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番外編
五年目の愛①
自分の恋人は、世話好きな一面がある。
兄弟が多いせいだ、と恋人のアドルフは言った。
朝起きるのが苦手なヴァレリは、一度アドルフに起こされなかった事を文句を言うように「起こせ」と頼めば、毎日欠かさず起こしてくれるようになった。
起きてこなかったから、とアドルフは朝ごはんを自分だけ食べて、ヴァレリの分がないことをイジけて見せれば、次からは必ずヴァレリの分も準備してくれるようになった。
ヴァレリの家に殆どを過ごすようになった辺りで、アドルフは『生活費を出す』と言い出したので拒否ったら、料理以外の家事も受け持つようになった。アドルフも働いているのだし、無理にやらなくても使用人を雇うからと伝えると、はぁ?という顔をした。貴族のお屋敷じゃあるまいし、とヴァレリに呆れて家事をしてくれている。
そんな働かなくては死ぬのか、と思うような世話好きな恋人の家に、本日招かれることとなった。
「兄ちゃん、この人が恋人?」
「えー! すごーい! カッコイイー!」
「うっそ、イケメン。アディ、私に譲りなさい」
付き合ってから五年目。初めて恋人の家にお呼ばれをした。
呼ばれた理由は、『親にそろそろ結婚しろと言われるようになった。恋人が居ると言ったら紹介しろって言われた』だ。
ヴァレリは柄にもなくジン…と浸ってしまった。なんなら胸に両手を当て、目を瞑って浸るくらいには感動してしまっていた。
あのアドルフが。
人見知りで臆病で人間不信の塊の、あのアドルフが。
家族へ紹介するくらいにヴァレリを信用しているのだ。付き合って五年目にしてようやくヴァレリはアドルフの信用を完璧に勝ち取ったと思えた。
そして今、目の前にいるのはアドルフの弟妹と、姉のようだった。
「こら。お前らヴァレリを中に入れさせろ。あと姉ちゃん、人の恋人を速攻取ろうとするな」
玄関でワラワラとやってきた兄妹達をアドルフが押し込む。
家族の人数にしては手狭な家に入ると、リビングにアドルフにそっくりな父親と姉にそっくりな母親らしき人達が椅子に座っていた。
「お邪魔致します」
「え! いつの間に来ていたの!? なんであんた達が出迎えてるのよ!」
母親はヴァレリの言葉に被せるように叫んだ。歓待されないかもしれないとは想像していた。ヴァレリを呼んだのは両親だと言うのに出迎えてくれなかったので、やはり歓迎されていないか、と思ったが、どうやら兄妹たちは玄関で待機していたようだ。
「今だよ、ただいま母さん」
「初めまして。ヴァレリ=コステリンと申します」
「まあまあまあー! 随分とまあ美丈夫な方なのねー!どうぞどうぞ!狭苦しいところですがお座りくださいな!」
とても元気そうな、そこそこ、体格の良い母親に。
「……」
とてつもなく不機嫌そうな、母親よりは線の細めな父親が居た。
アドルフからは、両親にはカミングアウトしてあるから男が来ても卒倒はしないが偏見は多少あるかもしれないとは言われていた。
そのおかげか、母親は大丈夫そうだが、父親はヴァレリの登場に全くもって歓迎していない。誰の目から見てもそう思える。
「もう!アンタ! ムスッとしてないで自己紹介したらどうなのさ!」
妻がバシッと夫の背中を力強く叩くと、ウグッとかなり痛いと訴えるような声が漏れている。
それでも不機嫌そうな顔は変わらない。
当たり前か。
アドルフは文官だ。平民が王都の文官として働くためには、両親も相当な苦労をしているはず。
そんな期待の大事な息子アドルフが、女ではなく男を連れてきたのだ。面白いはずがない。
「アタシはアドルフの母親のミランダだよ。よろしくね、ヴァレリさん」
「……ルドルフだ」
「よろしくお願いします。あ、これ宜しかったら召し上がってください」
ニッコリと人好きのしそうな笑顔を見せて手土産を渡す。ミランダはまあまあ!ご丁寧にどうも!と言いながら快く受け取って貰えた。
ちら、とアドルフの方を見ると、父親と同じ顔をして、ルドルフと睨めっこをしていた。
「おい。父さん。何だよその態度」
「そうだよアンタ。せっかく来てくれたのに」
アドルフはルドルフの態度が気に食わないらしい。明らかな敵視に思わず苦笑してしまいそうだが、火に油を注ぐだけだと思い、商人で培ったポーカーフェイスで対抗する。
「別に俺は呼んでない」
「恋人がいるなら紹介くらいしろって言ったのは父さんだろ?!」
「勝手に来たのはお前たちだ」
「はあ?!」
「あー、アディ。親父はアンタの性癖に納得してないの」
父親の言葉にカチンと来たアドルフに、姉が声をかける。
ヴァレリは先程玄関であった姉が近くにあったソファから乗り出して説明してくる。
「どうも、スーテラって言います。アドルフの姉でーす。これでも」
「こら! これでもなんて自分で言うんじゃないよ!」
「母さんも。親父が納得してないのアディにちゃんと言わなかったでしょ」
スーテラの言葉にミランダは叱るが、指摘され図星をつかれたのか、う、と詰まっている。
つまりは、ルドルフはゲイを完全拒否という訳だ。
「母さん?! 親父も納得したって言ったの、嘘だったのかよ!」
「あー…だってほら。そこは…アンタが説得できるかと思ってね」
「何言ってんだよ!任せとけって言ったの母さんだろ?!」
「いや、だって、アドルフの恋人を見れば納得すると思って!」
完全拒否の人間に、拒否していることをやらせて平気と思うところが凄い。 拒否には何をかけても拒否だ。納得されるわけが無い。
凄く適当な母親だ、と失礼な感想を抱きつつ、アドルフがしっかりするわけだ、と納得もした。
多少抜けているところもあるのは、母親譲りなのかもしれない。
「ちょっと。客人の前で親子喧嘩なんて恥ずかしいから止めてよ」
「…っ、ヴァレリ、帰るぞ」
「え…ええ? おいおい、来たばっかだぞ」
姉、スーテラの言葉にほんの少しだけ冷静になったアドルフに言われて困惑する。
まぁ帰りたくなるのもわからなくもないが、ヴァレリとしてはここで帰っても良いことはない気がすると感じたのだ。
むしろ納得して貰えるように、ヴァレリ自身に話をさせて欲しい。
「帰れ帰れ。 二度と来るな」
「ちょっと!アンタ!ヴァレリさんがせっかく来てくださったのにそんな言い方…!」
「あー…えっと。お義父…ルドルフさん。俺を気に入らない理由だけでも教えて欲しいのですが」
お義父さんと言いかけて、ルドルフにギッと睨まれたので言い直した。
アドルフは「そんなこと聞かなくていい!」と隣で喚いているが、両親二人に見えないように机の下で手を繋ぐ。ハッと気づいたアドルフがピタリと落ち着いた。
まぁバッチリ兄妹達には見えている位置なのだが。
「全部だ」
「全部というのは、男なのも商人なのも中身そのものもということでしょうか」
真っ直ぐに聞き返せば、ルドルフは「そうだ」と頷く。隣でアドルフが口を開こうとしたので手の力を少しだけ強めて閉口させた。
「そうですか。俺はむしろ、男で商人だったからアドルフと会えたと思ってます」
「は、下らねぇな。まるでコイツが最初から男に興味があったみてぇな言い方するじゃねぇか」
「親父。アディは同性愛者だって、母さんがちゃんと説明したじゃん」
スーテラが補足するも、ルドルフは納得してない様子だった。
「スー、お前は黙ってろ」
「いやいや、これでも姉だからね。黙ってられないわ」
アドルフの話では、姉のスーテラはかなりの適当な女だという話だが、なんだか少し食い違っているように感じる。
アドルフもミランダも隣でポカンとしている。
「親父。アディは勇気を出してヴァレリさんに会わせてくれたんだ。親父が向き合わなくてどうするの」
「俺は会うなんて一言も言ってねぇよ。大体、会わせてくれたって、何だよ」
「じゃあどうして来るって分かっててそこに座って待ってたのさ。会わせてくれたってのもそのまんまの意味だ、別に恋人を紹介するなんてこと、今どきする必要なんて絶対じゃないんだから」
スーテラの言葉にルドルフはチッと舌打ちをした。
少しだけ冷静になったように見えるルドルフ。
スーテラの方を見れば、パチン、とウィンクをされる。随分しっかりしているでは無いか。アドルフはやっぱりポカンと姉を見ている。まるで、コイツ誰だ…と言わんばかりに。
「…改めまして。ヴァレリ=コステリンと言います。コステリン商会の商会長をしています」
「しょ、商会長?! しかもコステリン?!な、なんだってそんな偉い人がうちの息子に?!」
「…シュリ繋がりだよ。五年前にエルネスト公爵家に嫁いだ」
「シュリって、アンタの同僚だって言ってたセレット伯爵家の…」
ミランダは貴族繋がりであることは聞いてなかったようだった。
コステリン商会は王都一、つまりこの国一番の商会である。誰しも一度は耳にしているだろう商会名のはず。
ミランダはアワアワと焦っている。ルドルフもピク、と眉を動かしただけだが、反応を見せた。
「俺の事、ご存知ですね」
「…ふん。下請けが知らねぇわけねぇだろ。そっちこそどうせ全部調べてんだろうが。話すこともねぇな」
「どうでしょうか。直接お話を聞いて知ることの方が得るものが大きいと思っておりますが」
「これだから商人は嫌ぇなんだよ。あー言えばこう言う」
「父さん!」
アドルフは堪らず避難するように声を張り上げる。
落ち着け、と立ち上がりかけたアドルフと繋いでいた手を少し引っ張る。
「商人が嫌いな人は大勢居ますが、嫌いな理由がいくつかあります」
「は。何だと思うんだよ」
「少しでも金をもぎ取ろうとする卑しい職業。どんな時でも澄ましたように話すいけ好かない野郎。頭の中では金の事しか考えてない汚い奴ら」
「分かってんな。そこに、人の息子を取り上げようとするクソ野郎も追加しろ」
そう言われた瞬間、アドルフは我慢出来ないと言った感じで椅子を倒さんばかりに立ち上がってしまう。
手を繋いでいて本当に良かった。ぶん殴りそうな勢いだ。
「父さん! いい加減にしろよ!」
「ふん!」
「まぁ…どれも否定できませんけど」
睨み合ってる二人に聞こえるようにサラリと伝えると、ルドルフは勝ち誇ったようにアドルフを見上げている。
「ほら本人がこう言ってるじゃねえか」
「ヴァレリも!何言ってんだよ!」
アドルフにキッと睨まれる。
頭に血が登りやすいのは、似た者親子だな。なんて感心してしまう。ちょっと苦笑したくなるのを奥にしまい込んで、自分の気持ちを伝えた。
「ですが。本当はどれも違うんですよ」
「はぁ?」
否定しないと言ったのに、覆しそうな言葉にルドルフは訳が分からないと言った顔をする。
「商人はただ単に、欲しいと思ったものは誰にも譲らないというだけの人間なんです」
そう言った後の数秒間。
ルドルフはポカンとしていた。
ミランダは、まっ、と頬を染めて口を抑え始めた。
スーテラは面白いとばかりにくふくふと声を出さないように笑って、弟妹たちは、疑問符を浮かべている。
そして隣の恋人は、ボンっと音がしそうなほど真っ赤になって、ヘナヘナと力が抜けたように椅子に座り込んだのだった。
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