16 / 92
1章
罰の意味
しおりを挟むここに来てから何日だったのだろうか。部屋はカーテンが引かれていて、時計の感覚がない。ゴードリックはいつものようにベッドにいなかった。ベッドから起き上がろうとするが、腰から下の感覚がなく上手く立ち上がれなかった。べしゃり、とベッドの脇に座り込んだ。
「あたた…はぁ、せめてシャワーに行きたい…」
するといきなりノック音が聞こえ、失礼します、とメイドが1人入ってきた。ゴードリックじゃなかったことに安堵しつつ、自分の全裸の格好が恥ずかしくてシーツを引っ張って隠した。
「ノア様、湯浴みの準備が整っています」
「えっ…はい」
ジャストタイミング過ぎて驚いてしまった。メイドは立てないノアを浴室まで支えた。何とか足を上げて浴槽に入る。
「はーー……助かりました」
「……使用人にそのようなお言葉遣いはおやめ下さい」
「ふふ、前に同じように叱られたことがあるよ」
「アイリスのことですね」
聞き覚えのあるメイドの名前に目を見開く。
「知り合いなんだ」
「アイリスは妹です。使用人に敬語を使ってくる見目麗しい方がノア様だという名前だと聞きました」
「ええ…そんなこと…」
「婚約者よりよっぽど恋人らしいことをなさっていたとも聞いております」
「え!」
見られていたのかと思うと恥ずかしくて顔から火が出そうなほど熱くなるのを感じた。
「そのお方に助けてもらうことは考えなかったのですか」
「……少し、考えたかな。でもやっぱり思い直したよ。レイを裏切った自分に、助けてという資格はないと思ったからね」
「婚約者の方に脅されてるのですか?」
「ふふ、そんなこと絶対しない子だよ。怒りはするかもしれないけど」
関係がバレたら、きっと「どうして内緒にしてたんだ!」とプリプリと怒ってきそうだ。髪を洗われながら、身を任せている。疲れと気持ちよさで少し口が軽くなる。
「ここにいるのは、半分はレイのため。だけどあと半分は自分のためだよ」
「こんなことをお望みで?」
「うん、そうだね。レイがどうやったら幸せになるのかって事と俺がどうやったら地獄に落ちれるのかって事が組み合わさって、ここにいることを望んだ」
俺が、グウェンから離れればレイは幸せになれる。レイに許されないことをした俺に罰を与えるために。
「だからね、ゴードリックも母の代わりに俺を利用してるつもりだろうけど。俺は俺で利用させてもらってる」
「…利用、ですか」
「利害の一致だね。ゴードリックも下衆な人だとは思うけど、俺も弟の婚約者に手を出したクズだから」
「…私がレイ様のお立場なら、こんなのクソ喰らえですがね」
メイドからおよそ口にしたとは思えない暴言が出てきて思わず驚いて口をポカンと開ける。
「その罰は、レイ様が望んだものではないでしょう。勝手にここに来て、勝手に自虐しているだけです」
「な」
「私がアイリスに同じことをされたら、1発殴って謝罪させて、幸せになれと伝えます」
使用人という立場を超えたようなバイオレンスな言動をする。メイドは俺の髪を流しながら続けた。
「だから、これは無意味な行為です」
髪に丁寧にオイルを付けながら、撫でる。労わるように、優しく。
「…そろそろいらっしゃいます。手を貸しますので、出ましょう」
「へ、あ、ゴードリックが帰ってくるの……?」
「いえ、下衆は帰ってきません」
主人に対する言葉ではない。メイドの手を借りながら、風呂から出て身体を拭かれ、ここに来た時の服を着させられる。テキパキとした動きを見ながら、帰ってこないという意味を考える。
「え、じゃあ誰が来るの?」
後ろでドアが突然開く。驚いて後ろを振り返ると、息を切らした黒髪の精悍な顔立ちをした彼が立っていた。言葉が出てこない。こちらを見て、駆け寄ってきて、
「ノア!」
強く抱きしめられる。彼の匂いが、彼の声が、彼の腕が、彼の体温が。どうして離れられると思ったのだろう。俺は全身で、彼と居たいと言っているのに。
「グウェン、様」
「遅くなった。すまない」
「どうやって…」
「公爵家の力だ。詳しいことは後で話す。スイレン、準備は」
「恙無く」
抱きしめていた腕が緩まり、代わりに身体を持ち上げられる。お姫様抱っこをされたことに恥ずかしさが襲ってきた。
「お、下ろしてください」
「帰るぞ。レイが待ってる」
抱えられ、歩き出す。混乱していて頭が上手く回らない。彼に触れて、胸が締め付けられる。簡単に子爵家を出たあとは、馬車に乗った。馬車の中でもグウェンは俺を離してくれなかった。膝の上で抱えられたまま、俺の肩にグウェンは顔を埋める。
「…どうして、どこにも行かないと言っただろう」
「それは…」
「なぜ何も言わなかった。俺の事などどうでも良かったのか」
「グウェン様…」
抱きしめる腕が強くなる。弱々しい声が肩口から聞こえてくる。
「どうして君一人で全てを背負うんだ」
「……これは俺の罰で…」
メイドの、スイレンの言葉が邪魔をする「これは無意味な行為です」と。俺は、間違っていたのだろうか。レイの為と、俺の罪の為と考えて起こした行動に意味などなかったのだろうか。そんなはずはない。これは俺一人でやり遂げなくては。
「俺は、君となら地獄でもどこにでも行く」
彼が、俺の目をみている。いつも、地獄を味わうのは1人だった。1度目は前世の暴行、2度目は失恋、3度目は失恋相手の結婚。どれも1人で耐えた地獄だ。1人だから耐えられた。けれど、自分から堕ちた4度目の地獄が無意味だったならば。
「…おれ、は……なんて、ことを」
目の前のグウェンがぼやける。大粒の透明な涙が頬を伝う。レイを裏切って、彼を裏切った。自分を傷つけるだけの行為だったはずなのに。
「堕ちる時は共に。約束してくれ」
彼の胸で、子供のように泣きじゃくった。
グウェンがやったことは、使用人を何人か紛れ込ませ、自分の侵入の手助けやノアの保護をさせていました。
52
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
* ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)
インスタ @yuruyu0
Youtube @BL小説動画 です!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
ヴィル×ノィユのお話です。
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけのお話を更新するかもです。
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる