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19.新しい二人
長い間、胸につかえていた棘が取れて、スッキリとした華とは裏腹に、帰りの電車の中からずっと、侑斗は無口なままだった。
今日の出来事は、侑斗にとっては初めて知った事実だから、心の整理がつくまで時間が必要だと、私はあえて話題にしなかった。
家に帰ってから夕食を終えて、ソファで寛いでいると、彼が口を開いた。
「華、もしもだけど、さっきの話がなかったら、俺の司法試験があったとしても、もっと俺達は一緒にいれた?」
「好きな気持ちをお互いに言えたら、一緒にいたと思う。
でも、侑斗は司法試験が終わるまでは、気持ちを口にしなかったよね?
私も本当は大学を卒業してから付き合いたかったし。
二人はそう思っていたんだから、変わらないんじゃないかな?」
「そうか。
母さんとのことがなかったら、華からもっと早く好きだと言ってくれることはなかった?」
「ないと思う。
少なくとも司法試験が終わるまでは、侑斗の気持ちを乱すようなことを私は言わなかったと思う。
だっていつの間にか、侑斗が弁護士になることは、私の夢にもなっていたの。
プレッシャーになるから、言わなかったけれど。」
「なるほどな。」
「うん。
結局、私達が私達である以上、変わらないよ。」
二人はお互いを思いあって、距離を置いていた。
だから、繰り返してみても同じ結果になる。
侑斗は小さくため息をつき、少し沈んだ声で続けた。
「俺はさ、華が変な男と付き合うの我慢して見て来たし、華が大学に通い始めた頃、距離を取られて辛かった。
もし、母さんとのことが無ければ、それがなかったかもしれないと思ったんだ。」
「それは、ごめん。
でも私は、侑斗と付き合えると思ってなかったから、違う人を探そうとしていたし、その後も侑斗に彼女がいるなら、甘えたらダメだと思って、大学の勉強に一人で集中していたの。」
「そうか。」
「お互いに好きな気持ちを言わないでいたから、両思いだって知らなかった。
でも、伝えたことで勉強に集中できないで、侑斗の司法試験が長引くのを二人は望んでいないから、これで良かったんだよ。
後半は私が誤解して、一人で頑張りたいと思っちゃったから、それはごめんだけど。」
「そうだな。
もっと一緒にいたかったけれど、何年も試験を受け続けることを考えたら、これで良かったんだろうな。」
「うん、私は努力して弁護士になった侑斗が好きだよ。
大学卒業した自分も気に入ってるし。
だから、これから二人の時間を積み上げていけばいいと思うの。」
「そうだよな。
でも、俺達が素直になったきっかけが、華の逮捕だったのは、すごい偶然だな。」
「えー、その話出しちゃう?
私、あれだけはもうごめんだよ。
すごい追い込まれたんだから。」
「うん、わかってる。
でも、あれが無かったら、大学卒業するまで、俺に会わなかったんだろ?」
「まあ、そうだね。」
「だったら、警察ありがとうだよ。」
「いや、ありがとうじゃないから。」
「冗談だよ。
でも、華なら何があっても挫けずに、すぐに前を向くよな。」
「それは侑斗が助けてくれるからだよ。
一人ならどうなってたかわからないもの。」
「大丈夫、俺は華を何度でも助けるから。
安心して。」
「ありがとう。
色々なことがあったけれど、侑斗がそばにいてくれるからもういいの。
二人が離れた過去の寂しい時間も、今の幸せを作るために必要だったと思うから。」
私はそっと侑斗にもたれかかり、腕を組む。
すると彼は私の背中に腕を回し、顔を私の髪に埋めた。
「俺も今幸せだよ。
華、愛してる、早めに結婚しよう。
すぐにできなくても、せめて一緒に暮らしたい。
婚約者としてなら、同棲もいいだろ?」
「そうね。
私も愛してるし、一緒にいたい。
二人で暮らして、式場決まったら、結婚しようか。」
すると侑斗は苦い顔をして、話し出す。
「わかっていると思うけど、あそこはダメだぞ。」
「ふふ、さすがに違う場所にするよ。
心配し過ぎ。」
「華は気にしなさすぎて、別にいいでしょって言いそうで怖い。
だって、あそこが気に入ったから、決めたんだろ?
華の趣味そのもので、キャンセルのために、足を運ぶのがつらかった。
いくら好きだからって、代わりに俺と結婚しようとは、言いたくなかったし。」
「本当、ごめんね。
いらないことを思い出させないところにする。」
「二人で探そうな。」
それから一年後のある日、私達は空と海が繋がったような高台に立つ教会で結婚することとなった。
チャペルの大きな扉がゆっくりと開くと、真っ白な光が差し込み、その奥に青い海が広がる。
その光景に胸の奥が熱くなるのを感じた。
光の中に立つタキシードの侑斗は、真っ直ぐに私を見つめている。
幼い頃から私を想い、一度もぶれなかったその瞳に、今日もまた守られている気がして、自然と笑みがこぼれる。
ロングドレスなのにバージンロードを歩く足取りは軽やかで、ゲストの拍手が波のように響く。
祭壇の前で侑斗と向かい合うと、彼はふっと柔らかく笑った。
「華、綺麗だよ。」
その小さな声は、私にだけ届くように囁かれた。
指輪を交換するとき、侑斗の手が温かくて、涙が滲みそうになる。
かつて留置場の冷たい独房で震えていた夜も、勉強机に並んで座った日々も、全部がこの瞬間につながっていると思うと、胸がいっぱいになった。
「誓いますか?」という神父の問いかけに、二人は迷いなく答える。
その瞬間、チャペル中に光が溢れたように感じた。
拍手と祝福の声が響き、侑斗は堪えきれないように私の手を握りしめる。
「華、ありがとう。
これからは、夫婦として一緒に歩こう。」
「うん、どんなときも二人で。」
二人の視線が重なり合ったその時、私達は変わらぬ愛を誓った。
数年後のある休日の午後、柔らかな風がカーテンを揺らしていた。
リビングには二人の子供である空(そら)の笑い声が響いている。
「パパ、こっち来て!
ブロック手伝って!」
小さな手に引っ張られ、侑斗は苦笑しながら腰を上げる。
「はいはい。
よし、じゃあ一緒に作ろうか。」
その横顔を、私はソファから静かに見守る。
忙しい仕事の合間でも、侑斗は空と向き合う時間を欠かさない。
真剣な表情で空とブロックを積み上げる姿は、まるで昔、机に向かって勉強に没頭していた少年の頃の延長のようで心が温まる。
「ねえ、侑斗。
あなたが父親になった姿、想像以上に素敵だよ。」
そう声をかけると、彼は一瞬手を止め、私に向かって柔らかく笑った。
「俺だって思うよ。
華が母親になったの、すごく似合ってる。」
「ふふ…ありがと。」
その何気ないやり取りが、胸の奥を温かく満たしていく。
あの頃。
侑斗と付き合えるようになるまで、ダメな男性と付き合ったり、未来を見失っていた自分がいたなんて信じられない。
でも、どんなに失敗しても、侑斗がいてくれたから、今のこの景色に辿り着けた。
空が歓声を上げるたびに、二人は顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれる。
彼と一緒なら、どんな道も歩んでいける。
私はそっと侑斗の肩に寄り添い、小さく囁いた。
「ねぇ、これからも、ずっと一緒にいてね。」
「当たり前だろ。
約束したから。
華と、空を一生守るって。」
完
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