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初めまして。ミシュメールと言います。
ちょっとした魔法が使える冒険者です。いわゆる魔法使いという言うやつです。
僕は本当にちょっとした魔法しか使えません。火の精霊の力を借りた魔法と、水の精霊の力を借りた魔法です。どちらも初級です。
でも2色の魔法が使えて、しかも火と水という相反する魔法を使えるのは結構珍しいので冒険者の中では重宝されたりします。
突然なのですが。
そんな僕は今、人生最大の危機に瀕しております。
「あ…ああ……あ、あの…っ」
「なんだ」
無理やり絞り出した小声が聞こえてくれたようで、僕の目の前にいる彼は返事をしてくれます。
良かった。言葉が通じる。僕が人生で最も魔法使いで良かったと思えた瞬間です。
火の精霊と水の精霊の魔法は攻撃魔法なのですが、僕はどちらかと言うとサポート魔法の方が得意でして。
ちょっとした怪我ならヒール出来たりしますし、相手の攻撃を妨害したり、実は他種族との会話だって可能です。言語魔法ってやつです。
こう言ってはなんですが、結構優秀なのです。
けど喜んでもいられません。
実は僕は今テーブルを真ん中に、僕とその仲間二人で、肌が薄い緑の人型魔物達と対峙しております。
「ぼ、ぼ、僕…っ、食べても、お、美味しくな、いです!」
比喩表現でもなんでもありません。文字通り、食べられてしまうのではないかと思っているわけです。
ミシュメールはヒョロっこいし、ちっこいし、食べてもきっと骨と皮ばかりで美味しくなさそう、と言われたことがあります。
…自分で言って悲しくなってきました。
僕だって男の子です。ムキムキのでっかい男になりたかったのですが、そうはなれませんでした。
こんなヒョロヒョロなら、せめて頭が良くないとお嫁さんが貰えないと母に言われ、必死に勉強して魔法を使えるようになりました。
って、そんなこと言ってる場合ではありません。
僕は彼と交渉しなくてはなりません。
なぜなら僕だけが彼と…いえ、彼らと言語を交わすことが出来るのですから。
そう。彼ら魔物のオーク族と、僕は必死に交渉中なのです。
「食わなかったら何してくれんだ?」
「え……?」
もっと理性のない交渉相手なのかと思えば、言語が通じるどころか落とし所まで考えようとしてくれています。
交渉に応じてくれた時点で理性があることは何となく分かっていましたが、これ程とは。
しかしこれは彼の独断のようで、彼の後ろにいる者達は「ゼタ!何言ってんだ!」「ふざけるな!」「こいつらを許すな!」と叫んでおられます。
僕がその叫びに怯えるように震え出したのに気づいた彼は、「黙って聞いてろ」と静かな喝を入れています。
彼の名前はゼタと呼ぶようです。野蛮な種族の中でもゼタさんは一際落ち着いています。
ゼタさんはとても大きい身体をしており、とても重い威圧を感じさせます。そんなゼタさんはまだ何か文句を言っている彼らたちを一睨みすれば、ようやく彼らは静かになりました。
「で?食わなかったら何をする」
「え…っと…」
「何。なんて言ってるのよミシュメール!教えなさいよ!」
僕の後ろに隠れていた仲間の一人が、震える手を僕の肩に乗せながらようやく声をかけてきました。ちなみに小声です。
彼女はゼタさんや彼らが話している言葉が分かりません。言語魔法を使っても良いのですが、生憎と無駄な魔力は使いたくありません。
交渉が決裂した場合、ゼタさんや彼らと戦うのは必至です。
攻撃する時に火の精霊と水の精霊に助けてもらったりはしますが、それだって魔力を使います。
それに、ゼタさんや彼らに言語魔法を使えるものがいるとはお世辞にも思えません。
つまり、僕が通訳しなければ誰一人交渉できる人はいないのです。結構責任が重いことを任されていたりします。
「え、えっとね。エマ。食わない代わりに何をしてくれるんだって…聞いてる」
「はぁ?馬鹿じゃないの?食わなかったら逃げるに決まってるじゃない!」
「そ、そんな訳に行かないよ…!彼らの同胞を殺さなかったとはいえ、僕らはもう彼らに怪我を負わせたんだ!逃がしてくれるわけがないよ!」
通訳すれば、仲間の彼女、エマは逃げ一択の選択をしました。
とても困ります。何をするのか、と聞いているということは、彼らは謝罪や対価を求めているということになるのですから。それをせずに逃げ出そうとすれば、僕たちは一瞬にして殺されてしまいます。
そして、僕らの仲間のもう一人の彼女が、震えながら耐えかねたように話し出しました。
「わ、私は…っ!彼らの慰み者になるくらいなら、ここで自死致します…!」
「わー!ゼリカ!ストップ!ストップ!エマも一緒に止めて!」
「な、慰み者って…!う、ううう嘘でしょ…?!そんなの嫌よ!!」
ゼリカがどこに隠し持っていたのか、ナイフを取り出しました。ゼリカは敬虔な教会のシスターなのですが、回復と補助魔法が得意な子です。そんな彼女がまさかナイフを隠し持っているとは思わず、僕は慌てて取り上げようとします。
シスターってナイフを持ってて良いんでしょうか?
そんなゼリカを止めて欲しくてエマに協力を仰いだのですが、エマも錯乱し始めてしまいました。
エマは気の強い剣士です。ゼリカが速度上昇魔法をかけると、エマの速さに村の子たちは誰も追いつけません。直情型で、一度決めたことは譲らない子なので、思い込みも激しいです。
「どうしてゼリカがナイフ持ってるの?!」
「離してくださいミシュメールさん!こんなこともあろうかと先輩シスターに純潔を保つために持っていきなさいと言われたのです!」
なんて助言をしてくれているのか先輩シスターとやらは。
ゼリカの手を掴んで抑えていると、エマが「嫌…嫌よ…絶対嫌…」と静かに泣き始めてしまいました。困ります。泣くのは今じゃありません。ゼリカのナイフを取り上げてから泣いて欲しいです。ヒョロヒョロの僕では女の子のゼリカを押さえつけられても、ナイフを力強く握りしめる手からは離させることはできないのです。
「…おい。コントしているのか」
「し、していません!助けてください!」
交渉相手のゼタさんに涙目で頼み込みます。いや、本来ならば敵なのですが、ここはもうそんなこと言ってられません。交渉がうまく行く行かないにせよ、ここでゼリカに死なれては元も子もありませんから。
「…はぁ。なぜ俺たちがお前を助けなくちゃいけないんだか」
うぐ。ため息を大きくついたゼタさんが、徐に椅子から立ち上がって、ゼリカの後ろに回り込みます。あっさりとナイフを取り上げられて、ゼリカは絶望したかのようにガクッと項垂れてしまいました。
「た、助かりました…ありがとうございます」
「…何言ってるんだ。助けたわけじゃない。話にならないからやっただけだ」
それでも助けてもらったことには変わりありません。ゼリカのナイフはゼタさんの仲間に渡され、どこかに持って行かれてしまいました。
この場にない方が僕としても精神安定上良いことなので本当にホッとします。
近くにあれば、ゼリカもエマすら何をしでかすか分からないのですから。
「それで。何をしてくれるのか決まったか?」
「えっと…むしろどんなことをすれば助けていただけますでしょうか…?」
僕は下手に出ることにしました。とにかく交渉に大切なのは情報です。彼らがどんなことを望んでいるのか、ちゃんと聞かなくてはなりません。
誘拐とかでも、目的を聞くじゃないですか。
…誘拐の時は大抵お金目的でしたっけ。僕たちはただのしがない冒険者なので、お金なんか持ってないのですが。金品目的ならばとてもマズイです。
「おいゼタ!この野郎この後に及んで助かろうとしてるぜ?!許すかよ!俺のツガイが殺されかけたんだぞ!」
ゼタさんの後ろから、鼻息荒く、真っ赤な顔をして怒鳴り込んでいる彼に、ビクッと肩を揺らします。隣で聞いていたエマもゼリカもカタカタと身体を揺らし始めました。言われている言葉が分からないにせよ、こういうのはなんとなく雰囲気で悟るものです。
「イーグ落ち着け。せっかく話ができる人間が来たんだ。お前の気持ちは痛いほどわかるが、少し話してからでも遅くはないだろう。誰も死んではないんだ」
「だけど!」
「あ、あの…っ!け、怪我した人がいるなら、僕とゼリカが治せます…!」
人かどうかはともかくとして、これだ、と思い交渉を持ちかけます。怪我をさせたのは僕たちですが、治す方が得意なので言ってみることにしました。
しかしゼタさんは良い顔をしません。ゼタさんの後ろで怒鳴ってくるイーグさんという方も憎々しげにこちらを睨みつけてきます。
「信用できん。あのくらいの怪我、我々なら一週間もあれば治るだろうし、要らん」
撃沈です。うっ、と唸って僕は肩を落としました。
エマもゼリカも、僕の様子を見て何かを悟ったのか、サッと青くなっていきます。
「えっと…それなら、この村では一番何に困っていますでしょうか…?」
「今まさに、お前らが平和をぶち壊したことに困っているな」
「うぐ、そ、それ以外で…!」
最大級の嫌味を受けながら、僕はなんとか食い繋ごうとします。
諦めては試合終了です。それこそ、パクリと食べられてしまうに決まっています。
冒険者、なんて名前をしてますが、要するに困っている人を助ける便利屋みたいなものなのです。
そもそも今回この場所に来た理由は、少し離れた村からオーク族討伐の依頼があってやってきたのです。そして、少し暴れたあたりでこのゼタさんとイーグさんが援軍にやってきて僕らは捕まってしまいました。それが簡単な経緯です。
依頼の理由はただ単に、脅威だからだそうです。オークはみんな怖いですよね。だって冒険者の僕だって今怖いんですから。
「…そうだな。イーグ、お前は何かあるか?」
「はっ、あってもコイツらに言うかよ」
「そういうな。人間に頼める時なんかたまにしかない」
ゼタさんが落ち着いていうと、イーグさんは顎に手を当てて考え込みます。
僕は祈るばかりです。
どうやらイーグさんの出方次第で僕たちの命運が決まるのです。
さっき言った治療だってなんだってやります。だからどうか命だけは。
「…あるな」
「え?」
イーグさんが思いついたように、顎から手を離す。僕はまさか本当に思いつくとは思わず、つい聞き返してしまいました。
僕たちと机を挟んで座っているゼタさんも少し驚いています。
「ゼタが子供を作らないことに、困ってる」
イーグさんが言った言葉に、僕もゼタさんも固まってしまいました。
時間にしておよそ数秒でしょう。しかし、僕にもおそらくゼタさんにも一時間くらいに感じたかもしれません。
しかし気を取り戻したゼタさんはなんとか言葉を発します。
「おい。今それ関係あるか?」
「だって、困ってることだろ?俺はとてつもなく困ってる。この村を取り仕切るリーダーのお前から浮いた話一つなく、子供一匹作らないことに、俺だけじゃない。みんな困ってる」
早口で捲し立てるようにイーグさんが言うと、ゼタさんは頭を抱え込んでしまいました。後ろの方々も、うんうん、と大きく頷いています。
ゼタさんだけでなく、僕も頭を抱えたくなってしまいました。この流れはとてもマズイです。だって、エマもゼリカも錯乱した理由は、純潔を奪われることなのですから。
「…えっと。イーグ…さん?の話から察すると…つまり、僕たちの誰かがゼタさんの…子を、は、孕めと、言うことでしょうか…?」
「そう言うことだ。同胞から選ばないなら、外から来たヤツに孕ませるしかねぇだろ。俺たちは種族とかそういうの気にしねぇからな」
いえ。僕たちは気にするのですが。
そんなことを発言したら、きっとイーグさんに睨まれてしまいます。なので僕はもっと情報が欲しくて、聞くことにしました。
「あの。僕たちは女の子しか子を孕めません…。ゼリカやエマがその役目を負うことになるのでしょうか…?」
「あ?無理だろ」
イーグさんはあっさりと言い放ちます。無理、と言うのはどう言うことなのでしょうか。
「お前以外、まともに会話にならねぇ。俺らに怯えてる。そんな奴を無理やり孕ませたところで、絶望したソイツらにせっかく産んだ大事な子供を殺されるかもしれねぇだろ?」
「はあ」
確かに。ゼリカはナイフを取り出して自死しようとしましたし、子供を殺して自分も死ぬ、なんて言いかねません。エマも子供と一緒に湖に投身自殺してしまいそうです。
「俺らの場合、苗床はどこであろうが関係ねぇ」
「つまり」
「男でも孕ませられる」
ぴ。
僕はイーグさんの言葉を上手く飲み込めませんでした。耳が拒否したのか、頭が拒否したのかは分かりませんが、とにかく上手く理解できません。
妊娠というのは、子宮があるから出来ることで。僕は勉強が得意なので知っています。卵子というものが女性から出るから、セイシトランシガムスバレテ。
「ま、待てイーグ。いくら彼と会話ができるからと言って、人間と」
「むしろ人間の方が繁殖させやすいだろ。可愛い顔してるし、良いんじゃねぇか?」
「良い、のは分かるが!だからと言って」
「みんなもそう思うよなぁ?!」
イーグさんの言葉に、おおー!と静かに周りで見ていた彼らも同意しています。
僕が混乱していると、話がどんどん進んで言ってしまいそうです。
「お前、名前は!」
「み、ミシュメール、です…」
イーグさんに聞かれ、僕は反射的に答えてしまいます。
そして、さっきまでイーグさんに睨まれていた僕は、とても良い顔で笑いながら言い放ちました。
「お前ら!このミシュメールが、我らがオークの長であるゼタの子を孕むそうだ!」
おおおおお!とさっきよりも歓声のように声が響いてきます。
「ひ、ひえぇ…」
斯くして僕は、彼らオーク族の繁殖の礎となることになってしまったのです。
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