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1 で、あなたが私に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?
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「きゃぁ!」
貴族令嬢がグラスの中身を自身より身分が上の者に向かって放つ──。
物語などでは良くあるシチュエーションだが、現実ではなかなかその様なことが起こることは無い。幾人かの令嬢が驚いて小さな悲鳴を上げた。
キャナリィの目前には彼女を守るように立ちはだかり、代わりに被った飲み物の滴を前髪からを滴らせるロベリーが立っていた。服の汚れが広がることを気にすることもなく前髪を掻き上げたロベリーは、髪が濡れていることもあってかいつもとは違う色香が感じられた。
性を感じさせずどこか中性的な彼はまるで物語に出てくる姫を守る騎士のよう──
緊迫した空気の中、取り囲む令嬢の幾人かがロベリーを見て頬を染め、「ほぅ」とため息をついた。
そんな中、ロベリーの背から数歩出たキャナリィは自身を守り濡れてしまったロベリーに向き直ると、耳を疑うようなことを言い放った。
「で、まずはあなたが私に嫌がらせをする理由をお聞かせいだいても宜しいかしら?」と──。
★
学園の春休暇も終わり、今日から新しい年度がはじまる。
キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢は、白い特別クラスの制服に身を包み婚約者の到着を今か今かと待ち構えていた。
特別クラスは将来の国を担う、公爵・侯爵家の子女と一部の成績優秀な生徒で構成されたクラスである。
制服を指定されタイの色で学年が分かるようになっている一般クラスと違い、特別クラスの制服は白で統一された学園指定のジャケットやボレロなど数種類の上着から好みの物を好きなだけ選ぶ仕様となっている。学業に差し障りのでる程華美なものでない限り、何を合わせるかは生徒の自由だ。
ひとつ年上で学園の三年であるキャナリィの婚約者シアン・フロスティは、兄を差し置いて公爵家の後継となるという責任感から、二年間隣国に留学していた。
その間一度も帰国することはなかったが、そのような選択をした彼をキャナリィが責めることはない。
手紙のやりとりはしていたし、彼は学生生活最後の一年はキャナリィと共に過ごすため、二年間で三年分の学業を修めて戻ってきてくれたのだから。
「キャナ!」
公爵家の馬車が到着したとの知らせを受け、キャナリィが部屋を出て廊下を歩いていると、何故か玄関ホールで待っているはずの婚約者に出会った。
「おはようございます。シアン様」
そういってにっこり笑うキャナリィに、「ごめん、待ちきれなくて」とエスコートの手を差し出すシアン。その手に笑みを浮かべながら自身の手を重ねる主を微笑ましく見ながら侍女らが二人から距離をとった。
シアンは三年生、キャナリィは二年生──学年は違うが二年間も離ればなれで過ごした二人の貴重な学園生活を悔いの無いように過ごしてもらいたいというのが、侯爵家と家に勤める使用人一同の願いである。
常に誰かが策略を巡らしている貴族社会ではあるが、前年度はシアンの兄であるジェードの企みと幼馴染みのクラレットの思惑により、キャナリィの周囲が少し騒がしかった。そのため婚約者と揃って過ごすことのできる今年度だけはお嬢様の周囲では何も起こらないで欲しいと皆が願うのは、ひとえにキャナリィの人柄ゆえである。
しかし、そんな彼らの願いも虚しく、今年度もキャナリィの周囲では騒ぎが起こるのであった。
ローズ・ピルスナーは伯爵家の第二子。長女であり、学園の二年生である。
母は父と恋に落ち伯爵家へ嫁いだが元公爵令嬢である。ローズは口には出さないが、自分には高貴な血が流れていると自負していた。自分なら王族や高位貴族に嫁いでもおかしくない血統なのだと。
勿論それに見合う教育を受け、努力もしてきた。
残念ながら現在の伯爵令嬢という身分では不可能であった特別クラスへの入学も、実力で果たした。
そんな彼女は前年度の卒業式後に開催された祝賀パーティーで恋をした。
平民とそれに踊らされたジェード・フロスティ公爵令息が婚約者であるキャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢に詰め寄るという騒ぎの最中、颯爽と現れた青年に──。
一瞬、息が止まった。
その声を聞きたくて思わず手を伸ばしたが、青年の全身から漂う雰囲気がそれを拒否しているかのように感じ、行き場を失った手でドレスをきゅっと掴んだ。
彼は騒ぎの中心にいたウィスタリア侯爵令嬢の元へ行き、何か声を掛けていた。
こちらには聞こえないが、ウィスタリア侯爵令嬢をとても羨ましく思った。
──私も彼の声が聞きたいわ。
ローズの願いは神様に届いたのかその後すぐに叶った。
「幼い頃からキャナの婚約者は私だ」
彼はウィスタリア侯爵令嬢の婚約者であるらしかった。
確かフロスティ公爵家には子息が二人いる筈。おそらく彼はジェード・フロスティ公爵令息の弟だ。──後継でない次男では私の相手にはなり得ない。
ローズの胸の内側で膨らんでいた幸せな気持ちがあっという間に萎んでいくのが分かった。
しかし彼の次の言葉でまた違う感情がローズの中に生まれた。
「次期フロスティ公爵は私だからな」
ローズはこれまで積み重ねてきた努力があるからこそ許せなかった。
身分だけで特別クラス入りを果たし、彼だけでなく次期公爵夫人の立場を手に入れたキャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢が。
中央ではまだ騒ぎは続いていたが、彼の背中に守られているウィスタリア侯爵令嬢を視界に入れたくなくて、ローズはパーティー半ばで会場を後にした。
貴族令嬢がグラスの中身を自身より身分が上の者に向かって放つ──。
物語などでは良くあるシチュエーションだが、現実ではなかなかその様なことが起こることは無い。幾人かの令嬢が驚いて小さな悲鳴を上げた。
キャナリィの目前には彼女を守るように立ちはだかり、代わりに被った飲み物の滴を前髪からを滴らせるロベリーが立っていた。服の汚れが広がることを気にすることもなく前髪を掻き上げたロベリーは、髪が濡れていることもあってかいつもとは違う色香が感じられた。
性を感じさせずどこか中性的な彼はまるで物語に出てくる姫を守る騎士のよう──
緊迫した空気の中、取り囲む令嬢の幾人かがロベリーを見て頬を染め、「ほぅ」とため息をついた。
そんな中、ロベリーの背から数歩出たキャナリィは自身を守り濡れてしまったロベリーに向き直ると、耳を疑うようなことを言い放った。
「で、まずはあなたが私に嫌がらせをする理由をお聞かせいだいても宜しいかしら?」と──。
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学園の春休暇も終わり、今日から新しい年度がはじまる。
キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢は、白い特別クラスの制服に身を包み婚約者の到着を今か今かと待ち構えていた。
特別クラスは将来の国を担う、公爵・侯爵家の子女と一部の成績優秀な生徒で構成されたクラスである。
制服を指定されタイの色で学年が分かるようになっている一般クラスと違い、特別クラスの制服は白で統一された学園指定のジャケットやボレロなど数種類の上着から好みの物を好きなだけ選ぶ仕様となっている。学業に差し障りのでる程華美なものでない限り、何を合わせるかは生徒の自由だ。
ひとつ年上で学園の三年であるキャナリィの婚約者シアン・フロスティは、兄を差し置いて公爵家の後継となるという責任感から、二年間隣国に留学していた。
その間一度も帰国することはなかったが、そのような選択をした彼をキャナリィが責めることはない。
手紙のやりとりはしていたし、彼は学生生活最後の一年はキャナリィと共に過ごすため、二年間で三年分の学業を修めて戻ってきてくれたのだから。
「キャナ!」
公爵家の馬車が到着したとの知らせを受け、キャナリィが部屋を出て廊下を歩いていると、何故か玄関ホールで待っているはずの婚約者に出会った。
「おはようございます。シアン様」
そういってにっこり笑うキャナリィに、「ごめん、待ちきれなくて」とエスコートの手を差し出すシアン。その手に笑みを浮かべながら自身の手を重ねる主を微笑ましく見ながら侍女らが二人から距離をとった。
シアンは三年生、キャナリィは二年生──学年は違うが二年間も離ればなれで過ごした二人の貴重な学園生活を悔いの無いように過ごしてもらいたいというのが、侯爵家と家に勤める使用人一同の願いである。
常に誰かが策略を巡らしている貴族社会ではあるが、前年度はシアンの兄であるジェードの企みと幼馴染みのクラレットの思惑により、キャナリィの周囲が少し騒がしかった。そのため婚約者と揃って過ごすことのできる今年度だけはお嬢様の周囲では何も起こらないで欲しいと皆が願うのは、ひとえにキャナリィの人柄ゆえである。
しかし、そんな彼らの願いも虚しく、今年度もキャナリィの周囲では騒ぎが起こるのであった。
ローズ・ピルスナーは伯爵家の第二子。長女であり、学園の二年生である。
母は父と恋に落ち伯爵家へ嫁いだが元公爵令嬢である。ローズは口には出さないが、自分には高貴な血が流れていると自負していた。自分なら王族や高位貴族に嫁いでもおかしくない血統なのだと。
勿論それに見合う教育を受け、努力もしてきた。
残念ながら現在の伯爵令嬢という身分では不可能であった特別クラスへの入学も、実力で果たした。
そんな彼女は前年度の卒業式後に開催された祝賀パーティーで恋をした。
平民とそれに踊らされたジェード・フロスティ公爵令息が婚約者であるキャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢に詰め寄るという騒ぎの最中、颯爽と現れた青年に──。
一瞬、息が止まった。
その声を聞きたくて思わず手を伸ばしたが、青年の全身から漂う雰囲気がそれを拒否しているかのように感じ、行き場を失った手でドレスをきゅっと掴んだ。
彼は騒ぎの中心にいたウィスタリア侯爵令嬢の元へ行き、何か声を掛けていた。
こちらには聞こえないが、ウィスタリア侯爵令嬢をとても羨ましく思った。
──私も彼の声が聞きたいわ。
ローズの願いは神様に届いたのかその後すぐに叶った。
「幼い頃からキャナの婚約者は私だ」
彼はウィスタリア侯爵令嬢の婚約者であるらしかった。
確かフロスティ公爵家には子息が二人いる筈。おそらく彼はジェード・フロスティ公爵令息の弟だ。──後継でない次男では私の相手にはなり得ない。
ローズの胸の内側で膨らんでいた幸せな気持ちがあっという間に萎んでいくのが分かった。
しかし彼の次の言葉でまた違う感情がローズの中に生まれた。
「次期フロスティ公爵は私だからな」
ローズはこれまで積み重ねてきた努力があるからこそ許せなかった。
身分だけで特別クラス入りを果たし、彼だけでなく次期公爵夫人の立場を手に入れたキャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢が。
中央ではまだ騒ぎは続いていたが、彼の背中に守られているウィスタリア侯爵令嬢を視界に入れたくなくて、ローズはパーティー半ばで会場を後にした。
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