友達の彼女

みのりみの

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助手席

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「げーっいた!ひろこ!」

待ちに待ったひろことの収録。

外野なんて山ちゃんしかいないから今日はヤキモキせずひろこの隣にいられるからか楽しみで昨日はなかなか寝付けなかった。

なのに会えば心とは裏腹な事を言う俺は性格曲がってるなとつくづく思うけど、そうでもしなきゃやりきれなかった。

鈴鹿のサーキット場に来るとやっぱりひろこは短いスカートを履いていた。
NIKEの水色のスニーカーに上下高そうなデニムのセットアップ。
サラサラのロングヘアは風になびいて遠くからでもすぐにひろこと分かるほどだった。

「ケン、久しぶり」

ひろこは少しニコッと笑って俺に声をかけた。

「スカート短くね?この番組で、ひろこ毎回スカート短いよなって春と話してたんだよ」

ひろこは一瞬ドキッとしたような顔をして真顔になり自分のスカートを見ていた。なんだかその顔が元気がなくて俺はひろこの顔を覗き込んだ。

「ブスになったな」
「は?」
「ひろこ、ブスになった!」

そんな事しか言えない俺が本当嫌なんだけど、ひろこは怒って待ちなさいよ!と俺を追いかけて来た。俺はひろこがそれで楽しんでいるなら良いと思いひろこから走って逃げた。
一瞬でも、春の事から、悩む事から解放させてあげたい、と思った。

「ケン君って喋るんだね。もっと喋らないかと思った。」
「喋りますよ」

収録が始まり、司会の芸人2人は俺が喋ってくれるのにホッとしていたようだった。普段は音楽番組でちょっと出て喋るくらいだから、こんな1人ゲストでずっと喋れるなんて初めての事で新鮮で俺は嬉しかった。できればレギュラーでひろこと司会でもしたいくらいだった。

「トリートメント、使った?」
俺がひろこの頭を指さした。
「青いの、サイコー!お金払うからまた買ってきてよ。」
「・・たくさんあるから、またやるよ」

そんな友達らしいひろことの会話を収録直前までしていたら周りの演者やスタッフ達が聞き耳をたてているのに気がついた。

現場でもひろこは人気物だった。
プロデューサーはひろこにやたらめったら話しかけ、司会の芸人2人には何かと問い詰められた。

「ケンくん、ひろこちゃんと友達なの?」
「あ、はい。そうですよ。」
「なんで?どこで知り合ったの?」
「音楽番組で共演したので。」
「それだけじゃここまで仲良くならないでしょ?よく連絡とってるの?」
「・・・」

連絡なんてとった事はない。
なんせ親友の彼女なのだから。ひろこからしたら気のおける身内みたいなものだから。
そう思うと、春がいるからこうやって友達になれているんだと気付かされた。

「これは、今乗って1年かな。トラブルもなく、サイコーです。」

俺が愛車の説明を終えたところで走行シーンを撮るという。

「じゃあ1周廻って、ひろこちゃんも乗る?」

ディレクターに言われてひろこは俺の助手席に乗った。俺は密室で2人、しかも助手席なんてシチュエーションにドキドキしていた。

「まさかひろこを乗せるなんて、思いもしなかったな。俺の聖なる領域に」

「何言ってんの。安全運転でね」 

口では普通に話してたけど、俺はけっこう緊張していた。
春はこんなんじゃない。
車も普通に2人で乗れるし、手だってつなげるし。キスもできるしひろこの身体だって知っている。

胸がズキッとしたのが分かった。

エンジンを上げてサーキットをゆっくり走り出した。隣のひろこをちらちらと見ながら。

「いい車乗ってるね。他にも持ってるの?」
「あと2台あるよ」
「じゃあ3台所有?ケン車好きねー」

そうだよな。ひろこは俺の事なんて何も知らないんだ。そう思いながらも今日はせめてこの愛車でひろこと会話をしたかった。

「このポルシェは欲しくて買いに行った時春も一緒に買ったんだよ。今乗ってるカイエン。」

つい春の事を話したらひろこが黙りだして空気が重くなった。まずいと思ったけどもうこれは勢いで、今このタイミングでしか聞けない事を聞こうと思った。

「ひろこ、春の他に男いたの?」

俺が1番知りたかった事だった。

「いないよ」
「写真で抱き合ってた一般人の男はだれだったの?俺、その写真は見てないけど」
「地元の友達。」

車は2周目を過ぎて俺は少し加速した。
地元の友達。でも地元の友達が好きだったのか?俺は混乱したけど加速して気持ちを誤魔化した。

「サーキットって気にしないで走れてサイコー!」
「ちょっとー!安全運転してよー!」

ひろこはシートベルトを握りしめて叫んだ。ひろこが怖がってる事にハッとして俺はスピードを落とした。

「ごめんごめん。安全運転、しますよ」

その瞬間、俺はひろこの手を繋いでいた。
なんでか分からないけど、俺は真剣に手を繋いでいた。
ひろこがビックリしたかのような顔をして俺を見つめていた。

「・・・ごめん。」

「何が?」

「ううん。ひろこが辛いこと、聞いてごめん」

ひろこの気持ちを知っているから、かわいそうになってきたのかとも思ったけど違う。

『春じゃなくて俺を見て』

本能的なアピールだったのかもしれない。

友達というより親友というよりもう血の繋がった家族のような春の女だ。
その女相手にまずいと思いながらも俺は手を離したくなかった。
春の顔が浮かんでは消える。
俺は我に返ってそっと手を離すと両手でハンドルをギュッと持った。

「明日から、またニューヨーク行くんだけどさ、春があれから歌うたえなくてこっちも困ってんの」

「・・どうして?」

スピードを落として少し静かになってまた走らせた。

「ひろこがいないからじゃない?」

「・・・」

「ずっとひろこの事考えながら歌ってたんじゃない?」

プロなんだから、そんな事はないと思ってた。
でもやっぱり、あのひろこに一目惚れしてから走り出した春の歌声は今とは全然違うんだ。

きっと、ひろこを想うから春は歌えるんだって気づいてた。

「ひろこも春も今は誰とでも付き合える権利はあるよね。別れているのなら。誰のものにだってなっていいんだもんな。それ考えたら、ひろこはどんな人と付き合うのかなって考えてた」

プロデューサーが手を振ってるのが見えて車を止めた。
エンジンを止めて静まり返った車内でひろこは黙っていた。

誰とでも付き合える権利。

そうなんだ。ひろこを口説いて俺だって山ちゃんだってひろこと付き合える権利はある。

俺と付き合ってよ

言いたいけど、言いたいけど、やっぱり理性が勝っていた。

「春はひろこが好きだよ」

俺は真っ直ぐ前を向いて言った。


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