こえて顔を上げた。ホンジョウが真っすぐ見つめていた。その目はとても、とても優しかった。
「俺がロムを怖がってると思う? 俺はさ、その手紙、もう全部読んでたんだぜ? 怖がってたら部屋に呼ばないだろ? こんな二人きり……」
言葉が途切れた。理由はわかっている。ホンジョウがゆっくり立ち上がって、文机の横を周って近づいてきた。ロムは動けなかった。
「もー……。泣く事じゃないでしょ」
「は、い……」
ぽんぽんと頭を叩かれ、涙のしずくが膝に落ちた。膝でよかった。部屋を汚してはいけないと思い、慌てて手の甲で涙をぬぐった。
目の前に白い布が差し出された。
手に取って目を押さえると、ほのかに香木の香りがした。手紙に付けられていたのと同じ香りだった。ホンジョウが好きな香りなんだろうか。
彼は元のように椅子に座り、続きを書き始めた。静かな部屋に、筆の滑る微かな音だけが響いた。
静かで、良い香りがして、灯りが柔らかく揺れて、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
長い沈黙の後。いや、そんなに長くはなかったかもしれない。とにかく、ホンジョウが再び筆を置いた。
「シンの頃の事が、知られたくないんだね? 名前もそう?」
「名前は重要ではありません。一般に本名は知られていませんでしたので。ただ、昔の名前を知ってるくらいなら、昔の事情も……と思っただけで」
「ふ~ん……。じゃあ他の三人はロムの素性を知らないんだ?」
「トールとザラムは知ってます。でもアイラスは……」
「彼女だけが知らない?」
「はい。……でも、もしかしたら、トールから聞いてるかもしれない。あの二人、仲が良いから……」
「ああ、それで気にしてたのか。嫉妬?」
想定外の指摘に息が止まった。それを見越してか、ホンジョウが意地悪く笑った。
「だってさ、食事中に二人をチラチラ見てたじゃん。トールはあんまり人の食事に慣れてないみたいで、アイラスが世話を焼いてた。それが面白くないんだね」
「そ、それ……!」
思わず立ち上がった。勢いがよすぎて、椅子が後ろに倒れた。慌ててしゃがんで元に戻した。
ホンジョウの笑う声が神経に触る。いや、それより気になる事があった。
「……それ、アイラスは……気付いてたと、思います……?」
「気づいてなかったと思うよ」
笑いを堪えながら言われて、憮然として椅子に座り込んだ。
「まーどっちにしても、ロムの出自は隠しとくわけだし? アイラスの前でも誰の前でも、もう言わないよ。この手紙も処分しとこうね」
「……はい、お願いします」
絞り出すように返事をした。一旦上がったホンジョウの評価は、また下がっていた。
挿絵じゃなくて設定画です。前回奥方様を描いたけど、アイラスと似た設定なのに全然似てなかったので、デザインし直しました。
小さな書斎に入るとすぐ、折りたたまれた手紙を渡された。どうやって読ませてもらうか、最悪盗むかとも考えていたので、思いっきり面食らった。
「え、あの……読んで、いいんですか?」
「うん。さっきはごめんなー。何が秘密なのかわかんなくてさ。ちゃんと読んで、黙っておいた方がいい事があったら、教えてほしいんだ」
「そのために俺を呼んだんですか?」
「や、もちろん、文書も確認してもらおうと思ってるよ」
「なぜ俺だけ、なんですか?」
「だって君の話だけ物騒なんだもん」
ぐうの音も出なかった。
頭が痛くなった気がして、こめかみを押さえた。僧侶への嫌悪感が、ふつふつと沸き上がってきた。
「まあ座って。椅子はあそこ」
ホンジョウが指差す部屋の隅に小さな椅子があった。それを持って来て、文机を挟んで彼の正面に座った。
「でもこれ、みんなの事も書いてあるんですよね……。俺、読んでもいいんでしょうか……」
「俺が読んでる時点で、それ気にしても仕方なくない?」
それもそうかと思って、手紙を開いた。
それは想像したほど長くなかった。必要事項が淡々と書いてあるだけ。自分達については、ほとんど知っている内容だった。
トールとザラムの出身が、帝国の少し西にある国という事だけが初耳だった。同郷だったのかと驚いたが、生まれた時代にかなりの差があるから、顔見知りではなかったのだろう。
アイラスに関しては、ロムの知らない事は何も書いていなかった。
そして当の自分に関しては、最近の出来事まで詳しく書いてあった。討伐戦から自由騎士になるまでの事、武術大会の事まで。
問題はシンに居た頃だ。
帝国にも『人狼』時代の悪評は轟いていた。でも顔を見られて口を封じなかった者は居ない。
当時使っていた刀も、今回は持ってきていない。知られる要素はないはずだったのに。
あの僧侶以外は。
最後まで読み、ゆっくりと元のように折りたたんだ。話さなきゃいけないと思いつつ億劫で、一つ一つの動作が酷く鈍かった。
手紙を文机の上に置き、沈んだままの気持ちで口を開いた。
「ホンジョウは……」
続きが出てこなかった。どう言っていいかわからない。いや、どんな言葉を使おうとも恐怖は薄まらない。だから、口は鉛のように重かった。
「うん?」
それなのにホンジョウは、文書を書きながら顔も上げずに相槌を打った。上の空で真面目に聞いていない。
壁に話しかけているみたいだ。そう思うと、下を向いた口から零れるように言葉が出てきた。
「俺が、怖くないんですか……。こんな、異名の……」
筆を置く音が聞こえて顔を上げた。ホンジョウが真っすぐ見つめていた。その目はとても、とても優しかった。
「俺がロムを怖がってると思う? 俺はさ、その手紙、もう全部読んでたんだぜ? 怖がってたら部屋に呼ばないだろ? こんな二人きり……」
言葉が途切れた。理由はわかっている。ホンジョウがゆっくり立ち上がって、文机の横を周って近づいてきた。ロムは動けなかった。
「もー……。泣く事じゃないでしょ」
「は、い……」
ぽんぽんと頭を叩かれ、涙のしずくが膝に落ちた。膝でよかった。部屋を汚してはいけないと思い、慌てて手の甲で涙をぬぐった。
目の前に白い布が差し出された。
手に取って目を押さえると、ほのかに香木の香りがした。手紙に付けられていたのと同じ香りだった。ホンジョウが好きな香りなんだろうか。
彼は元のように椅子に座り、続きを書き始めた。静かな部屋に、筆の滑る微かな音だけが響いた。
静かで、良い香りがして、灯りが柔らかく揺れて、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
長い沈黙の後。いや、そんなに長くはなかったかもしれない。とにかく、ホンジョウが再び筆を置いた。
「シンの頃の事が、知られたくないんだね? 名前もそう?」
「名前は重要ではありません。一般に本名は知られていませんでしたので。ただ、昔の名前を知ってるくらいなら、昔の事情も……と思っただけで」
「ふ~ん……。じゃあ他の三人はロムの素性を知らないんだ?」
「トールとザラムは知ってます。でもアイラスは……」
「彼女だけが知らない?」
「はい。……でも、もしかしたら、トールから聞いてるかもしれない。あの二人、仲が良いから……」
「ああ、それで気にしてたのか。嫉妬?」
想定外の指摘に息が止まった。それを見越してか、ホンジョウが意地悪く笑った。
「だってさ、食事中に二人をチラチラ見てたじゃん。トールはあんまり人の食事に慣れてないみたいで、アイラスが世話を焼いてた。それが面白くないんだね」
「そ、それ……!」
思わず立ち上がった。勢いがよすぎて、椅子が後ろに倒れた。慌ててしゃがんで元に戻した。
ホンジョウの笑う声が神経に触る。いや、それより気になる事があった。
「……それ、アイラスは……気付いてたと、思います……?」
「気づいてなかったと思うよ」
笑いを堪えながら言われて、憮然として椅子に座り込んだ。
「まーどっちにしても、ロムの出自は隠しとくわけだし? アイラスの前でも誰の前でも、もう言わないよ。この手紙も処分しとこうね」
「……はい、お願いします」
絞り出すように返事をした。一旦上がったホンジョウの評価は、また下がっていた。
挿絵じゃなくて設定画です。前回奥方様を描いたけど、アイラスと似た設定なのに全然似てなかったので、デザインし直しました。
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