終末のSSR ―最強おじさんの戦闘アイドル育成プロジェクト―

白猫商工会

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第03章

第52話 未踏領域へ

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俺たちが調査を始めてから、一週間が過ぎた。

目的はミスリル鉱床の特定。
メタルモンスターの出現位置とドロップ品をマッピングし、その分布から有力ポイントを絞り込む作戦だ。

……だが、二度目のミスリルのドロップはいまだなし。

調査期間には、まだ余裕がある。
けれど、焦りがないと言えば嘘になる。

一日あたり百八十万G。
レッドストーン採掘場の仮眠室利用料が、ずしりと重くのしかかる。

俺一人なら野宿でも構わない。
だが、まだ経験の浅い三人には第三層の灼熱環境は過酷だ。
しかも、ランクN魔法使いの政臣までいる。

なんとか、あと十日ほどで結果を出したいところだった。

とはいえ、ユニゾン技の精度は確実に上がっている。
あれから実地訓練を重ね、梨々花はもう俺の補助なしで土のランスを生成できるようになっていた。

そして今日。洞窟前でのブリーフィング。

山本先生がタブレットを操作し、地図を拡大する。
眉間に皺を寄せて、静かに言った。

「メタルモンスターは、ある程度まとまって出現していますけど……。
最初に遭遇した亜竜、あれは縄張りを持たない“はぐれ”かもしれませんね」

モンスターにも縄張りがある。
最初にミスリルをドロップした亜竜の出現地点近くに鉱床がある――俺たちはそう推測していた。

だが、もしあれが追い出された個体だとしたら、範囲の特定は一気に難しくなる。

そのとき、由利衣がゆっくりと手を挙げた。

「あの……この洞窟、未踏領域があるんですよね?」

穏やかな声。だが、その一言に場の空気がぴんと張る。

その通りだ。
火山活動の影響で、この一帯は数十年単位で地形が変化している。
洞窟の奥では、溶岩流が新しい道を穿ち、古い道を塞ぐ。
つまり、定期的に“地図の描き直し”が必要な場所なのだ。

ただし――ここは第三層の中でも危険地帯。
ボス討伐以外の目的で潜る冒険者はほとんどいない。
だから、メインルート以外は長年放置されたままだ。

そしておそらく――
その未踏領域のどこかに、ミスリル鉱床がひっそりと眠っているのだろう。

……まったく。こんなお宝を仕込むとは、精霊も味な真似をしてくれる。

だが、未知だからこそ未踏領域。
洞窟の全体像など、誰にも分からない。

そのとき、由利衣が梨々花に向かって静かに言った。

「梨々花……。防御結界なしで、やってみたいことがあるの。
その杖の氷で、周囲を冷やせない?」

「どういうことだ?」

俺が尋ねると、由利衣はふわりと微笑んだ。

「わたしの索敵レーダーを、延ばせるだけ延ばしてみたいんです。
洞窟の地形を、“感じ取れる”かもしれないから」

索敵レーダーによる地形スキャン、か。
理屈は通っているが、そんなことができるのか?

――いや、由利衣なら。不思議じゃない。

俺たちは洞窟の入口に立つ。

梨々花がアイシクルワンドに水属性の魔力を流し込むと、音もなく氷の壁が現れ、周囲の熱気をすっと吸い取っていった。

由利衣が結界を解除。

来奈は「暑い~」と呻きながら、氷に頬を押しつける。
それでも、確かに空気が軽くなった。
厳しい環境だが、これなら耐えられる。

「山本先生、タブレットを……」

由利衣の声に、山本先生は無言でタブレットとペンを渡し、その体をそっと支える。

――次の瞬間、由利衣の身体から力が抜けた。
深い眠りに落ちるように、すとん、と。

そして。

タブレットの上で、由利衣の手が勝手に動き始めた。
ペン先が走り、地図が次々に描かれていく。
ついでにモンスターの出現位置と種別まで。

まさかの――眠りながらの自動書記。

どこから突っ込めばいいのか分からない。

女教皇の魔眼能力は、回復と絶対防御のはずだ。
この新機能は、いったいどこから出てきた。

……だが結局のところ、
こういう“謎の進化”こそが、俺たちの冒険を前に進めているのだ。

梨々花が満足そうに目を細める。

「さすが、天才ね。
防御、回復、索敵、殲滅……そして作戦支援まで。
なんて欲張りセットなのかしら」

まったく、その通りだ。
器用貧乏を超越した万能型。

癒し担当かと思いきや――
うちでいちばんえげつない戦闘民族。

それが、黒澤 由利衣。

ひとしきり洞窟内の走査が終わると、由利衣はゆっくりと目を開けた。

タブレットに映し出された地図を見つめ、静かに一点を指差す。

「ここ、大きな空洞がありますね。
……洞窟の外に続いていると思います」

なるほど。

複雑に入り組んだ通路を抜けた先に、ぽっかりと大空間が広がっている。
既存の地図には記載のない領域だ。

しかも、その広さはスタジアム数個分――洞窟内とは思えない規模。
おそらく火山帯の外側へ通じているのだろう。

ミスリルがあるかどうかは分からない。
しかし、調査してみる価値は充分にある。

……ただ、気になるデータがいくつかあった。

大空間へ続く直前に、やや広めの空洞がある。
おそらく洞窟内部だろう。
だが――そこにいるモンスターの魔力反応が、桁違いにデカい。

一体だけの反応。
だが、この第三層どころか第四層のボス級をも上回る可能性がある。

さらに外と思われる空間には、異常な数のモンスター反応。
個々の魔力量はさほどでもないが、数が尋常じゃない。
ざっと見積もっても、数百。
下手をすれば、物量で押し潰される。

どちらにしても、由利衣のデータベースには登録なし。
モンスター名――UNKNOWN。

未知に対して、この戦力では……。

そう考えていた俺の表情を見て取ったのか、梨々花が静かに――けれど確かな圧を放った。

「先生……。私は絶対に諦めません。
どんな怪物が出てきても、私は先生を信じています。
だから――先生も、私たちを信じてください」

その真っすぐな瞳。
覚悟は、間違いなく本物だった。

だが、冷静な状況認識をするのが俺の役割だ。

「分かった。行こう」
俺は静かに告げた。

「ただし、あと一人だけ。ここぞという戦力を投入する。
その判断は、俺に任せてくれ」

梨々花は黙って頷いた。

俺は視線を政臣に送る。
察したように、政臣は懐から通信用魔導ギアを取り出し、無言で差し出した。

スマホは使わない。
通信傍受のリスクを徹底的に排除するためだ。

この魔導ギアは、近代科学よりも前の遺物。
だが――こういう時こそ本領を発揮する。

魔力を流す。
青白い光がほとばしり、低い共鳴音が洞窟の空気を震わせた。

それは、俺たちと学院長をつなぐホットライン。

「……もしもし」

俺の声が、静寂の中で反響した。

***

「先輩……隠れてこんな極秘ミッションだなんて。
引退してやる気ないなんて言ってたくせに、まだまだ熱いじゃないですか」

からかうような麗良の声。

翌日。
俺たちは洞窟前で麗良と落ち合っていた。

学院長には独自のネットワークがある。
特に麗良のような現役SR魔法使いとは、極秘連絡を取るための手段を持っていたのだ。

そして。
麗良は深層攻略の最中にもかかわらず、即座に駆けつけてくれた。

――俺の元パーティ仲間にして、日本のレイドトップランカー。

頼るとすれば、こいつ以外にはいなかった。

俺はフンと鼻を鳴らす。

「まあ、おかげさまでな。
いまは十年ぶりの冒険を楽しんでる。……忙しいのに、悪かったな」

麗良は小さく首を振った。
鮮やかな赤髪がさらりと揺れる。

「……深層攻略、思ったより手こずってて。
だから、早く先輩とSSRのみんなが来てくれないと。
――本当に、楽しみにしてるんです」

その言葉に、穏やかな笑みを添える。

来奈はもう抑えきれないとばかりに飛び跳ねた。

「すげーっ!!
本当に近藤 麗良さんと一緒に戦えるなんて!!
あたし、ずっと憧れてたんです!!」

目を輝かせ、全身で喜びを表す。

……俺と初めて会った時とは、えらい反応の差じゃないか。

梨々花と由利衣の表情も、パァァッと明るくなる。
その眩しさに、なんとも言えない気持ちになる。

――いや、分かるが。
けど、このやるせなさはなんだ一体。

すると、俺の背後から山本先生の声がかかった。

「近藤先輩。お久しぶりです」

山本先生がにこやかに頭を下げた。
なんでも、麗良は魔戦部がまだ創立したばかりの頃、実技指導として今の尾形のような立場にいたらしい。
つまり、山本先生の学生時代の師というわけだ。

「ミレーヌさん、すっかり教師なのね。
あの頃は、三十人くらいの男子を一列に並べて、頭の上の林檎を次々に矢でぶち抜いて……。
ほんと、頼もしい戦闘狂だったのに」

麗良は懐かしそうに笑う。

――いや、それは今でもいささかも衰えていない。

ともあれ、みな同じ学院の生徒とOB。
急ごしらえの混成パーティとはいえ、悪くない布陣だ。

梨々花も、俺たちだけで作戦を遂行することにこだわるかと思いきや、助っ人が麗良だと知った瞬間、このテンション。

協力関係としては、申し分なし。

問題は――どんな地獄が待っているか、だけ。

麗良は口角を上げて、俺に笑みを向けた。

「先輩……もしかして、ビビってます?
ブランクありますからねー。もうおじさんだし。
一緒にダンジョン潜ってたときは、あんなに頼もしかったんですけど」

言ってくれるじゃないか。
俺はその挑発に、あえて乗ってやる。

「お前……五層でゾンビの群れに腰抜かしてたくせに、いっぱしの口きくようになったな。
俺の腕が鈍ってるかどうか。見せてやるよ」

そして、新たな戦力を得た俺たちのパーティは、第三層の未踏領域へと踏み出した。
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