悪魔

夕時 蒼衣

文字の大きさ
4 / 14

小さな少女

しおりを挟む
 「ねえ、ねえ。」
 小さな女の子の声だけが私の耳に聞こえる。よく聞こえない。白い靄がかかっていて、少女の様子がこちらからは窺えない。その少女のことが、私は無性になぜか気になった。気が付けば私はその声が聞こえるほうへ歩いていた。私にこんな小さな知り合いなどはいない。しかし知っているような気がした。会って今すぐにでも確かめなくてはならないという、衝動にかられた。少しずつ視界が明るくなっていく。鮮明に。
 誰だろうか。見たことのない女の子がそこにいる。まだやっと、小学校に上がったばかりのような年齢だろう。私に、その女の子は気が付いていないようだ。その、まだあどけない表情で少女は誰かに話しかけている。奥に体格の良い、身長はそこまで高くないが、まだ若い男が立っていた。きっと、あの少女の父親だろう。こちらに気が付いてもよさようだが、やはりその父親も私には気が付かない。こちらからは、はっきりと見えているのに向こうからは見えないなんて可笑しなことがあるだろうか。何か、壁でもあるのだろうか。向こう側には何か結界でも張ってあるのだろうか。もしかしたら、こちらのほうが次元か何かが高くて向こうが見えるが、向こうからしてみれば、もともとない概念であり、当然こちらは、ないものであるとかはどうだろうか。言っていて自分で半ばわからなってきた時、また少女の声が聞えた。
「あのね、お父さん。」
お父さんと言われたその男は、少女の声に気が付きこちらに振り返った。その男に当然ながら私は会ったことなど無かった。ただ、人の好さそうな男性だった。
「わたしは、今、夢を見ているの。」
そうか。一本取られたと思った。そうか、こんなことも分からなかったなんて自分がいかに愚かだということを思わされた。しかもまだ、こんなにも小さな少女に。そうか。私は夢を見ているのか。なるほど。確かに言われればそうだ。納得である。夢だとすれば、誰も私に気が付かないのも納得である。簡単な話ではないか。実に馬鹿だと思った。
「何言っているんだい?今、こうして、お父さんとお話ししているじゃないか。寝ぼけているのかな。」
この会話を聞いてなぜか可笑しくなってきた。笑いを抑えるのに必死で気を抜けば吹き出してしまいそうだ。なぜかだって。一番この状況を理解しているのは下手に年を取っただけの大人ではなく十歳にも満たない幼い女の子だからである。父親すらそんなことに気が付かず、むしろ、自分が正しいと思い娘を疑っているではないか。そんな会話が無性に聞いていて可笑しくなった。
「ううん。夢を見ているの。」
もう一回それを聞いて、今度は父親がわかったよ、折れたよ、お父さんの負けだとでも言うように少し肩をあげてから娘に笑いかけた。私にはわかる。それは本当の父親の笑顔だった。娘がこれでもかというくらい、娘が大好きな父親の顔だった。どんなことがあってもきっと、この人はこの子の父親なのだと思った。それくらい、その父親の笑顔には愛が溢れていた。
「お父さん、大好きだよ。」

 目が覚めた少女の目には、涙が溜まっていた。
「父さん…」
彼女はそう呟いた。懐かしい父親の顔を忘れないように何度も何度も思い出しながら。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

元婚約者のあなたへ どうか幸せに

石里 唯
恋愛
 公爵令嬢ローラは王太子ケネスの婚約者だったが、家が困窮したことから、婚約破棄をされることになる。破棄だけでなく、相愛と信じていたケネスの冷酷な態度に傷つき、最後の挨拶もできず別れる。失意を抱いたローラは、国を出て隣国の大学の奨学生となることを決意する。  隣国は3年前、疫病が広がり大打撃を受け、国全体が復興への熱意に満ち、ローラもその熱意に染まり勉学に勤しむ日々を送っていたところ、ある日、一人の「学生」がローラに声をかけてきて―――。

白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは

紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。 真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。 婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。 白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。

処理中です...