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26(最終回)
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いつもは取材の資料や撮影機材でごった返している車の中が、きれいに掃除されていた。
助手席に座ったまま、市民ホールまで迎えに来た一輝にすべてを打ち明けた。藤森隆弘の実の父親がオリーブフードサービス社長の松岡芳樹だったこと、すべては松岡と東出が仕組んだ計画だったこと、その目的は隆弘の死刑執行を停止させることだったこと。
奈緒美からすべての話を聞き終えた時、一輝の顔が少し青ざめていた。
別れ際、記事にしないことを松岡と約束してしまった。それを聞いた時、すべてを暴露する記事を書くべきだ、そのために俺たちは日々身体を張っている、それが俺たちの仕事だと、一輝は力のこもった声で言った。そんな彼の態度を見て、卑怯だとは思ったが、この事件の記事をどうするかは一輝に任せることにしたのだ。
「今後どうするか、俺が決める。本当にそれでいいんだな」
奈緒美が黙って頷いた。
「記事を書くかもしれない。それでもいいんだな」
「任せるわ。約束は私と松岡氏とのもの。あなたとのものじゃないから」
運転席から突き刺さってくる一輝の視線が熱かった。
「松岡芳樹の、息子を絶対に守るという気迫に負けたの。それで思いとどまった。もう、私には書けないわ」
「辞める気なのか?」
「私は週刊誌の記者には向いていない。今回、それがわかった」
「そんなことはない。お前は日本を揺るがせた大事件の真相を暴いた。見事なものだ。記者の鏡だよ」
「そんな褒められ方、馴れていないからくすぐったいわ」
大きく息を吸ってから、一輝を見た。
「それともう一つ。あなたのプロポーズ、やっぱり受けることができない」
一輝の表情は動かなかった。答えを予想していたという顔をしている。
「好きな人がいるの」
「そうか。でもこの前君を抱いた時、男の気配は感じなかったんだが。俺もまだまだだな」
「いえ、あなたは正しかったわ。相手は男じゃないの」
「まさか、猫だなんていうんじゃないだろうな」
「そうよ。私の可愛い、大切な猫」
写真をショルダーバッグから取り出し、一輝の前に突き出した。玲奈と二人、裸で抱き合っている写真だった。手に取って写真を見た一輝が、戸惑った目を向けた。
「私の恋人よ。今は破局一歩手前だけど、彼女のことが大好きなの。この世の誰よりも。やっとわかったの」
「お前……」
「私、彼女と結婚したいの。もちろん、同性婚が日本では法的に認められていないのはわかってるわ。それに、断られるかもしれない。でも、誠意を尽くして私の気持ちを彼女に訴えることに決めたの」
一輝が何か言葉を探しているのがわかる。しかし、彼がどんな言葉を返してきても、この気持ちが変わることはないと確信している。
「あなたも結婚式に呼んであげる」
一輝がようやく笑った。
「そうか、わかった。必ず出席するよ」
眼から涙が零れ落ちた。一輝に背を向け車から降りた。一輝の車はその場に停まったままだった。
タクシーを捕まえた。まだ間に合う。涙を運転手に見られない様、下を向いて行き先を告げた。
三十分ほどで玲奈が勤める学校に着いた。ちょうど授業が終わった時間だったのか、校門から女生徒たちが弾むような足取りで出て来る。誰もが眩しい笑顔を顔に浮かべ、楽しそうにしゃべっている。
玲奈は部活の顧問を引きうけていないので、そろそろ出て来るはずだ。
女生徒たちが次々に奈緒美の横を通り過ぎていく。門のむこうに見覚えのあるブラウスとスカートを着た女性が、三人の女子生徒に囲まれて歩いてきた。咄嗟に電柱の後ろに隠れた。彼女は校門を出ると生徒たちと別れ、駅とは反対の方に向かって歩いていく。車で通勤しているので駐車場に向かったのだろう。
後をつける。駐車場のそばに来た。周囲には誰もいなかった。
「玲奈」
後ろから声をかけた。彼女が振り向く。驚くのかと思ったが、表情に変化はなかった。いつもの、クールで美しい顔。思わず泣きそうになった。
「きちゃった……」
もう、涙声になっていた。
「やっと来てくれた」
「来るなって言ったくせに」
「でも、来てほしかった」
「結婚しましょう、私たち」
「嘘」
「本気よ」
玲奈が微かに微笑んだ、彼女の眼がみるみる赤くなり、そして涙がこぼれた。
「はい」
「なに?」
「プロポーズを了解したの」
奈緒美は玲奈の手を取った。
「キスしちゃ、ダメよ。うちの生徒が来るかもしれないから」
「いいじゃない。見せてあげましょう」
「学校、クビになるわ」
「養ってあげる」
「どうやって?」
「二人で探偵でも始めようか、レズビアン探偵社。私、実は名探偵かもしれないのよ」
玲奈が微笑んだ。彼女が視線を地面に落とした隙に、素早く唇を奪った。
(了)
助手席に座ったまま、市民ホールまで迎えに来た一輝にすべてを打ち明けた。藤森隆弘の実の父親がオリーブフードサービス社長の松岡芳樹だったこと、すべては松岡と東出が仕組んだ計画だったこと、その目的は隆弘の死刑執行を停止させることだったこと。
奈緒美からすべての話を聞き終えた時、一輝の顔が少し青ざめていた。
別れ際、記事にしないことを松岡と約束してしまった。それを聞いた時、すべてを暴露する記事を書くべきだ、そのために俺たちは日々身体を張っている、それが俺たちの仕事だと、一輝は力のこもった声で言った。そんな彼の態度を見て、卑怯だとは思ったが、この事件の記事をどうするかは一輝に任せることにしたのだ。
「今後どうするか、俺が決める。本当にそれでいいんだな」
奈緒美が黙って頷いた。
「記事を書くかもしれない。それでもいいんだな」
「任せるわ。約束は私と松岡氏とのもの。あなたとのものじゃないから」
運転席から突き刺さってくる一輝の視線が熱かった。
「松岡芳樹の、息子を絶対に守るという気迫に負けたの。それで思いとどまった。もう、私には書けないわ」
「辞める気なのか?」
「私は週刊誌の記者には向いていない。今回、それがわかった」
「そんなことはない。お前は日本を揺るがせた大事件の真相を暴いた。見事なものだ。記者の鏡だよ」
「そんな褒められ方、馴れていないからくすぐったいわ」
大きく息を吸ってから、一輝を見た。
「それともう一つ。あなたのプロポーズ、やっぱり受けることができない」
一輝の表情は動かなかった。答えを予想していたという顔をしている。
「好きな人がいるの」
「そうか。でもこの前君を抱いた時、男の気配は感じなかったんだが。俺もまだまだだな」
「いえ、あなたは正しかったわ。相手は男じゃないの」
「まさか、猫だなんていうんじゃないだろうな」
「そうよ。私の可愛い、大切な猫」
写真をショルダーバッグから取り出し、一輝の前に突き出した。玲奈と二人、裸で抱き合っている写真だった。手に取って写真を見た一輝が、戸惑った目を向けた。
「私の恋人よ。今は破局一歩手前だけど、彼女のことが大好きなの。この世の誰よりも。やっとわかったの」
「お前……」
「私、彼女と結婚したいの。もちろん、同性婚が日本では法的に認められていないのはわかってるわ。それに、断られるかもしれない。でも、誠意を尽くして私の気持ちを彼女に訴えることに決めたの」
一輝が何か言葉を探しているのがわかる。しかし、彼がどんな言葉を返してきても、この気持ちが変わることはないと確信している。
「あなたも結婚式に呼んであげる」
一輝がようやく笑った。
「そうか、わかった。必ず出席するよ」
眼から涙が零れ落ちた。一輝に背を向け車から降りた。一輝の車はその場に停まったままだった。
タクシーを捕まえた。まだ間に合う。涙を運転手に見られない様、下を向いて行き先を告げた。
三十分ほどで玲奈が勤める学校に着いた。ちょうど授業が終わった時間だったのか、校門から女生徒たちが弾むような足取りで出て来る。誰もが眩しい笑顔を顔に浮かべ、楽しそうにしゃべっている。
玲奈は部活の顧問を引きうけていないので、そろそろ出て来るはずだ。
女生徒たちが次々に奈緒美の横を通り過ぎていく。門のむこうに見覚えのあるブラウスとスカートを着た女性が、三人の女子生徒に囲まれて歩いてきた。咄嗟に電柱の後ろに隠れた。彼女は校門を出ると生徒たちと別れ、駅とは反対の方に向かって歩いていく。車で通勤しているので駐車場に向かったのだろう。
後をつける。駐車場のそばに来た。周囲には誰もいなかった。
「玲奈」
後ろから声をかけた。彼女が振り向く。驚くのかと思ったが、表情に変化はなかった。いつもの、クールで美しい顔。思わず泣きそうになった。
「きちゃった……」
もう、涙声になっていた。
「やっと来てくれた」
「来るなって言ったくせに」
「でも、来てほしかった」
「結婚しましょう、私たち」
「嘘」
「本気よ」
玲奈が微かに微笑んだ、彼女の眼がみるみる赤くなり、そして涙がこぼれた。
「はい」
「なに?」
「プロポーズを了解したの」
奈緒美は玲奈の手を取った。
「キスしちゃ、ダメよ。うちの生徒が来るかもしれないから」
「いいじゃない。見せてあげましょう」
「学校、クビになるわ」
「養ってあげる」
「どうやって?」
「二人で探偵でも始めようか、レズビアン探偵社。私、実は名探偵かもしれないのよ」
玲奈が微笑んだ。彼女が視線を地面に落とした隙に、素早く唇を奪った。
(了)
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