俺と私の異世界探検

KEC

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異世界転移前

1.不吉な悪魔

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 豪華な装飾と選び抜かれた素材で作られた煌びやかな館。広大な庭は手入れが行き届き、誰もが感嘆の声を上げるであろう美しさを誇っていた。
 館内に入れば中々お目にかかれない美術品が出迎えてくれる。どれもが本物の輝きを放ち主役級の威厳を放っている。だが、それらは競合せずそれぞれの持ち味を生かした配置がしてあり、正しく調和と呼べる光景であった。
 しかし、それもつい先ほどまでの事。

「撃て撃て撃て! 撃ちまくれ!」

「ちっ弾切れか。予備持ってこい!」

「俺のを使え! 俺はマシンガンを持ってくる!」

 いたるところで発砲音と怒声が響き、硝煙の匂いが充満する館内。
 鮮やかな装飾が施されていた真っ白な柱は人の血潮で赤く染め上げられ、時価数百万・数千万はするであろう美術品は見るも無残な姿へ変わり果て、庭には血にまみれた死体が横たわっている……庭中にだ。
 そのどれもが頭や心臓などの急所を狙い撃ちされていて、館内で銃を乱射している到底堅気には見えない者達も似たようなものであった。

「こっち来るんじゃねえ!」

「くそ……なんで当たんねえんだよ!!」

「マシンガンきたぜ~ひゃははは、ハチの巣になりやがれ!」

 怯える者・苛つく者・興奮している者。生存者はこの三人のみのようだ。
 怯えている男はこの世の終わりでも見たかのように号泣し粗相までしでかしている。どこか滑稽に感じられる表情だが、それも仕方のないこと。彼らが相手をしている襲撃者はたった一人。その一人人に多くの仲間が殺されたのだから、心が折れても仕方のないことだろう。
 願わくば夢でありますように。そんな事を考えてしまっても不思議ではない光景だが世の中は残酷だ。これは現実で、そして彼らもまたすぐに仲間を追うこととなるのだから。

「邪魔だ」

 絶え間なく続く銃声でひどくうるさい館内。マシンガンまで登場したのだからそれは凄まじいものであったが、襲撃者が呟いた小さな声は彼らの耳へひどく響く。
 それが脳が認識した最後の音であった。

「はへ……」

「がっ!?」

「ひゃは……」

 突如訪れる終わり。何が起こったのかわからない、いや考えることができない。
 額を撃ち抜かれた彼らは脳幹が破壊され思考できず、司令塔を失った肉体は重力に従い自然と地に沈んだ。痛みすら感じなかっただろう。
 静寂に包まれた館内からはリロードする音だけが小さく聞こえてくる。彼らを撃ち殺した襲撃者が行っているのだろう。
 暗い館内故にその全貌は確認できないが細い体格であること、そして先ほどの声から男であろうことは予測できる。
 下を見れば血の池が広がっていることがわかるが、それらを気に留めることもなく男はひどくゆっくりと無言で歩き始める。惨劇の舞台を去り向かった先は……この館の主がいる場所、執務室。
 ここにも館の雰囲気に負けない美術品が飾られていて品のある一室にまとめられている。だが、館が立派だから主も立派かと言えばそうとは限らない。

「ゆっ許してくれ……助けてくれ!」

 男が執務室の扉を開くと震える声を絞りだし命乞いをする丸い物体がいた。物体とは言いすぎたかもしれない、ベルトからはみ出ている脂肪でボールのように丸々しているが間違いなく人間だ。その男の名は『ローング・カワード』、この館の主である。額からは大量の汗がにじみ出ていて月の光を汚すように光っている。
 身の危険を重々承知しているのだろう、その表情は先ほど号泣していた男にそっくりであった。もしかしたら大量の汗は極度の緊張から来ているのかも知れない。
 震えながら絞り出た言葉からは命乞い以外に、狙われる覚えがあることが見て取れる。ならば早く逃げれば良いものを悲しい事にその勇気すらないようだ。足が産まれたての小鹿のようになっているのが良い証拠だ。

「違うんだ、あれは俺の指示じゃなくて……そう! 部下が勝手にやったことなんだ。俺は組織を裏切るつもりなんてないんだ! 確かに俺が原案を考えたけど……でもやれって言ってない。だから俺は悪くない。うん、そうだ」

 支離滅裂とはこのことだろう、ローングの叫びは整合性の欠片もなく言い訳としても成り立っていない。自分が何を言っているのかもよくわかっていないのかもしれない。
 そのよくわからない言い訳の間、動かない足を忌々しそうに睨みつけながら腕の力だけで後退していくがここは室内であることを忘れてはいけない。密閉された限られた空間故にすぐに壁際まで辿り着いてしまった。首だけが右往左往しているのは生への執着故だろう。クモを見つければお釈迦様を連想してしまうのではないか、そう思えるほどに助けを求めているように見える。

「あんたが流した情報で組織が受けた損害は億は下らない。今更言い逃れは見苦しいぜ? それに部下の責任は上司が取るもんだろ?」

 極寒の大地を連想させるような底冷えした声を発した男は依然としてゆっくりと歩きローングとの距離を詰める。殺気でも放っているのだろうか、室内全てが重くのしかかるようなプレッシャーが渦巻いている。
 ここまで来てしまえば言葉すらも出てこないのか、先ほどまでうるさいぐらいの言い訳をしていたローングであったが完全に黙りこけてしまった。諦めてしまったように見える。
 だが、握りしめた拳から流れる少量の血と時折聞こえる歯ぎしりらしき音が生きることを諦めてはいないことを予想させる。案の定とでも言えば良いのだろうか、ローングは懐に隠し持っていた銃を抜き男へと構えた。

「くそぉ! 死ね!!」

 ローングの叫びと共にやけに大きな銃撃音が室内に反響する。狙いもつけていない素人同然の攻撃であったが、天が味方したのか銃弾は一直線に男へと向かっていき……着弾する前に忽然と消えてしまった。

「ば……ばけもの」

「まぁ間違っちゃいない」

 消えた理由は簡単な事であった。銃弾を銃弾で撃ち落とした、ただそれだけだ。先ほど銃撃音が大きかったのも二発分だとすれば納得がいく。
 だが、音速に反応し正確無比な一撃を放つなど並大抵な技量では到底成し得ない。そもそもが理論上可能であっても実行不可能な域だ。これでは化け物と呼ばれるのは致し方なく、また襲撃者本人もそれを肯定している。

「そろそろお別れだ」

 唖然としていたローングだが、いつの間にか男は目の前まで来ていて銃口が額に突き付けられていた。もはや起死回生の手などどこにもない、誰が見てもチェックメイトな状況だ。

「ただちょっと訂正していいか?」

「え?」

「俺はアミナス・メア。化け物を超す化け物……悪魔さ」

 世界で最も強く恐ろしいと言われる暗殺者『アミナス・メア』。ローングを地獄へ招待するべく現れた悪魔は無慈悲に引き金を引くのであった。 
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