僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩

文字の大きさ
8 / 9

8.庭園での夜会

しおりを挟む
「今日は、お招きありがとうございます。」

「いらしていただいて、ありがとうございます。
 私の名前の『マリア』と言う薔薇をぜひご覧になって。」

 キアリーニ公爵夫人は、誇らしげにピンクの薔薇を示す。

「ありがとうございます。
 楽しみにしていました。」

 そう言って、イヴァン様にエスコートされ、キアリーニ公爵の庭園を中心とした夜会に来ている。

 この庭園は、先ほどの薔薇を中心に左右にシンメトリーになっており、とても素敵だ。

 さすが夜会を開いて、皆さんを招待したくなる気持ちがわかる。

 薔薇が咲き誇るいい香りに包まれて、そこにいるだけで、幸せな気分になる。

 その庭園の一角に設けられたベンチに座り、私とイヴァン様は、ワインとお料理を楽しんでいる。

 隣に座っているイヴァン様は、相変わらずお花も似合ういい男である。

 一緒に夕食を食べて、離縁の提案をしてから、イヴァン様は、また考え込んでいるのか、私と直接話し合うことを避けているようだった。

 そうこうしているうちに、こちらの夜会に招待された日になった。

「イヴァン様、本日は、一緒に来ていただいてありがとうございます。」

「いや、こちらこそ光栄だよ。
 キアリーニ公爵の夜会に招待される者は、この王国の重要人物だってことを、知っているかい?」

「ええ、コーエンが、教えてくれましたわ。」

「そのコーエンと言う男は、邸にも出入りしている君のパートナーと聞いているけれども、どんな付き合いなんだい?」

「コーエンとは、仕事のパートナーですわよ。」

「それだけ?」

「はい。
 それ以外に何かありますか?」

「いや、彼は、優男との噂だから。
 もしかしたらと思ったんだ。」

「もしかして、私とコーエンが、男女の関係かと聞いています?」

「まぁ、そう言うことだ。」

「まさか私は、イヴァン様と結婚している限りは、そのようなことは、絶対にいたしませんわ。」

「信じていいのだろうか?」

「もちろんです。
 あなたの名誉を傷つけることは、いたしませんわ。」

「名誉を心配しているのでは、ない。」

「では、なにを?」

「君は、僕と離縁を考えていると言ったね。」

「はい、イヴァン様にこれ以上、不快な思いは、させたくないと思いまして。」

「僕は、君とのことを、不快とは思っていない。」

「そうなのですか?
 お気持ちが変わりましたか?」

「最初は、君のことを兄にお似合いの女性なのかと思っていた。

 兄と結婚するぐらいだからね。

 だけど君は、母上の暮らしを支えるために、結婚したと話していた。

 だったら、兄のことが、好きだったわけじゃないのかもしれないと思ったんだ。」

「はい、すみません。

 イヴァン様にも、失礼なのでお伝えしていませんでしたが、私はファルター様を好きではありませんでした。

 もちろん感謝はしておりますけれども。」

「謝ることはない。

 君は勘違いしている。
 僕は兄のことが嫌いだった。」

「えっ。」

 私は言葉を失った。

「ああ、そうなんだ。

 包み隠さず言えば、僕は大嫌いだった。
 父のことも嫌いだし。

 だから、距離を置いていたんだ。」

「そうでしたの?
 びっくりしました。」

「ああ、君が兄を好きだったとしたら、君には絶対に言わなかったと思う。

 でも僕は、もれなく兄と付き合っていた女性達も嫌いだったんだよ。

 男癖が悪くて、僕にも媚を売って来て、僕のベッドに忍び込もうとするやつまでいて、嫌になって、生家から早くに出たんだよ。

 それ以降は、交流も全くしていなかったから、君と結婚していたことも、知らなかったくらいなんだ。」

「そうだったんですね。」

「だから最初、君のこともそんな女性の一人だと思って、下手に近寄られないように、きついことを言ってしまった。

 申し訳ない。
 反省している。」

「そう言うことだったのですね。

 私は、ファルター様のお下がりみたいな私が、嫌なんだと思っていました。」

「そのことは、まぁ、嬉しくはないけれど、仕方がないと思っている。

 それよりも、関わっていくうちに、君の人柄が好きになっていた。

 何度もやっぱり、違うんじゃないかと、思ったり、疑ったりしたけれど、結局僕は、君が気になって仕方がなかったんだ。

 だから、君に離縁の提案をされた時は、堪えたよ。

 僕は、君と離縁したくないんだ。
 君は、僕が離縁したくないと言ってもしたい?」

「私は、イヴァン様が、私を受け入れてくれるのなら離縁したくないです。

 私のことを普通の夫婦みたいに、好きになってくれますか?」

「もちろんだよ。
 むしろもう好きだよ。」

「嬉しいです。」

 「最近では、どうやってソフィアに、僕を好きになってもらおうかと、悩んでいるんだ。」

 そう言って、イヴァン様は、素早く私の口にキスをした。

 一瞬だったけれども、私にとっては初めての口へのキスで、みる間に顔が赤くなる。

「私の初めてのキスです。

 あっ、ほっぺになら、ファルター様に結婚式で、されたことがありますけれど。」

「えっ?」

「えっ?」

「ちょっと意味がわからない。
 僕と、初めてのキスっていう意味だよね?」

「いいえ、私の人生で、初めてのキスと言うことです。」

「えっ?」

「えっ?」

「じゃあ、もしかして、兄さんとは、キスをしないでしてたってことかい?

 そんなことがあるのか?」

「ファルター様とは、手も繋いだことがありません。

 それどころか、誰とも手を繋いだことがありません。

 エスコートは、されたことがあるので、腕は組んだことがあります。」

「まずい。
 ますます混乱する。

 じゃあ、キスもしないで、手も繋がずってこと?」

「イヴァン様が、何の話をしているのか、わからなくなって来ました。
 
 私は、ファルター様というより、誰とも何もないです。
 恋人もいませんでしたし、白い結婚でしたから。」

「そうなの?
 僕だけじゃなくて、兄とも白い結婚なの?」

「はい。」

「ごめん、衝撃が強くて、頭の整理がつかない。
 とりあえず、手を繋いでいい?」

「はい。」

 私は、恥ずかしいけれど、イヴァン様と手を繋いでみたくて、手を差し出す。

 その手をイヴァン様が掴んでくれた。

 二人はそれぞれの思いで、しばらくその繋がれた手を眺めていた。






しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

婚約者の心が読めるようになりました

oro
恋愛
ある日、婚約者との義務的なティータイムに赴いた第1王子は異変に気づく。 目の前にいる婚約者の声とは別に、彼女の心の声?が聞こえるのだ。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

わたしはただの道具だったということですね。

ふまさ
恋愛
「──ごめん。ぼくと、別れてほしいんだ」  オーブリーは、頭を下げながらそう告げた。  街で一、二を争うほど大きな商会、ビアンコ商会の跡継ぎであるオーブリーの元に嫁いで二年。貴族令嬢だったナタリアにとって、いわゆる平民の暮らしに、最初は戸惑うこともあったが、それでも優しいオーブリーたちに支えられ、この生活が当たり前になろうとしていたときのことだった。  いわく、その理由は。  初恋のリリアンに再会し、元夫に背負わさせた借金を肩代わりすると申し出たら、告白された。ずっと好きだった彼女と付き合いたいから、離縁したいというものだった。  他の男にとられる前に早く別れてくれ。  急かすオーブリーが、ナタリアに告白したのもプロポーズしたのも自分だが、それは父の命令で、家のためだったと明かす。    とどめのように、オーブリーは小さな巾着袋をテーブルに置いた。 「少しだけど、お金が入ってる。ぼくは不倫したわけじゃないから、本来は慰謝料なんて払う必要はないけど……身勝手だという自覚はあるから」 「…………」  手のひらにすっぽりと収まりそうな、小さな巾着袋。リリアンの借金額からすると、天と地ほどの差があるのは明らか。 「…………はっ」  情けなくて、悔しくて。  ナタリアは、涙が出そうになった。

【完結】「婚約者は妹のことが好きなようです。妹に婚約者を譲ったら元婚約者と妹の様子がおかしいのですが」

まほりろ
恋愛
※小説家になろうにて日間総合ランキング6位まで上がった作品です!2022/07/10 私の婚約者のエドワード様は私のことを「アリーシア」と呼び、私の妹のクラウディアのことを「ディア」と愛称で呼ぶ。 エドワード様は当家を訪ねて来るたびに私には黄色い薔薇を十五本、妹のクラウディアにはピンクの薔薇を七本渡す。 エドワード様は薔薇の花言葉が色と本数によって違うことをご存知ないのかしら? それにピンクはエドワード様の髪と瞳の色。自分の髪や瞳の色の花を異性に贈る意味をエドワード様が知らないはずがないわ。 エドワード様はクラウディアを愛しているのね。二人が愛し合っているなら私は身を引くわ。 そう思って私はエドワード様との婚約を解消した。 なのに婚約を解消したはずのエドワード様が先触れもなく当家を訪れ、私のことを「シア」と呼び迫ってきて……。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

完結 愛人と名乗る女がいる

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、夫の恋人を名乗る女がやってきて……

処理中です...