【完結】オークのツガイになる方法

七咲陸

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  それから、三日が経ちました。
  僕はユエルさんに言われた通り、ユエルさんとイーグさんのお家にお邪魔させてもらっています。そして、未だ目を覚まさないエマも、客室を使わせてもらって寝かせてもらっていました。

  ユエルさんとイーグさんは、子供がいるかもしれないからと僕に食事や睡眠を取らせようとエマの看病を代わってくれると申し出てくれましたが、全て丁重に断りました。
  二人にとったら、仇とまでは言いませんが、エマは敵です。それもユエルさんを傷つけています。それなのに僕が二人にこれ以上甘えることは出来ません。食事だけはありがたくいただいて、僕はエマから出来るだけ離れずに看病し続けました。

「…ミシュメール」

  エマの汗をタオルで拭いている時です。扉の方から聞き馴染みのある低い声が僕の名前を呼んでいるのが聞こえてきました。
  僕が振り返ると、思った通りゼタさんがしょんぼりといった姿で立っていました。

「ゼタさん!どうしました?」

  僕は立ち上がって、ゼタさんの方へ向かいます。しかし、そのゼタさんの後ろにいたユエルさんが前に出て、バッと腕を伸ばして通せんぼされてしまいました。

「?ユエルさん?」

  首を傾げてキョトンとすると、ユエルさんはため息をついて僕を見ます。

「ミシュメール。ゼタは反省中なの。忘れたの?」

「あ…」

  三日前、エマがゼリカに毒を盛られて倒れた後のことです。

『ゼタ。貴方、自分のツガイを孤独にさせたいの?苦しめたいの?今回イーグがやったように、貴方とイーグで一緒に牢屋に入って助けてやれば良かったのよ。そうしないなら最初から生かしておく必要なんかない。中途半端な愛情は、ミシュメールを苦しめるだけよ。反省しなさい』

  ピシャリ、と言った音が聞こえてきそうなほど、静かに、冷静に喝を入れられてしまったゼタさんは落ち込んでしまい、ユエルさんは追い討ちをかけるように『しばらくミシュメールは私の家に居させる。ゼタは一人で反省して』と言われてしまいました。

  そんな訳で、ゼタさんの姿を見るのは三日ぶりとなり、僕はエマの看病で忙しくてそんなことはすっかり忘れていたのです。

「ユエルさん、僕は別に」

「怒ってないって?ダメよ。こう言うのはちゃんとしないと、ミシュメールが後々困るのよ。イーグが牢を開けてくれなかったら、そのエマって子は死んでたわ。ゼタはそのことをちゃんと反省しなくちゃいけないの」

「あぅ…はい…」

  ユエルさんはため息をついて僕に呆れています。多分僕がゼタさんとおんなじようにしょんぼりしているからかもしれません。
  そうですよね。普通だったら、幼馴染を死ぬかもしれない瀬戸際で見捨てろって言われたら怒りますよね。でも、僕はどっちかって言うと罪人という気持ちが大きいから、助けたかった気持ちは大きいですけど、ゼタさんのリーダーとしての気持ちも分からなくないのです。

「ミシュメール。貴方、ちゃんと分かってないみたいだから言うけど」

「?」

  俯いていた僕はユエルさんに言われ、パッと前を向きます。
  やっぱり呆れた顔をしているユエルさんは、僕をまっすぐ見ながら説明してくれました。

「ゼタはリーダーとして、この村のために貴方を牢屋に入れなかった訳じゃないの。ゼタは、ゼタ本人の気持ちを優先したから反省しなさいって言ってるのよ」

「ユエル、待ってくれ。その辺は俺がちゃんと説明する。それに、ゼリカという娘の話もしたい」

  僕はユエルさんが言った言葉の意味がよく分からなくて混乱していると、ゼタさんからゼリカの名前が上がり、僕はハッとします。

「ゼリカは!ゼリカはどうなったんですか!?」

  僕は一応、イーグさんから別の牢屋に入れたゼリカの様子を聞いていました。相変わらず壁に向かってブツブツ話していると。イーグさんに頼まれて、僕は毎日イーグさんに言語魔法をかけていました。

「…仕方ないわね。ほら、ゼタも入りなさい」

  そう言って客室にゼタさんの入室を許可したユエルさんは、「長くなりそうだからお茶でも準備してくるわ」と言って部屋を出ていきました。

  僕はゼタさんに椅子をすすめて、僕は小さなテーブルを挟んで対面する形に座りました。

「まずは、ゼリカという娘の話からしようか」

「は、はい」

  ゼタさんはテーブルの上に手を組んで、神妙な顔つきで話し始めました。

「ゼリカは、最初はエマと二人で脱出しようとしたらしい。…もうミシュメールはオークの俺に穢されてしまった、だから置いていこうとエマに話していたそうだ」

「…そ、うですか…」

  この三日、なんとなくゼリカが考えそうなことを必死に考えていました。もしかしたらそうなんじゃないかって、僕は思っていたのです。
  だからなのか、思ったよりもそのことにダメージはありませんでした。

「牢に入って最初の三日間。飲まず食わずでなんとかやってきたが、限界になったエマがついに食事を口にした時、ゼリカは絶望したようだった」

「食事で…?どうして」

「オークが作った食事を食べた。だからもうエマは穢れたんだと言っていた」

  ゼタさんが言うには、『ダメなんです。もうあんなに綺麗だったエマさんも、ミシュメールさんも、魔物に穢されてしまった。だから、私が救ってあげないといけないんです。じゃないと、神はお許しになりません。エマさんを救って、ミシュメールさんも救って差し上げなくては』ゼリカはそうブツブツ言っているようです。
  ゼリカにとって、もう僕とエマは受け入れ難いほど汚れた人間に見えているのかもしれません。

「俺としては、もうゼリカという娘は一生外には出してやれない。エマは敵対する意志がなければ出してやっても構わないが、この村から逃げ出すのは許さないし、最初は監視付きになる」

「…ゼリカに関しては、仕方ありません。またエマが殺されかけるかもしれないですし、僕も…きっと殺されます。エマは、もう少し待っていただいてもいいでしょうか?歩けるようにならないと逃げることも出来ませんし、僕もこの通り貧弱なのでエマを抱えて逃げ出すことも出来ません」

  するとゼタさんは、分かった、と了承してくれました。

「ただし、目が覚めた時点から監視をつける。いいか?」

「それはもちろん。むしろ牢屋じゃないだけ助かります。ありがとうございます」

  僕は頭を下げて感謝しました。また牢屋に逆戻りでは、エマも気が狂ってしまうかもしれません。
  それだけは避けたかったので、寛大な処置に感謝しかありません。

「それで、俺がミシュメールを牢に入れなかった件だが…」

  そしてゼタさんは神妙な面持ちから、今度は落ち込んだような顔をして話を切り替えました。

「う…」

  けれどその時、ベッドの方から唸るような声が聞こえてきて、僕は急いで椅子から立ち上がってベッドへ向かいました。

「エマ!エマ、気づいた!?」

「うぅ…」

  唸りながら、ゆっくりと瞼を開いていつもかっこいい紅い瞳が見えてきます。エマの手をぎゅっと握ります。未だ力は入りませんが、明らかに体温が戻ってきているのを感じて、僕は涙を流しました。

「…な、に、泣いてんのよ…ほんと、私がいないと、アンタはダメなんだ、から…」

「エマ…!良かった…!エマ…!」

  掠れた声を出すエマの顔がぼやけていて上手く見えませんが、なんとなく苦しんだように微笑んでいる気がしました。
  ゼタさんが部屋を出ていく音がして、少ししたらユエルさんと一緒に戻ってきました。

「気がついたのね。良かったわ」

「え…?ここ、どこ…?」

  エマはようやく自分が異質な空間にいることを理解したようです。エマに言語魔法をかけて、ユエルさんとゼタさんの言葉が伝わるようにしました。

「ここは私の家よ。貴方が剣を向けた、私のね」

「なんで…」

「エマ…何があったか、覚えてる?」

「…え?えっと…」

  エマはゆっくりと思い出そうと考えを巡らせるように、静かになります。
  そして、思い出したかのように、サーっと顔を青くしました。
  今思い出させるのは酷かもしれません。でも、僕としては今だからこそ思い出してほしいのです。僕がいて、ユエルさんもゼタさんも居る。何かあればすぐに対処できるこの状態が一番良いと思いました。

「食事、食事を食べたら…!突然苦しくなったの、最初は、オークに毒を飲まされたって思った…でも、ゼリカに助けてって言ったら、あ、あの子…笑って…!」

  エマは怯えるようにカタカタと震え始めました。

「ゼリカ、もう、牢に入った瞬間からおかしくて。ずっと、壁にブツブツ話しかけてて。私…怖くて、見張りのオークにゼリカと別にして欲しいって頼んだけど、うまく伝わらなくて…!」

  僕はエマをぎゅっと抱きしめました。少し苦しいかもしれません。でも、今は大丈夫なんだって伝わるように、強く抱きしめました。

「エマ、もう大丈夫…!大丈夫だから!」

  生きてるんだって、伝わるように。

「怖かった!オークといるよりも、ゼリカといる方がずっと怖かった…!」

「うん…!うん、もう、エマに近づかないようにしてくれてるから!もう、大丈夫だから…!」

「う、うううう…!」

  エマも僕も、ボロボロと泣いてました。エマが生きてて本当に良かったと思いました。しばらく泣いていると、エマは疲れたのかゆっくりとした穏やかな吐息に変わっていきました。
  僕は抱きしめていた腕を緩めて、出てくる涙を袖で拭いました。振り返って後ろで見ていたゼタさんとユエルさんに向かって頭を下げました。

「…本当に、ありがとうございました…エマは、本当に大切な幼馴染なんです。余所者の母と僕が村から敬遠されて辛かった時にずっと支えてくれた友人で、姉のような存在なんです」

「…そう。ですって、ゼタ。良かったわね」

  ユエルさんは、ゼタさんの脇を肘で小突いています。ゼタさんは罰が悪そうな曖昧な表情で僕を見ていました。

「ゼタさん?」

  不思議に思って声をかけると、ゼタさんはやっぱり罰が悪そうにしています。

「悪かった…すぐに、助けてやらなくて」

「あの、そのことはやっぱり、別に僕は…」

  怒ってません。ユエルさんの『ゼタはゼタ自身のために、ミシュメールを牢に入れてやらなかった』と言う意味がいまだにうまく理解できていませんが、やっぱり怒れません。

「いや、俺は…ミシュメールがそのエマとゼリカのどちらかと、恋仲だと思っていたんだ」

「こい、なか?恋人ってことですか?」

「そうだ。だから…二人が解放されたら、俺から離れていってしまうんじゃないかって思ってしまったんだ」

  僕はキョトンとしてゼタさんを見上げます。

「それって…つまり、ゼタさんは…エマとゼリカに嫉妬したってことですか…?」

「…けど、俺は最低なことをしようとした。イーグがいなかったら、エマを見捨ててしまうところだった…本当に悪かった」

  ユエルさんは僕とゼタさんのことを怒っていたり呆れていると言うよりは、仕方ないな、という感じの表情で見ています。
  僕はパチパチと瞬きをしてゼタさんを見上げました。

「それって、それって…えっと、つまり、ゼタさんは、僕のこと…好きなんですか…?」

  僕がやっと理解したとばかりに言うと、ゼタさんはショックそうな顔をしてしまいました。

「ゼタ。言わなきゃ伝わらないわよ。こういう鈍い子にはね」

  ほら、ともう一度ユエルさんはゼタさんを小突くと、ゼタさんは意を決したように表情を固くして僕の前に膝を折って床につきました。
  びっくりしてゼタさんを見ていると、すごくすごく真剣な表情で、僕は声が出なくなってしまいました。

  ゼタさんは僕の手を優しくソッと握り、ゆっくりと穏やかに、でもはっきりと僕に言いました。

「ミシュメール、好きだ。私のツガイになってほしい」

  瞬間、ブワリと一陣の風が吹いたかのように暖かで心地よい、それでいてどこか落ち着かないような、そんな優しい風が僕の全身を駆け抜けていったのです。
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