霧の中に悪魔がいる

full moon

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第五節

夜の息づかい(3)

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 私は四人席の長椅子に横になると、いつの間にかに寝ていたようだ。

目を覚まして、上体を起こす。

そこには誰一人として居なかった。

ランタンの火も弱く、店内は、どんよりしている。

店内の床には、老父の死体が横たわっている。

私は徐に立ち上がる。

脳の奥のほうで、ずんずんと重苦しい頭痛がする。

ガラスが割れたような視界は無くなっている。

妻と娘を探した。店内には居ない。

厨房へ向かった。

娘を見つけた。

厳重に塞がれていた排水溝の鉄格子が外れている。

娘は排水溝を覗き込んでいた。

「危ないから、こちらに来るんだ」

私は娘に言う。

娘は私に反応せず、排水溝の中に入っていく。

私は慌てて娘へ駆け寄る。

しかし、間に合わなかった。

娘は、するすると排水溝の中へと入っていった。

私は排水溝を覗き込む。

ヘドロがびっしり付いていて、漆黒の闇で先が見えない。

私はランタンを持って、再び排水溝の中を覗く。

排水溝は緩やかな斜面を下っていく構造のようだ。

私は考える余地も無かった。

娘を追って、排水溝へ入った。

大人の背丈では、ほふく前進で進むのがやっとだった。

ランタンで先を照らすと、娘の姿が微かに見えた。

四つん這いになり、はいはいで先に進んでいる。

娘以外に何も変わり映えのない光景が続く。

その視界で娘の小さな臀部が左右に揺れ動く。

左右に揺れ動く臀部を見ていると、ふわふわと体の毛が逆立ち始める。

なんだこの感じは。

お酒に酔ったような高揚感だ。

娘との距離が段々と遠くなっていく。

急いで左右の腕を動かすも、ほふく前進では追いつかない。

ランタンの光が娘を捉えられなくなった。

私は、ほふく前進を止めた。

目的を見失った私はふと我に返る。

呼吸が早く、比例して、鼓動も小刻みに叩いている。

ぱっぱっとランタンの灯火が点滅すると、遂には消えた。

完全に真っ暗闇となり、視界は失った。

ふと気づけば、目を凝らして、視界を捉えようとする。

しかし、当然、何も見える事が無い。

この細い排水管を戻るのは難しい。

ゆっくり一つ一つ前に進もう。

次第に視覚から聴覚を信じるようになる。

どこだろうか。

ぽちょん、ぽちょんと一定の間隔で滴る水の音が聞こえる。

ほふく前進する両腕は動かす度に、ぐちょぐちょとヘドロを巻き込む。

足は、ざっざっと衣類の擦れる音がする。

しばらく進むと、ほふく前進する両腕に何やら当たった。

手を前に伸ばして確認する。

行く先が鉄格子で封鎖されていた。

鉄格子の向こうは仄暗い空間があった。

どこかの施設だろうか。

四方がコンクリートの廊下のようだった。

鉄格子の向こう側を見ていると突然、目の前に足が現れた。

思わずびくっと体を固める。

その足は間違いなく娘の足だ。

私は鉄格子に両手をかけて、開けようとする。

しかし、びくともしない。

娘は、たたたたたと廊下の奥へと駆けていった。

「待って!」

ずっと腹這いになっていた為か、上手く声が出せなかった。

鉄格子から手を離した。

望みが絶たれ、力が抜ける。

ふと、私の足の方向から何かが近づく音が聞こえる。

私は顔を足元に向ける。

ぴちゃ、ぴちゃと段々と近づいてくる。

そして、その音は、私の足元で止まった。

獣のような息づかいを感じる。

目を凝らした。

微かに姿が見えた時、私は驚愕した。

赤い目を光らせた大型犬だった。

腹を空かせているのか、欲望のままに牙を剥き出しにしている。

今にも、私に襲いかかりそうだ。

私は目の前の鉄格子に目線を向ける。

鉄格子を外そうと強く力を入れる。

がたがたと何度も力を入れるも開かない。

冷や汗が、額を流れる。

手に汗が滲み、鉄格子から手を滑らせる。

再び、大型犬に目線を向けた時、大型犬は私の脇腹の隣に居た。

そして、大きく口を開け、私の脇腹に目掛けて、素早く鋭い牙を立てた。

複数の牙が私の脇腹に食い込む。

恐怖心で高揚しているのか、痛みを感じない。

どうしてだろうか。

抵抗しようとも思えない。

どこか、恍惚感さえ感じる。

脇腹から腸が飛び出た。

大型犬は、腸を引きずり出して貪る。

私の腹部の内側は意図としない腸の動きを感じる。

直接内臓に触れられているような感覚だ。

気が付けば、周囲は真っ暗闇になり、何も見えない。

真っ暗闇では、目を開けている事すらわからない。

ただ、内臓をどんどん食べられている感覚だけが全身に伝わってくる。

真っ暗闇では、今、私がどのような格好をしているのかもわからない。

体が形状を保っているのかすら、明確な根拠を見つけられない。

遂には、私の体が貪られる感覚すら無くなった。

もうすでに体は全て無くなっているのかもしれない。

しかし、それを根拠付ける事が出来ない。

何故なら、今ずっと様々な事を考えているからだ。

思考が続いている限り、生きていると存在していると判断してしまう。

不意に思った。

思考が邪魔だって。
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