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49 やはりアイツが悪人
しおりを挟むお腹が満たされた二人が宿を探している途中、路地の方から町中には不似合いな剣戟の音が聞こえてきた。
今日は一度も魔法を使っていない。知らぬ振りをするのも躊躇われたため、ソラはフェイに声をかけて覗いてみることにした。
「あれは──さっき迷子を探していた騎士さんだね」
戦っていたのはソラがエメラルドグリーンの飲み物に夢中になっている時に前を通過していった鎧の騎士たちだった。そして、彼らが戦っている相手を見て驚いた。
ケーキショップでわがまま放題だった男の子を背中に庇う、護衛の男だったからだ。
二対一だが戦況は拮抗しているようだ。
「仕方がないな、加勢するか。ほんと、嫌だけど」
「えっ、どっちに?」
フェイがため息まじりに呟いた。しかし、どちらに加勢すればよいのかソラはよくわからなかった。
物語ではこういった場合騎士が『悪』のパターンが多いが、ソラの印象的には──
「あの偉そうな令息が悪人ってことでいい?」
やはりあの横柄な態度は善人のものとは思えなかったし、至る所で人を不快にしていそうだ。
そんなことを言うソラに、フェイがニヤリと笑って言った。
「そうだね、腹が立つからどさくさに紛れて一発いれてもいいかもしれないね」
ではやはりアイツが悪人──ソラがそう確信し、拳を握りしめる。
「あの騎士の鎧の紋は隣国バーンスタイン王国のものだよ。
そしてアレ──いや、彼はそのバーンスタイン王国の第二王子、オベルト・バーンスタインだよ。
なんで自国の騎士に襲われているのかは分からないけどね」
フェイがそう言ったとき、背後に複数人の気配がした。
「チッ」
オベルトは舌打ちをした。
バーンスタイン王国では何かと規則に縛られていた。
元々多忙な父とは殆ど会えず、国の法とかで側妃である母とは別々に暮らしていた。六才の時、ある出来事を切っ掛けに唯一家族として一緒に過ごしていた兄とも会えなくなり、十才を過ぎた頃からは公務だ執務だと毎日分刻みのスケジュールを組まれるようになった。私的な時間は一切無し。両親には会うことがあっても、公務の時で他の誰かが常に隣にいる状態。家族で話すどころか共に食事を摂ることも出来ず、常に独りで過ごしてきた。
それから七年。
友好国である隣国のファランドール王国から王太子の婚約の儀と婚約披露パーティーの招待状が届いた。
通常、婚約関連があれば婚姻関連の行事へと続く。その期間は一年以上空くが、そのどちらにも国王が出向くわけにはいかない。
しかもかなり急な招待であった。そのため今回の「ファランドール王国の婚約関連の行事への参加」という公務が比較的自由の利くオベルトに回ってきた。
初めての外国。
祖国ではクラスメイトと話すことも許されず、全く自由がなかった。
折角堅苦しい王宮を出て隣国に旅行に来たのだ。少し自由に行動したいと思ったが、オベルトの兄であるフォスター第一王子の命で護衛として帯同することになったAランク冒険者『暁の庇護者』が、いつも目を光らせているためそれもままならなかった。
しかし、その『暁の庇護者』が王都の隣、比較的賑やかな街に到着したところで所用があると言ってオベルトのそばを離れたのだ。
チャンスだと思った。
護衛は多いがここは旅先だ。隙も多い。『暁の庇護者』がいない以上、抜け出すのは簡単だった。
生意気にも王族であるオベルトの命に逆らい止めようとする護衛騎士のルクスを叱責し、ホテルを抜け出した。使用人なら使用人らしく、主人につき従っていればいいのだ。
時間は有限だ。道行く裕福そうな平民を一人止めると、金貨を握らせ旨い店を訪ねた。金貨を見た娘は笑顔でこの町で有名な店をいくつか教えてくれた。
「貴族なら専用の個室があるから店員に声を掛けると良い」そう教えてくれたのもその平民だった。
なのに──
「ただいま個室は先客がおりまして、一般席をご利用いただくか、予約を取っていただくのが確実かと思います」
詳しい素性は分からないとはいえ王族であるオベルトが利用してやると言っているのにも関わらず、店員は遠回しに出直してこいと言ったのだ。
こんなところにこの国の王族が来るとは思えない。オベルトより身分の低い先客など察して追い出すべきだろう。
オベルトはルクスが「出直しましょう」と言っているのを無視し、店員に高圧的に言い放った。
「俺を誰だと思っている!お前の首など俺の一声で簡単に飛ぶんだぞ!この俺に平民と共に席に着けというのか!?先客がいるなら追い出せばいいだろう!!」
しかし、何を言おうとも店員がオベルトの意を汲むことはなかった。それだけでなく「あなた様がどなたかは存じませんが──」と、言い返してきたのだ。
そこに口をはさむ者がいた。
「店長。ボクたちは終わったから、その人たちを通して上げて──」
見ると、そこには個室から出て来たらしい二人の女が立っていた。一人は紫の髪に金目、もう一人は空色の髪と瞳をしており、所作と佇まいは洗練されているようだが貴族かどうかも分からない出で立ちだった。
オベルトに部屋を譲るために出て来たのか。良い心掛けだと思っていたら、ただ食事を終えただけだったようだった。
おまけにオベルトに面と向かって「君が誰だろうと興味はないよ。こんな街中の喫茶店で人目も気にせずわめき散らし、店員を脅すマナーも知らぬ輩が誰かなんて、知りたいとは思わないよ。関わりたくないからね」と言い放ったのだ。
しかも完全に馬鹿にされたと気付いたオベルトが名乗ろうとすると、「今更名乗っても恥ずかしいだけだ」とまで言ったのだ。
店員が個室に入り片付けている気配を感じた。一体何皿食べたのか、中から大量の皿が出て来た。オベルトがそのことに驚いていると、さっきの女の声が聞こえて来た。
「皆様、ご歓談中に不快な想いをしてしまいましたわね。本来なら無作法を重ねた輩が手配するべきなのですが、彼はそのようなマナーもご存じないかと思われます。なので、代わりに私が騒がせたお詫びに本日の飲食代を支払わせていただきますわ」
「・・・ご案内します」
店長と呼ばれた店員がオベルトと申し訳なさそうに頭を下げるルクスを個室に通した。
本当は既にこの店で食事をするような気分ではなくなっていたのだが、あいつらの出て行った後、盛り上がる一般客のいるあの場を通る勇気は流石になかった。
この店を教えてくれた平民の言う通り注文したケーキは美味しかった。
こんな気分でなければもっと楽しめただろう。
教えてもらった店をすべて回り、ホテルに戻ろうと人通りの少ない路地に入った頃には既に日は傾きかけていた。
「ほら、何事も起こらなかっただろう。ルクスは心配しすぎなんだよ」
オベルトがそう言った時、正面から見知った紋を付けた鎧を纏った二人の騎士が近付いてきた。
「とうとう見つかったか。まぁ、流石に疲れたし、目的は果たしたから今日のところはよしとするか」
オベルトはそうつぶやくと、騎士の方に手を上げ自分はここだと合図した。
するとそれを見た騎士が「やっと見つけたぜ」と言ったのだ。その言葉遣いにオベルトは眉根を寄せた。
そしてもう一人の騎士はオベルトを目視した時点でオベルトが見つかったという合図だろうか、何かの魔法を放ったのだ。はじめて見る魔法だが、自分が知らないだけで騎士団では普段から使われている狼煙の類いの魔法だろうと思った。知らぬ魔法よりも騎士の態度が気になったオベルトは、苦言を呈してやろうと騎士の方に歩みを進めた。その時──。
「オベルト様、来た道を戻りましょう。広い道に出るのです」
ルクスがオベルトの腕をつかみ、力強く引っ張った。
「ルクス!何を言っているんだ」
騎士の態度も気に入らないが、疲れた主の様子も察することの出来ない護衛騎士の態度も気に入らない。いい加減疲れていたオベルトは立ち止まり、振り返ると自身の腕を掴む護衛騎士の腕を思い切り振り払った。
「ホテルまでならこの道が近いし、態度は気に入らないが騎士も迎えに来ている。何より俺は早く風呂に入って休みたいんだ」
オベルトはそう言ってルクスを責めたが、急に険しくなったルクスの視線が自分を通り越し、二人の騎士の方に向いたことに気付いた。
オベルトが異変を感じ振り向くと、騎士が剣を抜き、オベルトめがけて降り下ろそうとしていたところだった。
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