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2 え、やだ。面倒くさい・・・
シエルはとある開店前の紅茶店に裏口から入り、カウンター席に腰を下ろした。
令嬢としてはテーブル席以外に掛けるなんてあり得ないことだが、今は開店前でカーテンが引いてあり外から店内は見えないからよしとする。
紅茶以外何も出さないこのお店は通常の喫茶店に比べて開店後もお客さんがほとんどいな──いや、少ない。
「指示通りにしたけれど──あれで良かったのかしら」
先日、シエルは仕事であの喫茶店にいた。
令嬢が一人であのような街角に立っているのも一人で喫茶店に入るのも不自然なので、友人をお茶に誘ってあの喫茶店に誘導した。
詳しくは聞かされていないが「重要な商談に向かう貴族家の馬車に、それを阻止したい派閥からの依頼を受けた男性が、体を張って馬車を止めようとするので阻止する」というのが今回の仕事だった。
そのためシエルは現場に出向き、男性を『スキル』で止めたのだ。
シエルはあの時のタルトと紅茶代金の領収書を、カウンターに立つ男性にそっと差し出した。こちとら子爵令嬢とはいえ学生だ。必要経費はきちんと請求する。
「あぁ、顔面から派手に転んだらしいな・・・例の貴族家は時間通り目的地に着いたらしい。任務成功だな」
男性は領収書を受け取るとすぐに清算してくれた。正直助かる。
給料はもらえるが「子爵令嬢」として「影の給料」を受け取るわけにはいかないため、成人してからの受け取りになっている。
それまではお小遣いで賄っているので、後払いは困るのだ。
「だって私があれを止めようと思ったら根っこで転ばせるしか方法がないのだもの」
あの日シエルが『王家の影』にスカウトされてから一年が経とうとしていた。
『王家の影』には二種類ある。
ひとつが物語に二登場するような国王直属の『王族の影』。そしてもう一つが民に紛れて生活している『王都の影』だ。シエルは後者。
大きく違うのは『王族の影』はその仕事内容からお互いの正体と『王都の影』のことを把握しているが、『王都の影』はお互いに正体を隠しているということだ。
『王都の影』は貴族や学生、平民を含み、お互いの正体を知ると日常生活に支障が出る──というのが理由らしいが、「『影』をしていること自体が生活の支障だ」とは言ってはいけないらしい。
そしてその「支障」を相談したり、基本個人行動である『王都の影』を取りまとめたりする役割を担っているのがこの紅茶店のマスターだ。彼は当然『王都の影』にも『影』であることが知られており、すべての『王都の影』とそのスキルを把握しているリーダー的存在だ。
シエルたち『王都の影』は上からの指示のもと何事かが起こる前にさりげなく事を阻止、または処理する役割を持つ。
そう、現行犯なんてとんでもない!
可能な限り何かが起こる前に動き、解決し、未遂犯で捕らえる。事が起こってしまえば騎士団などの担当部署を影ながらフォローし早々に解決に導く。
そうすることによって王家の治世は平和であるのだと「演出」する。それが『王都の影』の大きな役目なのだ。
「そういえばシエルには大司教直々に頼みたいことがあるらしいぞ。二日後、教会に顔を出してくれ──いや、喜べとは言わないが一応貴族令嬢だろう・・・その顔は止めておけ」
「あら、顔に出ていました?おかしいわね?感情が顔に出ないように教育されているはずなのだけれど・・・」
心底嫌なことに対しては感情の方が勝つなんて私もまだまだね、そんなことを思いながらシエルは紅茶店を後にした。
「──仮にも淑女がそのような顔で教会に来るものではないと思いますよ」
指定された日に教会へ行くと、大司教はシエルの顔を見るなり呆れたようにそう言った。
エッセのような立ち位置の『影』は国に何人かいるが、その大元がこの大司教だ。
まぁ、エッセやただの貴族の子女では直接国王と接触は出来ない。その点教会の大司教であれば国王と面会しても不自然ではないのだろうが、勧誘方法は改めてほしいとシエルは思わずにはいられなかった。あれはスカウトではなくて脅しだ。
「おかしいですわね。顔に出ないように気を付けていたはずなのですが・・・」
シエルはわざとらしく頬に指をあて小首をかしげた。
「まぁ、あなたが私を見る時の顔はいつもそうなので、それがあなたのデフォルトなのかもしれません。失礼しましたね」
シエルは涼しい顔でそんなことを言う大司教を「クソ司教め~」と睨みつけたが、全く相手にされずさっさと本題に入られた。
「先日珍しいスキルを持つ令嬢が現れたのです。私も長くこの仕事をしていますが、どういったスキルなのか、全く見当がつかなかったのですよ」
(大司教でもわからないなんて!)
大司教の困惑する姿など金輪際見ることは叶わないかもしれない。シエルは見知らぬその令嬢に心の中で感謝した。
「そこでその令嬢のスキルの調査をあなたにお願いすることになったのです。
その令嬢を陰ながらフォローしていただき、スキルの内容を調査していただきたいのです」
風向きが良からぬ方へと変わった。
「その方のフォローとスキル調査・・・?私の知っている方、ということですか?」
そもそも『影』としての守秘義務があるから他言はしないが、他の人のスキル情報は秘密なのでは?どうやって調べろと?
シエルがそんなことを考えていると、大司教は対象の名前を口にした。
「はい。学園であなたと同じクラスの──ラフィー・シラソル男爵令嬢です」
シエルの脳裏に最近学園を賑わせている一人の令嬢の顔が思い浮かんだ。
ピンクブロンドの髪、ローズクォーツの瞳。女性の目から見ても可愛らしいと思えるその仕草、その表情。
シラソル男爵の庶子ということで最近学園の二学年に転入してきた彼女は、これまで平民として過ごしてきたとは思えないほど学業は優秀だ。しかし、やはり元平民なだけあって貴族のルールに疎く、マナーに関しては付け焼刃であることが良くわかる所作をしていた。
そしてそのアンバランスなところが男性陣の琴線に触れたらしく、今や学園一の人気者なのである(男性に限る)。
教室ではそんなことはないが、噂によると学年問わず男子生徒を侍らしており、王太子である第一王子とその側近も彼女にご執心なのだとか。
(え、やだ。面倒くさい・・・)
言葉には出来ないけれど、思うのは自由だ。
「気持ちは分からないでもないですが、そんな顔しないで・・・。その調査に適した人材があなただけなのですよ」
口には出さなかったが顔には出ていたらしい。
「え、一人でそんな面倒なことをしないといけないのですか?」
つい言葉にも出てしまった。
第一王子も絡んでいる案件を複数人ではなく、一人で!?──まぁ、学園に『影』が何人いるのかは知らないが、一クラスに複数いるとは考え難いことではあるが。
シエルにはどのみち断るという選択肢はないのだが大司教に文句を言うだけならタダなのだ。ここは存分に言わせてもらおうと考える。
しかし狸おやじにはシエルのような小娘の文句など小鳥のさえずりに聞こえるらしい。
「で、肝心の彼女のスキルですが──」
華麗にスルーされてしまった。
そうだスキルの調査ならスキルを聞かないとはじまらない。シエルはそう思い直し、大司教の言葉に耳を傾けた。
「『転生ヒロイン』と言うのです」
知らない単語の羅列。シエルには理解が出来なかった。
令嬢としてはテーブル席以外に掛けるなんてあり得ないことだが、今は開店前でカーテンが引いてあり外から店内は見えないからよしとする。
紅茶以外何も出さないこのお店は通常の喫茶店に比べて開店後もお客さんがほとんどいな──いや、少ない。
「指示通りにしたけれど──あれで良かったのかしら」
先日、シエルは仕事であの喫茶店にいた。
令嬢が一人であのような街角に立っているのも一人で喫茶店に入るのも不自然なので、友人をお茶に誘ってあの喫茶店に誘導した。
詳しくは聞かされていないが「重要な商談に向かう貴族家の馬車に、それを阻止したい派閥からの依頼を受けた男性が、体を張って馬車を止めようとするので阻止する」というのが今回の仕事だった。
そのためシエルは現場に出向き、男性を『スキル』で止めたのだ。
シエルはあの時のタルトと紅茶代金の領収書を、カウンターに立つ男性にそっと差し出した。こちとら子爵令嬢とはいえ学生だ。必要経費はきちんと請求する。
「あぁ、顔面から派手に転んだらしいな・・・例の貴族家は時間通り目的地に着いたらしい。任務成功だな」
男性は領収書を受け取るとすぐに清算してくれた。正直助かる。
給料はもらえるが「子爵令嬢」として「影の給料」を受け取るわけにはいかないため、成人してからの受け取りになっている。
それまではお小遣いで賄っているので、後払いは困るのだ。
「だって私があれを止めようと思ったら根っこで転ばせるしか方法がないのだもの」
あの日シエルが『王家の影』にスカウトされてから一年が経とうとしていた。
『王家の影』には二種類ある。
ひとつが物語に二登場するような国王直属の『王族の影』。そしてもう一つが民に紛れて生活している『王都の影』だ。シエルは後者。
大きく違うのは『王族の影』はその仕事内容からお互いの正体と『王都の影』のことを把握しているが、『王都の影』はお互いに正体を隠しているということだ。
『王都の影』は貴族や学生、平民を含み、お互いの正体を知ると日常生活に支障が出る──というのが理由らしいが、「『影』をしていること自体が生活の支障だ」とは言ってはいけないらしい。
そしてその「支障」を相談したり、基本個人行動である『王都の影』を取りまとめたりする役割を担っているのがこの紅茶店のマスターだ。彼は当然『王都の影』にも『影』であることが知られており、すべての『王都の影』とそのスキルを把握しているリーダー的存在だ。
シエルたち『王都の影』は上からの指示のもと何事かが起こる前にさりげなく事を阻止、または処理する役割を持つ。
そう、現行犯なんてとんでもない!
可能な限り何かが起こる前に動き、解決し、未遂犯で捕らえる。事が起こってしまえば騎士団などの担当部署を影ながらフォローし早々に解決に導く。
そうすることによって王家の治世は平和であるのだと「演出」する。それが『王都の影』の大きな役目なのだ。
「そういえばシエルには大司教直々に頼みたいことがあるらしいぞ。二日後、教会に顔を出してくれ──いや、喜べとは言わないが一応貴族令嬢だろう・・・その顔は止めておけ」
「あら、顔に出ていました?おかしいわね?感情が顔に出ないように教育されているはずなのだけれど・・・」
心底嫌なことに対しては感情の方が勝つなんて私もまだまだね、そんなことを思いながらシエルは紅茶店を後にした。
「──仮にも淑女がそのような顔で教会に来るものではないと思いますよ」
指定された日に教会へ行くと、大司教はシエルの顔を見るなり呆れたようにそう言った。
エッセのような立ち位置の『影』は国に何人かいるが、その大元がこの大司教だ。
まぁ、エッセやただの貴族の子女では直接国王と接触は出来ない。その点教会の大司教であれば国王と面会しても不自然ではないのだろうが、勧誘方法は改めてほしいとシエルは思わずにはいられなかった。あれはスカウトではなくて脅しだ。
「おかしいですわね。顔に出ないように気を付けていたはずなのですが・・・」
シエルはわざとらしく頬に指をあて小首をかしげた。
「まぁ、あなたが私を見る時の顔はいつもそうなので、それがあなたのデフォルトなのかもしれません。失礼しましたね」
シエルは涼しい顔でそんなことを言う大司教を「クソ司教め~」と睨みつけたが、全く相手にされずさっさと本題に入られた。
「先日珍しいスキルを持つ令嬢が現れたのです。私も長くこの仕事をしていますが、どういったスキルなのか、全く見当がつかなかったのですよ」
(大司教でもわからないなんて!)
大司教の困惑する姿など金輪際見ることは叶わないかもしれない。シエルは見知らぬその令嬢に心の中で感謝した。
「そこでその令嬢のスキルの調査をあなたにお願いすることになったのです。
その令嬢を陰ながらフォローしていただき、スキルの内容を調査していただきたいのです」
風向きが良からぬ方へと変わった。
「その方のフォローとスキル調査・・・?私の知っている方、ということですか?」
そもそも『影』としての守秘義務があるから他言はしないが、他の人のスキル情報は秘密なのでは?どうやって調べろと?
シエルがそんなことを考えていると、大司教は対象の名前を口にした。
「はい。学園であなたと同じクラスの──ラフィー・シラソル男爵令嬢です」
シエルの脳裏に最近学園を賑わせている一人の令嬢の顔が思い浮かんだ。
ピンクブロンドの髪、ローズクォーツの瞳。女性の目から見ても可愛らしいと思えるその仕草、その表情。
シラソル男爵の庶子ということで最近学園の二学年に転入してきた彼女は、これまで平民として過ごしてきたとは思えないほど学業は優秀だ。しかし、やはり元平民なだけあって貴族のルールに疎く、マナーに関しては付け焼刃であることが良くわかる所作をしていた。
そしてそのアンバランスなところが男性陣の琴線に触れたらしく、今や学園一の人気者なのである(男性に限る)。
教室ではそんなことはないが、噂によると学年問わず男子生徒を侍らしており、王太子である第一王子とその側近も彼女にご執心なのだとか。
(え、やだ。面倒くさい・・・)
言葉には出来ないけれど、思うのは自由だ。
「気持ちは分からないでもないですが、そんな顔しないで・・・。その調査に適した人材があなただけなのですよ」
口には出さなかったが顔には出ていたらしい。
「え、一人でそんな面倒なことをしないといけないのですか?」
つい言葉にも出てしまった。
第一王子も絡んでいる案件を複数人ではなく、一人で!?──まぁ、学園に『影』が何人いるのかは知らないが、一クラスに複数いるとは考え難いことではあるが。
シエルにはどのみち断るという選択肢はないのだが大司教に文句を言うだけならタダなのだ。ここは存分に言わせてもらおうと考える。
しかし狸おやじにはシエルのような小娘の文句など小鳥のさえずりに聞こえるらしい。
「で、肝心の彼女のスキルですが──」
華麗にスルーされてしまった。
そうだスキルの調査ならスキルを聞かないとはじまらない。シエルはそう思い直し、大司教の言葉に耳を傾けた。
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