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それからというものの、僕はとても平和に過ごしていました。
毎日ゼタさんと一緒に過ごして、お互いひっついて、ゼタさんから子種をもらってと甘すぎる日々を送っていました。
そんなある日、ゼタさんが気難しそうにした顔でお家に帰ってきました。
「お帰りなさい、ゼタさん。どうかしましたか?」
「ミシュメール、ただいま」
帰って早々、僕のことを抱き上げてくれます。気難しい顔を一瞬崩し、僕の頬と額にキスをしてくれます。僕も嬉しくて、ゼタさんの頬にキスをしました。
ゼタさんは嬉しそうにした後、やっぱりまた元の気難しい顔に戻ってしまいました。僕は不思議に思って首を傾げると、ゼタさんはようやく話してくれました。
「…実は、ゼリカといったか。あの娘がかなり衰弱している」
「あ…まさか」
「ああ。全く食事を取らない。かろうじて水は飲んでくれているようだが…」
ゼリカは穢れるからという理由で、食事をしないようです。魔物が憎いのか、オークが嫌いなのかは定かではありません。ゼタさんが僕に教えてくれるということは、決して殺したいと思っているわけではなさそうです。
「僕が話に行っても良いですか…?」
「助かる。あんなことがあって、正直会いたくないかもしれないと思ってな」
ゼリカは極限状態に陥って狂ってしまい、エマが毒殺されかけてしまいました。エマのことは本当に大切です。ですが、一緒に冒険をしてきた仲間であるゼリカも大切なのです。
「村を襲ってきた人間ではあるが、扱いに困っているのも事実だ。もしミシュメールやエマが良ければ、オークと繋がりがある獣人族に引き渡すことも考えている」
「…オークよりは、人間に近いから…ということですか?」
「そうだ。そこでならゼリカという娘もまだ生きやすいと思ってな」
オークたちにとったら僕達は罪人です。処刑されないだけマシなのかもしれません。
しかしゼリカにとったら死よりも辛い生き方なのかもしれないです。
僕はゼタさんと共に、ゼリカが居る牢屋に行きました。石造りのそこは、前にエマといた所と同様窓に格子があって、そこから光が入るようになっています。
鉄格子を隔てた先にいるゼリカは、生気がなく、ボサボサの頭を壁に寄りかからせてへたりこんでいました。
鬱々とした空気に、覚悟してきたはずの僕は思わず固唾を飲み込みます。
オークに捕まり、施しを受けることはゼリカにとってそれが生き地獄同然なのは、この数日で理解したつもりです。
でも、それでも。
「ゼリカ…」
僕の声が届いたのか、目から失われていた光が、少しだけ戻ってこちらに視線が向きました。
「……ミシュメールさん」
「体調……は、良くないよね。えっと…」
「ミシュメールさん、お願いが、あります」
ゼリカからのお願いに僕は驚きつつも、話してくれることが嬉しくて「どうしたの?」となるべく明るく尋ねました。
ゼリカは少しだけ微笑みます。まるで、怪我をした魔物を見つけて、治療した時の微笑みでした。
「…私を、殺してください」
小さく、優しい声で悲痛さも感じさせない声色で僕に訴えます。
一瞬言葉を失いました。
けれど、敬虔なシスターなゼリカが言いそうな事だと思いました。
僕は一度俯きます。俯いて、ゆっくりと瞼を閉じて、もう一度前を見ます。
「ゼリカにとっては、それが救いなんだね」
ゼリカは何も答えず、ただただ力無く微笑みました。
「ゼリカ。僕は怒ってるんだ」
「…ミシュメールさん…?」
「僕は、エマもゼリカも救いたくて、ゼタさんの子供を産むことに同意したんだ」
ゼリカは微笑んでいたのに、突然泣きそうに顔を歪めます。彼女の瞳に涙が今にも零れそうなほど、大きな粒が溜まっていました。
「僕は良かれと思ってやったんだ。そうすればどんな形であれ、三人とも生き残れるかもしれないって。そう思った」
「でもそれは…!」
「でも、それは、ゼリカにとっては救いでもなんでもなかったんだね」
ゼリカはやっと気づいてもらえたという風に、涙をポロポロと零しています。
「僕はゼリカに自分の価値観を押し付けて、ゼリカを知らず知らずの内に追い詰めた」
そして、ゼリカはエマを手にかけてしまった。エマすら僕と同じようになってしまったから。
ゼリカは静かに涙を流して何度も頷いていました。
「でもそれは、ゼリカも同じことだ」
「…え?」
「ゼリカだって、エマに自分の価値観を押し付けたんだ」
ハッとしたように涙が止まります。
「エマは食事をして、命の危機から救われたのに。ゼリカはエマにとっての救いから叩き落としたんだよ」
「あ…」
ゼリカは土器色の顔を、さらに青くしていきます。
「僕とエマが選んだ価値観全てをゼリカにわかって欲しいとは思わない。けど、エマを殺しかけたことだけは絶対に許さない」
「み、シュメールさん」
「だから、僕は絶対にゼリカを殺さない。ゼリカにとって死は救いだ。本当はゼリカは自死出来ないんでしょう?死のうと思えば隠し持ってる毒を飲めばいいし、舌を噛めばいい」
ナイフを持って死のうとしたけれど、本当はあの時ゼリカは死ぬつもりなんかなかったのです。でなければ、その後のことに説明がつかないのですから。きっと、戒律やら何かがゼリカのストッパーになっているのかも知れません。
「…もっとちゃんと、三人で話し合えば良かった。そうすれば、きっと今…違う形でゼリカもエマも一緒に…」
「…いえ。私は、きっといつかはエマさんもミシュメールさんも殺そうとしていたと思います」
ゼリカは小さく首を振って、俯きながらポツリと零すように話します。
「小さな魔物を回復するフリをして殺し回っていたのです。魔物を殺さず追い払おうなんて考えを持つお二人とは、いつか必ず綻びが出ていたに違いありません」
「ゼリカ…」
そして、ゼリカは顔色の悪い顔を無理に微笑ませて僕を見ます。
吹っ切れたように見えるのは、僕の勘違いなんかではありません。
「…それで、私はどうなるのでしょうか。生きるにしてもここにはいられないでしょう。かといって、人間の村に戻すのも危険と見做されますよね」
「そのことだが」
ゼリカの言葉を聞いて、ゼタさんが口を開きました。リーダーらしく、眼光鋭くゼリカを見下ろしています。
「獣人族の村に行ってもらう」
「…ミシュメールさんと同じで、とても甘いですね。どうしてミシュメールさんは脅されたはずなのに寄り添っているのか良く分かりました」
「獣人は鼻が効く。毒を持ってればすぐに分かるし、武器を持っても殺意をすぐに察する。一生監視の下、暮らすことになるが…あちらも回復が使える者が欲しいようだ」
ゼリカは小さく頷き、「飼い殺しですね」と微笑みます。
「そして他所者には寛容だが、裏切り者には容赦がない。殺さずとも生かして罰する方法はいくらでも考える種族だ」
「それはそれは。私にとって一番苦痛ですね…」
ゼリカは力無く笑って、でも、と続けます。
「魔物嫌いな私にとっては、ここよりも良いと、そういうことですか。全く、本当に甘いですね…本当に…」
そしてまた、ゼリカの瞳からポタポタと涙が零れ、小さな格子から漏れる光が涙に反射しています。
それはまるで敬虔なシスターらしく、僕にはとても神聖なものに見えたのです。
毎日ゼタさんと一緒に過ごして、お互いひっついて、ゼタさんから子種をもらってと甘すぎる日々を送っていました。
そんなある日、ゼタさんが気難しそうにした顔でお家に帰ってきました。
「お帰りなさい、ゼタさん。どうかしましたか?」
「ミシュメール、ただいま」
帰って早々、僕のことを抱き上げてくれます。気難しい顔を一瞬崩し、僕の頬と額にキスをしてくれます。僕も嬉しくて、ゼタさんの頬にキスをしました。
ゼタさんは嬉しそうにした後、やっぱりまた元の気難しい顔に戻ってしまいました。僕は不思議に思って首を傾げると、ゼタさんはようやく話してくれました。
「…実は、ゼリカといったか。あの娘がかなり衰弱している」
「あ…まさか」
「ああ。全く食事を取らない。かろうじて水は飲んでくれているようだが…」
ゼリカは穢れるからという理由で、食事をしないようです。魔物が憎いのか、オークが嫌いなのかは定かではありません。ゼタさんが僕に教えてくれるということは、決して殺したいと思っているわけではなさそうです。
「僕が話に行っても良いですか…?」
「助かる。あんなことがあって、正直会いたくないかもしれないと思ってな」
ゼリカは極限状態に陥って狂ってしまい、エマが毒殺されかけてしまいました。エマのことは本当に大切です。ですが、一緒に冒険をしてきた仲間であるゼリカも大切なのです。
「村を襲ってきた人間ではあるが、扱いに困っているのも事実だ。もしミシュメールやエマが良ければ、オークと繋がりがある獣人族に引き渡すことも考えている」
「…オークよりは、人間に近いから…ということですか?」
「そうだ。そこでならゼリカという娘もまだ生きやすいと思ってな」
オークたちにとったら僕達は罪人です。処刑されないだけマシなのかもしれません。
しかしゼリカにとったら死よりも辛い生き方なのかもしれないです。
僕はゼタさんと共に、ゼリカが居る牢屋に行きました。石造りのそこは、前にエマといた所と同様窓に格子があって、そこから光が入るようになっています。
鉄格子を隔てた先にいるゼリカは、生気がなく、ボサボサの頭を壁に寄りかからせてへたりこんでいました。
鬱々とした空気に、覚悟してきたはずの僕は思わず固唾を飲み込みます。
オークに捕まり、施しを受けることはゼリカにとってそれが生き地獄同然なのは、この数日で理解したつもりです。
でも、それでも。
「ゼリカ…」
僕の声が届いたのか、目から失われていた光が、少しだけ戻ってこちらに視線が向きました。
「……ミシュメールさん」
「体調……は、良くないよね。えっと…」
「ミシュメールさん、お願いが、あります」
ゼリカからのお願いに僕は驚きつつも、話してくれることが嬉しくて「どうしたの?」となるべく明るく尋ねました。
ゼリカは少しだけ微笑みます。まるで、怪我をした魔物を見つけて、治療した時の微笑みでした。
「…私を、殺してください」
小さく、優しい声で悲痛さも感じさせない声色で僕に訴えます。
一瞬言葉を失いました。
けれど、敬虔なシスターなゼリカが言いそうな事だと思いました。
僕は一度俯きます。俯いて、ゆっくりと瞼を閉じて、もう一度前を見ます。
「ゼリカにとっては、それが救いなんだね」
ゼリカは何も答えず、ただただ力無く微笑みました。
「ゼリカ。僕は怒ってるんだ」
「…ミシュメールさん…?」
「僕は、エマもゼリカも救いたくて、ゼタさんの子供を産むことに同意したんだ」
ゼリカは微笑んでいたのに、突然泣きそうに顔を歪めます。彼女の瞳に涙が今にも零れそうなほど、大きな粒が溜まっていました。
「僕は良かれと思ってやったんだ。そうすればどんな形であれ、三人とも生き残れるかもしれないって。そう思った」
「でもそれは…!」
「でも、それは、ゼリカにとっては救いでもなんでもなかったんだね」
ゼリカはやっと気づいてもらえたという風に、涙をポロポロと零しています。
「僕はゼリカに自分の価値観を押し付けて、ゼリカを知らず知らずの内に追い詰めた」
そして、ゼリカはエマを手にかけてしまった。エマすら僕と同じようになってしまったから。
ゼリカは静かに涙を流して何度も頷いていました。
「でもそれは、ゼリカも同じことだ」
「…え?」
「ゼリカだって、エマに自分の価値観を押し付けたんだ」
ハッとしたように涙が止まります。
「エマは食事をして、命の危機から救われたのに。ゼリカはエマにとっての救いから叩き落としたんだよ」
「あ…」
ゼリカは土器色の顔を、さらに青くしていきます。
「僕とエマが選んだ価値観全てをゼリカにわかって欲しいとは思わない。けど、エマを殺しかけたことだけは絶対に許さない」
「み、シュメールさん」
「だから、僕は絶対にゼリカを殺さない。ゼリカにとって死は救いだ。本当はゼリカは自死出来ないんでしょう?死のうと思えば隠し持ってる毒を飲めばいいし、舌を噛めばいい」
ナイフを持って死のうとしたけれど、本当はあの時ゼリカは死ぬつもりなんかなかったのです。でなければ、その後のことに説明がつかないのですから。きっと、戒律やら何かがゼリカのストッパーになっているのかも知れません。
「…もっとちゃんと、三人で話し合えば良かった。そうすれば、きっと今…違う形でゼリカもエマも一緒に…」
「…いえ。私は、きっといつかはエマさんもミシュメールさんも殺そうとしていたと思います」
ゼリカは小さく首を振って、俯きながらポツリと零すように話します。
「小さな魔物を回復するフリをして殺し回っていたのです。魔物を殺さず追い払おうなんて考えを持つお二人とは、いつか必ず綻びが出ていたに違いありません」
「ゼリカ…」
そして、ゼリカは顔色の悪い顔を無理に微笑ませて僕を見ます。
吹っ切れたように見えるのは、僕の勘違いなんかではありません。
「…それで、私はどうなるのでしょうか。生きるにしてもここにはいられないでしょう。かといって、人間の村に戻すのも危険と見做されますよね」
「そのことだが」
ゼリカの言葉を聞いて、ゼタさんが口を開きました。リーダーらしく、眼光鋭くゼリカを見下ろしています。
「獣人族の村に行ってもらう」
「…ミシュメールさんと同じで、とても甘いですね。どうしてミシュメールさんは脅されたはずなのに寄り添っているのか良く分かりました」
「獣人は鼻が効く。毒を持ってればすぐに分かるし、武器を持っても殺意をすぐに察する。一生監視の下、暮らすことになるが…あちらも回復が使える者が欲しいようだ」
ゼリカは小さく頷き、「飼い殺しですね」と微笑みます。
「そして他所者には寛容だが、裏切り者には容赦がない。殺さずとも生かして罰する方法はいくらでも考える種族だ」
「それはそれは。私にとって一番苦痛ですね…」
ゼリカは力無く笑って、でも、と続けます。
「魔物嫌いな私にとっては、ここよりも良いと、そういうことですか。全く、本当に甘いですね…本当に…」
そしてまた、ゼリカの瞳からポタポタと涙が零れ、小さな格子から漏れる光が涙に反射しています。
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