友達の彼女

みのりみの

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雨の中目黒

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夜はとっくに0時を過ぎていた。

暗がりから内海は小走りで走って来るのが分かった。

六本木の喧騒から少し離れたその公園はホームレスみたいのが1人とやたら酔っ払ったサラリーマンが2人で缶ビール片手に地べたに座り熱く語り合っていた。周りをキョロキョロと見渡した。記者はいない。大丈夫だ。

俺はベンチに座っていたけど内海が早く現れたから話すこともなんにも考えられずにいた。

「ケンさん!酔っぱらってない!!すごい!!」

内海は会うなり笑顔で拍手をした。

「会社の人、大丈夫なの?突然呼び出しちゃってごめんな。」
「全然大丈夫ですよ。どうしました?」

内海も呑んで酔っ払ってるだろうに目は爛々と輝いていた。その目に負けそうな自分がいた。

「いや、うん。」

何から話していいか分からなくて俺は考えていた。
それを察したのか内海はニッコリ笑った。

「これから飲みに行きませんか?ケンさんさえよければ」

俺は黙って頷いた。

その時小粒な雨がポツリと俺達に当たった。

「雨!」
「内海、タクシー乗ろう。」

俺はすぐに目の前のタクシーを止めて内海と乗り込んだ。

「内海がすぐ帰れるように中目にしようか。中目に行ってください。」

「ケンさんはご自宅はどちらですか?」
「うち、六本木のここだよ」
ちょうど俺のマンション前でUターンをしたので指を指した。

「さっすが。いい所住んでますね。」
「六本木住んでても、全然六本木で遊ばないけどな。」

雨は中目に向かいながらも少しずつ窓に当たる雨粒が大きくなっていった。

「内海と会う時は雨降るな」
「私、雨女なんですよ」
俺を見て笑っていた。

「私が産まれた日は記録的な大雨の日。小学校から体育祭と遠足は全部雨。入社式も雨でした。」
「それすごいな。」
「楽しみにしてる収録とかも全て雨になるんですよ。嫌んなりますけどね。」
「内海仕事好きだろ?仕事してる時目が爛々としてるもんな」
「仕事は好きですよ。ケンさんは?」
「趣味が仕事になったけど、今は完全なる仕事になったけどね。でもやっぱり楽曲制作してる時は楽しいよ。」
「ケンさんの作る曲好きですよ。EDM的なぶっとんでるかんじの。」
「え?何が好き?どれが良かった?!聞いてくれたの?」

自分の制作した楽曲になるとまぁメンバーもそうだけど興奮して俺は内海に感想を求めた。さすが音楽番組をやるだけあって内海はSOULの曲を全部知っていた。

「ひとつ前のアルバムのウルトラハイパーロックって曲。あれ好きですよ。」
「あれ、分かる?内海分かってくれる?あの曲俺がアレンジまで全部やったんだよ。ギターのフレーズがかっこよくてさぁ」
「あと、初期の頃のプラスマイナスって曲とか。」
「その曲、聖司にすごい反対されてさー」

タクシーは俺が曲の話で熱くなっているうちにあっという間に中目黒に着いていた。

「とりあえず走りましょう。」

俺と内海は小雨が降る中目黒の街を走った。内海が誘導したのは古いマンションで看板のない店だった。

「ここなら大丈夫です。」

辺りを内海が見渡したのが分かった。記者がいないか確認していた。

「雨降って来たから、記者はいないかもな。」
「そうですね。」

店内に入ると卓球台と薄暗い照明が灯る中で男女4人が片隅で合コンなのか呑んでいた。
この照明がかなり暗くて、全く俺だと分からないだろう。
やっぱり内海が店のチョイスに配慮してくれていると思った。

「ケンさん、今日ずっと呑んでるんじゃないですか?お酒強いですね。」
「まぁ、酔っ払ったり冷めたりの繰り返しでわけわかんないよ」
2人で乾杯すると内海もぐっと飲み干した。
「収録、どおでした?」
「ひろこ、すごい酔っ払ってたよ。面白かったよ。あの番組のプロデューサー知ってる?白部さんって言う人。あの人もすごいフランクないい人だったよ。」

内海は一瞬顔が止まったのが分かった。俺は話の流れで無意識に言っていたけど、自分の付き合っていた人の弟なわけだ。知り合いなはずだ。

「・・・」

内海は手に持ったグラスのビールをまた一口呑んだ。そして気を落ち着かせるかのように言った。

「すごいですよね。白部さん。これから売れっ子プロデューサーになりそうですよね。」

遠回しな風に言うけど絶対知り合いだろうと思うような口調だった。いつもの目の輝きや真っ直ぐ人の目を見て話す姿ではなかった。目線はやや斜め下の床を見つめていた。

「同じ業界だし、内海の知り合い?」
「知ってるも何も幼馴染ですよ」
「え?そうなの!?」

それを聞いて、あぁ幼馴染の繋がりから進展した関係なんだ、と俺は思った。

「卓球、やりませんか?」

内海は気を取り直したのか立ち上がり、ラケットを箱から2つ持ち出した。俺も立ち上がってラケットを受け取った。

「ケンさん卓球は?」
「年明け新潟のスノボー旅行とか遠征先であればやるからけっこう美味いよ」

俺達はゆっくりラリーを始めた。オレンジ色のボールが暗がりだけどよく見えた。

「私と白部プロデューサーは地元が同じ白金で。父親同士がライバル同士の新聞社勤務だったのですが、仲は良くて。私は1人っ子なので小さい頃からよく遊んでもらってたんですよ」
「そうなんだ。あんなにカッコいいんだから好きにならなかったの?」
「ならないですよー!小さい頃からゴミ捨て場からガラクタ持って来たり、みみず素手で私に渡して来たり、ジャングルジムのてっぺんから飛んでみせたり、楽しい事ばっかり探してる人でしたよ」

内海は懐かしそうに、でも面白そうに話し出した。

「・・兄貴もいるよな。雑誌社の」

俺が聞きたいところはここだった。内海はやっぱり無言になった。そして卓球に集中していた。

「山ちゃんから聞いたよ。内海、白部プロデューサーのお兄さんと付き合ってるんでしょ?」
「あ、別れました。去年。」

いともあっさり内海は言うので俺はおかしくて大笑いしてボールを打てなかった。外面で大笑いした内心、ホッとしていて嬉しかった。

内海に、彼氏がいなくてよかったと思った。

タンタンタタタタタタタタタンと音をはじいてボールが床に転がって行った。その音が耳にこだました。やけに耳に残って、曲を作りたいと思った。

俺はスマホを出して拾ったボールの音をもう一度聞きたくて録音しようとボールを床に叩きつけた。

「内海ちょっと待って。」
「ケンさん、やっぱりミュージシャンですね。楽曲制作に使えそうですか?」
「このボールの音がなんかよくてさ。曲できたら内海の過去のラブストーリーってタイトルにするよ。」

内海は笑い出した。

「私の曲を作ってくれるなんて光栄です。だけど単なる幼馴染からの恋愛で、つまらない恋でしたよ。」
「そんな事ないだろ。いい思い出にしなきゃ。思い出は人に話さない方がいいんじゃないか?」
「・・そうですね。」

チラッと内海を見たら俺を見て微笑んでいた。

「ケンさんの、ひろこちゃん愛の方が私の恋愛より重かったと思いますよ。」

「・・・そうかな。」

「そうです。」

内海はボールをひとつ取ってきて俺のためにまたボールを床に叩きつけてくれた。


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