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第1話

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「まったく仕方ないな」
それが、私の前世での最後の言葉となった。

「ねえ、詩織、聞いてる?」
少し染められた短い癖っ毛の茶髪で、垂れ目、ぷっくりした唇が印象的な、かわいらしいという形容詞が似合う、160後半の女性が、隣にいる女性に話しかけている。
「ふあぁ、聞いてるよ、そんな大声で喋られたら」
隣にいる、こちらは茶髪とは対照的な、混じりけのない、長めで癖のない黒髪に、切れ長な瞳、閉ざされた薄い唇が人を寄せ付けない、そんな雰囲気が出ている、150前半の女性は、大きな欠伸をしながら、茶髪の女性にそう答えていた。
「んもう、だって聞いてるように見えないんだもん」
茶髪の女性は慣れた様子で、しかし不満を隠さずにぷくーと頬を膨らませて、黒髪の女性に抗議しています。
その様子は、まるで栗鼠が頬袋にたくさんの食べ物を入れているようです。
「それはわかったから紫。で、他にも何かあるんだろ?」
黒髪の女性、詩織はやんわりと話題を変えます。
「あっ、そうよそうよ詩織、あなた、乙女ゲームって知ってる?」
詩織の狙い通りに、話題がそれた。
「おとめゲーム?何だそれ。射撃のゲームかなにかか?」
茶髪の女性紫は、詩織のとんちんかんな答えに呆れた顔を隠す気もなく、
「違うわよ。詩織は本当に、そういうのに興味ないわね。だいたいなんで射撃になるのよ」
「とめと言うからそうかと思った」
(もう、どういう考えしてるんだか。本当にもったいないわ)
「いい?乙女ゲームっていうのはね、素敵な男性たちと疑似恋愛が楽しめるゲームのことで、恋愛シュミレーションゲームとも言えるわね」
紫は乙女ゲームのなんたるかを熱く語ります。
しかし、詩織はその熱さに引いています。
「疑似の何が面白いんだ?」
「ちょっと詩織!疑似だからといってなめないで。乙女ゲームの素晴らしい要素は素敵な男性との恋愛だけじゃないわ。想像力も上げられるのよ!」
謎の迫力に、先ほどよりも引き気味になる詩織を置いて、紫は詩織に理解できないことをぶつぶつ言い続ける。
「あー、紫?その話はもういいから、本題に入ろうか?」
「あら、まだ言い足りないのに。まあ、いいわ、ねぇ詩織、私ね、相談したいことがあるの」
「何?」
「あのね、私、恋しちゃったの!」
「そうか。で、どうしたいんだ?紫は」
「んもー詩織ったらもっと親身になってよ。私たち友達でしよ」
「友達であろうと、踏み込んではいけない線もあるだろ。私は紫がどうしたいか聞いている。その恋の相手と、どうなりたいんだ?」
「うん、幸せになりたいな」
「なら、そのために頑張ればいい。私も出来る限りフォローするよ。大事な友達だから」
「うん!ありがとう。詩織大好き!」
紫は詩織の言葉に嬉しくなり、彼女に抱き付いた。
「おっと紫、私は紫より背が低いんだから、それを考えてくれ」
そう言いながらも、詩織は抱き付いてきた紫の背中に手を回して、ぽんぽんと優しく撫でた。
「へへ、ごめん」
「まったく、仕方ないな」
呆れながらも、詩織は笑っていた。

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