【1話完結】恋多き令嬢は気付かない

Debby

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恋多き令嬢は気付かない

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「わぁ、私と同い年くらいなのにヴァイオリンを弾けるなんて凄いわ」
 私が5才の時、幼馴染みと参加した音楽に特化した趣向のお茶会で、ある令息が弾くヴァイオリンの音に心を奪われた私は初めて恋に落ちた。
 その令息にはその後すぐに婚約者が出来たため、私の恋は叶わなかった。

「わぁ、きれいな絵ね。こんな絵を描けるなんて、素敵だわ」
 私が6才の時、幼馴染みと行った美術館で、ある令息の描く空の色に心を奪われた私は恋に落ちた。
 その令息はその後才能が認められ遠い国へ留学してしまい、私の恋は叶わなかった。

「わぁ、私と同い年くらいなのに、数ヵ国の言葉が話せるそうよ。通訳を介さないで話すなんてあの方カッコいいわ」
 私が7才の時、幼馴染みと参加した隣国の貴族を招いたパーティーでも私は恋に落ちた。
 その令息は隣国の外交を司る大臣の息子でその後会うことも叶わなかった。

 そんな調子で私はこれまでに沢山恋をしたけれど、ひとつも実ることはなかった。

「アイシャ・モルガン侯爵令嬢──お気持ちは嬉しいのだけれど・・・」

 侯爵令嬢である私との婚約は家と家の結びつきを考えても良縁のはずなのに、酷いときには気持ちも伝えていないのに怯えたように避けられたこともある。
 その度に落ち込み、食欲が無くなり皆に心配をかける。そんなことを繰り返しているのに、彼らへの気持ちは消えて無くなったりしないのだ。



 何度目かの失恋を経験した時、私は思った。

「このペースで失恋が続くと、我ながら身が持たないと思うの」

「そうだね」

 二つ年上の幼馴染みであるイクス・ハワード公爵令息は頬杖をついた姿勢のまま、その整ったかんばせに笑みを浮かべてそう言った。
 悔しいけど公爵家嫡男で婚約者もおらず、文武両道な上に金髪にアイスブルーの瞳──容姿も良い彼はとてもモテる。
 ハワード公爵家とは両親が友人同士で共同事業をしており、おまけに領地が隣でもあるため昔から家族ぐるみの付き合いだ。なのでイクスとは物心つく前から幼馴染みとして過ごしてきた。
 性別が違う割には仲が良く、私が恋をする度に──まぁ、彼が恋するその瞬間に居合わせることが殆どだからなのだけど──相談をしてきた。
 なので「よき相談相手」であり「親友」といっても過言ではないと自負していたのに、

 ──真面目に相談しているのにバカにされている気分だわ。どうせあなたと違って私はモテないわよ!

 こっちは本気で悩んでいるのに、彼の態度が気に入らない。
 私はイクスに相談するのをやめ、自分でなんとか解決策を講じることにした。

 そして──閃いた。

「私にもが出来るようになったらその方が特別に感じないのではないかしら」

 ──名案である。

 早速父にお願いし、元々講師の先生をお招きしていたピアノと語学のレッスンに加え、ヴァイオリンと絵画の講師を新たに招くことにした。
 勿論やるからには講師の方に失礼のないように熱心に取り組む。
 お陰であの日私が恋したあの方たちのように、私自身が魅力的になったような気がした──と同時に、恋をしてきた彼らに感じていた魅力が薄れたようにも感じた。

 ──私の思惑は正しかったのだ。

 その後も料理、スイーツ作り、文学、園芸、馬術、騎士様に恋をした時は護身術も──と習い事が増え続けたあたり、私の惚れっぽさは変わらなかったのだけれど。





「流石アシャだよ」

 幼い頃ならまだしも、今でも定期的に我が家にやってきては私とお茶をしていく幼馴染みイクスに、なんだかまだバカにされているような気がするのは気のせいではないと思う。
 だって顔が笑っているもの。

「そういえば今度のダンスパーティーなんだけど、僕のパートナーをお願いできる?」

 それは学園卒業後、これまではお茶会にしか出席したことの無かった私がはじめて出る夜会のことだ。
 本来なら疾うの昔にいるはずの婚約者や親兄弟親戚にエスコートを頼むのが筋なのだが、何故か皆都合が悪いらしい。「お願い」されなくともフラれまくりの私には当然パートナーになってくれる人もいないので、イクスの申し出は願ったり叶ったりである。
 私が困っているから幼馴染みとして・・・という公然の理由を感じさせない、しかし浮かべた笑みを隠すことのないままかけられる、然り気無くそしてスマートな誘いになんだか無性に腹が立ち、ちょっと意地悪を言いたくなった。

「おモテになるでしょう。私以外にもお誘いすれば喜んで受けてくれる令嬢が沢山おられるのではなくて?」

「・・・いないよ」

 クスッと笑いながら間を置いた返事に、余計に腹が立った。

 ──なによなによ!その間は!どうせ私はモテないわよ!

「分かったわよ、パートナー引き受けるわ。ちゃんとエスコートしてよね」

 毎回完璧なエスコートをしてくれるイクスに言う台詞ではないけれど、それくらいしか言い返す言葉が見つからないのだから仕方がない。

 それにしても、含みを持たせたあのに私の幼馴染みとしての勘が働く!

 ──あいつ、何か私に隠し事をしているんだわ。





 ダンスパーティー当日、私は迎えに来てくれたイクスと共に会場に向かった。
 パートナーと踊るファーストダンスが済むとすぐに、イクスの周囲はまるで花が咲いたように色とりどりのドレスで埋まった。そう、囲まれたなんてかわいいものではない、埋まったのだ。
 そっとドレスの輪から離れ、遠目にそれを見る。

 イクスは馬車の中で「誰かひとりと踊ると後が大変だからパートナーであるアシャ以外の令嬢とは踊るつもりはない」と言っていた。「だからアシャも俺以外の令息と踊らないで。絶対に俺の目の届くところにいて」と。
 イクスが他の令嬢と踊らない理由は分かったが、何故それに私を巻き込むのかは分からない。けれど、ダンスの後で丁度喉が渇いた私は飲食の出来るスペースに一人で向かうことにした。

 イクスはどうするのかなと思ったけれど、ダンスをしない代わり集まった令嬢と立ち話をするらしい。ダンスは踊らないが将来公爵家を継いだときのために『どこの貴族家の夫人になるかわからない令嬢たちを邪険に出来ない』とも言っていたので、しばらくこちらに来ることは無いだろう。

 飲食スペースはダンスの邪魔にならないように会場の隅に設けられているだけなので、令嬢に埋もれるイクスからも見えるし問題はないだろう。

 ただ話すだけ。
 誰かをエスコートして椅子に掛けることもないし、誰かをバルコニーに誘うこともしない。──誰かに笑顔を返すこともない。
 そういう理由将来のためというなら愛想笑いの一つでもするべきでは?と思うのだけれど、何故かホッとしている私もいる。

 前から思っていたことだけれど、イクスは女性が嫌いなのかもしれない。
 私は幼馴染みで小さい頃から一緒にいるからなのだろう。よく私をバカにしたような態度を取ることからもあながち間違ってはいないと思っている。
 そうでないと公爵家の嫡男でありながらこの年齢まで婚約者がいないというのはあり得ない。イクスに見合うほどの高位の令嬢は在学中に婚約してしまうものだから。
 きっと公爵夫妻が公認するほどの女性嫌いなのだ。

 その時、遠目からでも分かるくらいにイクスの表情が変わった。誰にも見せることの無かった満面の笑み。その表情からは、ほっとしたような、安心した様な感じも見てとれる。
 珍しいこともあるなと、イクスにそんな顔をさせることの出来る人は誰なのかと気になって見ていると、イクスの友人であるアウル・ロバーツ公爵令息が輪の中に入ってきた。

 ──イクスの視線は彼にあった。

「!」

 そこで私は閃いた。

 イクスは彼のことが好きなのでは?と──

 しかし、ロバーツ公爵令息には相思相愛の婚約者がいるはずだ。
 それにイクスは次期公爵だ。後継を残さなくてはいけない。
 その悲しい想いを知っている公爵夫妻も、イクスの中で気持ちの整理がつくまでは無理強い出来ないのではないか。相手には困らないだろうから急いで婚約する必要もないだろうし。
 そうか、そうだったのか──だから私の恋バナにも素っ気なかったのだ。
 自分の叶わぬ恋を思い出すから。

 私がそんなことを考えていると、その輪にロバーツ公爵令息が加わったことで踊り足りない令嬢の流れが変わった。
 そう、婚約者とのファーストダンスを済ませたロバーツ公爵令息はイクスと違いダンスを踊ってくれるのだ。
 それはイクスが令嬢たちと話をする理由とあまり変わらないのだと思う。婚約者の令嬢も他の令息とダンスを踊っているし。





「美しいご令嬢、お一人ですか?よろしければダンスにお誘いしても?」

 イクスの真実を知ってしまった私が空のグラスを持って立ち尽くしていると、横から年上の男性が私に声を掛けてきた。男性は20代前半といったところだろうか。慣れた様子で私の手から空のグラスを受け取ると、通りすがりの給仕の盆に載せ、私にエスコートをするための手を差し出した。
 銀髪にエメラルドの瞳──美しい人だと思うが、恋多き乙女であるはずの私の心はときめかない。

「ごめんなさい。人を待っているので・・・」

 そう言って断ろうとすると、了承もしていないのに手を取られる。
 その手つきにゾクッとした。

 どうしよう、振り払う?
 護身術を習得した私にそれは簡単なことだけど、そんな目立ち方をして今以上に婚約者のなり手がなかったら・・・。

「またまた。先程ダンスフロアから来られてずっと一人でおられるでしょう。切なそうな瞳であちらを見ていることから察するに、パートナーはあなたを放って他の女性と踊っておられるのではないですか?」

「いえ、そんなことは・・・」
 全くないとは言えない。イクスの秘められた恋に気付いたから、もしかするとそんな表情をしていたのかも知れない。

「良いのですよ。婚約者以外の方と踊ってはいけないというルールもない、」

 くいと軽くダンスホールではない方向に手を引かれる。

「察するにあなたは夜会が初めてなのでは?ダンスが躊躇われるのであれば、バルコニーで語らいましょう。ふふ、二人きりで素敵な一時を過ごすと私はあなたに一夜限りの恋をしてしまうかも知れませんね。そしてあなたも──」

「いえ、私も恋多き乙女と自負しておりますが、あなたに僅かな魅力も見出だせそうにありませんのでそのようなことはないかと」

 あら、余りにも不快だったので彼の言葉を遮ってしまった。
 でも名乗りもしないで初対面の令嬢の手を取り、あまつさえ人気の無いバルコニーに誘うなんて、ろくな方ではないと思うもの。構わないわよね。

「恋多き乙女!素晴らし・・・ん?この私に魅力がない?」

「はい。惹かれるものを、欠片も感じませんわ」

 今までは一目で恋に落ちてきたのにこの方には全く何も感じない。
 それもそのはず、礼儀を欠いた行いをするこの男性の何処に好意を持てというのか。

 令息の顔が瞬く間に怒りで赤くなる。
 成り行きを素知らぬふりで見ていた周囲の貴族たちからクスクスと笑みが漏れた。
 男性はハッとして周囲をチラッと見た。今のやり取りが他の貴族に聞かれていたことに気付いたようだ。

「くそっ!ここでは不味い。いいから大人しく私について来い──!」

 羞恥に顔を染めた男性が握っていた私の手を強引に引っ張ろうとするが、か弱い令嬢ならいざ知らず日頃から馬術や護身術を嗜んでいる私はびくとも動かない。



「ふッ!や、やぁ、アシャおまたせ。──そちらは・・・あぁ、レイノルズ伯爵家の──そういえばいつも侍らせている令嬢方がダンスフロアであなたを探していましたよ」

 イクスがそう言いながら、肩を震わせてやって来た。明らかに笑いを堪えているのが分かる。
 私、そんなに面白いことを言ったかしら。それに笑い事では無いのだけど・・・
 私は先程までと男性に感じていたものとは違った腹ただしさを感じたけれど、同時に安心もした。肩から力が抜けるのが分かった。

 イクスは然り気無く、だが素早く彼に取られていた私の手を自分の手中に収めた。

「──っ、ハワード公爵令息!で、ではこのご令嬢はっ・・・失礼しました!」

 男性はイクスの顔を見ると、顔を青くし慌てて去って行ってしまった。

「あっ・・・」

 不快だったので立ち去ってくれるのは良いのだけれど、ご令嬢は・・・って何?
 どのご令嬢?

「アシャは気にしなくて良いよ。彼とはから」

 発言が気になっただけで別に彼自身を気にしたわけでは無い。イクスの見当違いの言葉に、ちょっと物騒なニュアンスを感じながらも取り敢えずお礼を言う。

「──ありがとう」

「俺は何もしていないけれどね」

 まあ、イクスが来なくても危害を加えられることはなかったでしょうけど、それでも追い払ってくれたのはイクスだわ。



「お話はもういいの?」

あいつアウルが早々に引き取ってくれたからね」

 イクスがそう言って視線をダンスフロアの令嬢に投げたので、私の視線もそちらに向かう。ダンスの順番待ちをしているのか熱い視線でフロアを見つめる令嬢たちへ。
 時間内で全員と踊りきるのは無理だろう。
 その令嬢の視線を辿り、自然とホールで踊るロバーツ公爵令息を見やる。一人の令嬢の手を取りダンスの輪の中で踊っていた。

「!」

 優雅に、そして軽やかに令嬢をリードするそのステップに目を奪われ、──私は幾度目かの恋に落ちた。

「アシャ?」

 私の名を呼ぶイクスの声にはっとして彼の方を見ると、とても切なそうな瞳とぶつかった。

 いつも余裕そうなイクス。そんなに不安そうな顔をしないで。
 大丈夫よ。彼には婚約者がいるし、私は恋敵ライバルにはならない。あなたの秘めたる想いを陰ながら応援してるわ。





 ★





 アシャのダンスレッスンの時間が増えたらしい。
 ダンスパーティーから帰るや否や、父親侯爵に願い出たそうだ。

 分かっていた。

 ──あの瞬間、彼女はまた恋をしたのだ。



 侯爵家に定期的に通い、アシャとお茶をする。

 アイシャ・モルガン侯爵令嬢。
 俺は幼い頃から彼女が好きだ。理由なんてない。ただの淡い初恋でも執着心でも、幼馴染みに対する独占欲でも俺にとってはどれも同じ。

 彼女には言ってはいないけれど、俺の両親と彼女の両親であるモルガン侯爵夫妻には婚約したい旨もきちんと伝えている。共同事業をしているし元よりそのつもりだったと歓迎された。
 でないと、未だ俺に婚約者がいないなんて認められないし、彼女の家に通うことなど許されるはずもない。
 今時、婚約披露パーティーなど王族くらいしか開かないので世間は僕らが婚約していると思っている。
 だからこそ、パーティーでアシャ以外と踊らないということが出来るし、彼女にも他の男が近づかないのだ。

 アシャは自分がモテないと思っているようだがそれは違う。
 侯爵に似たアメジストの髪と瞳、夫人に似て美しい上にマナーに音楽、絵画、語学や料理、馬術等、恋心を薄れさせるためという面白・・・歪曲した?いや、かなり個性的な考え方により多趣味でその全てを自分が納得行く域まで引き上げ、元々淑女として十分な教養があったものに関しては更に高みを目指す彼女は、まさかそんな理由でとは思っていない令息令嬢たちに完璧令嬢として人気があるのだ。

 俺はアシャに近付こうとする令息を牽制し、必要とあらば公爵家の権力を使い排除した。アシャが恋をした奴らも然り。
 周りにはパートナーとしてアシャを伴い、愛称を呼び、彼女としか踊らないことで婚約しているのであろうと誤認させ、彼女と共に過ごす時間を設け、彼女の相談に乗り、なくてはならない存在になれるよう、少しずつ俺から逃げられないようにした上で、彼女の気持ちが少しでも俺に向くのを待っていた。

 さっさと婚約してしまうのは簡単だが、自称恋多き乙女であるアシャ相手にそうしてしまうと政略結婚の幼馴染みから脱却出来なくなる様な気がしたので、両親とモルガン夫妻には婚約を待って貰っている。



 惚れやすい彼女はこれまでも恋をしては、自分でそれを終わらせてきた。
 そう、恋だ。恋とは似て非なるもの。

 彼女は自分を恋多き乙女と思って勝手に失恋を重ねているようだが、本当に惚れているわけではない。
 いつも恋をしたつもりになっているだけで、実際は音や技術、作品そのもの、見た印象に憧れているだけで、令息自身に恋していたわけではないのだ。
 その事はそれらを習得して満足した時点で恋心が消えることからも推測できる。彼女が令息に向ける感情は、自分が興味を持ったを高いクオリティでこなす人物への憧れに過ぎないのだ。
 彼女も無意識にそれを理解しているから同じ技術を習得しようという考えに至ったのだろう。

 ──そして彼女はパーティーで幾度目かの恋に落ちた。

 その瞬間に居合わせる度に、分かっていていても切なくもドス黒い気持ちになる。なぜその相手が自分ではないのか。
 しかも今回の恋モドキの相手は俺の友人だ。





 しかし今回は何かが違う。
 いや、彼のダンス技術への憧れという部分に関しては同じだろう。



 恋モドキをしたアシャは、いつも帰りの馬車の中で居合わせた俺に相談を持ちかける。
「素敵だったと思わない?」と。
 アシャが素敵だと思う令息を憎く思うことはあっても素敵だと思うわけは無いのだが、「(作品に関して言うのであれば)そうだね」と同意する。すると、どこがどんな風に素敵だったのかをアメジストの瞳をキラキラさせて話し出すのだ。
 しかし先日のパーティーの帰り、彼女の様子がおかしかった。

 アシャは、にっこり笑って言ったのだ。
「大丈夫よ。私たちは恋敵ライバルではないわ」
「は?」

 なにか「私は、分かってるわ」的な顔をして訳の分からない発言をしていたのが気になった。彼女が何かひどい思い違いをしていることだけは分かる。

 これは放置しては行けないと、僕の中の何かが告げている。
 後悔することになるぞ。アシャの考えそうなことを考えろ。考えるんだ。

 パーティーでダンスを踊っていた令嬢の誰かに僕が恋をしたと思っているのか?
 いや、それなら「恋敵ライバル」はおかしい。
 アシャがパーティーでダンスをしていた誰かに恋をしたのはあの時の様子と、ダンスレッスンを増やした事からも確かだ。
 あの時ダンスをしていた見惚れるほど上手い男──十中八九ロバーツ公爵令息アウルだろう。

 っと待てよ?
 嫌な予感がするが、冷静に馬車でのアシャの言葉を思い出す。

「大丈夫よ。私たちは恋敵ライバルではないわ」

 私たちは恋敵ではない。
 アシャの恋モドキの相手はアウルである──。

「・・・」

 どうやったらそういう考えに至るのか。
 あり得ない、あり得ないが──アシャならあり得る。

 俺は頭を抱えて座り込んだ。

 アシャも学園を卒業したし、両親からも流石に婚約しなければと言われている。そろそろ潮時だな。



 ★



「やぁ、アシャ」

 ある日イクスがダンスの練習相手として現れた。
 私かイクスに婚約者が出来ない限り、本番パーティーでもダンスのパートナーはイクスなのだから彼とレッスンすることに否やはないのだけれど──イクスに婚約者が出来て私以外の令嬢と踊る・・・何故か想像出来ない。もちろんその逆も──。


「ひとりで練習するよりも早く上達するだろう?」

 そう言って私の手を取るイクスの位置が、この前のダンスの時より近い。

「イクス・・・なんだかいつもより近くない?」

 耐えきれなくてそう伝えると、

「そう?
 今までは遠慮していたから程よい距離感で踊って踊っていたんだよ。だけど君が盛大な勘違いをしているようだからそんなことをしている場合では無いと思ってね」

 よく訳の分からないことを言うイクスのダンスは、先日のパーティーで私が恋に落ちたダンスよりも、優雅で軽やかで──艶やかだった。
 彼のリードなら、私までそんなダンスを踊れそうで──

「──っ!」

 知らない男性と踊っているようで、顔が赤くなるのが分かる。

 なに?なんなの?!

「昔から君はいつも恋をしたになっては独自の解釈で次に進む──そんな君だから、僕は待っていた・・・いや、待てたんだけどね」

 少し怒ってる?ような気がする。

「イクスどうしたの?なんだかいつもと雰囲気が違うわ」

「それはそうだろ。君には俺が誰を好きなのか、きちんと分かってもらわないといけないからね」

 くるりとイクスのリードに合わせてステップを踏む。

「わ、わかっているわよ。ロバーツ公爵令息でしょう?!彼が輪に入った来たときの満面の笑み──恋愛の数だけはこなしている私にはバレバレよ。でも安心して。誰にも言わないから」

 ふふんと余裕の笑みで私がそう言うと、イクスは「まさかとは思っていたけどやっぱりそう思っていたんだ」とつぶやき私の腰に当てた手にグッと力を入れた。

「あれはアウルが来たことによってアシャの所に戻れるから嬉しかっただけだよ──」

 イクスが小さな声で何か言っているけど私には届かない。

 これまで以上に近い距離に何故かドキドキしながらも、私の身体は無意識に彼のリードにあわせてステップを踏む。踏めていたと思う。

 その後のレッスンはお互い無言だった。

「はい、そこまで!お二人ともとても良かったですわ!」という講師の声で現実に引き戻され、レッスンを終えた。





 庭にお茶の準備をして貰い、汗を流して着替えた後に再びイクスと顔を合わせた。顔のほてりが収まった代わりに何故かイラつきが増した。
 お互い婚約者が出来たら──いつまでも一緒にいるわけにはいかないのだ。ああいうことダンスを軽い気持ちでして欲しくない。

「今日のイクスはちょっと変よ。どうしたの?」

「──もう少し優しく見守っていてもよかったけれど、そろそろ意識して貰わないといけないと思ってね」

 彼は何食わぬ顔で甘く香る紅茶を一口飲むと、カップをテーブルに置いて真っ直ぐ私の目を見た。
 そして余裕のある魅力的ないつもの微笑みを浮かべると私だけに聞こえるようにささやいた。

「俺が好きなのは、昔からアシャだけだよ」

「──・・・!」

 一呼吸置いて、その言葉を脳内で繰り返す。

 好き!?
 イクスが私を?

 突然の告白に驚いたけれど、一番驚いたのはそれを聞いたときの私の気持ち。

 ほっとした?
 私、ほっとしなかった!?

 驚きや羞恥といった感情でワナワナ震える私に、甘く優しくイクスが問う。

「アシャ?」

「私は・・・」

「うん?」

 折角冷めた顔の熱が戻ってきたのがわかる。
 突然やって来たいつもの、だけどいつものと何かが違うに戸惑う。

 私が絞り出そうとする言葉をイクスは辛抱強く待ってくれている。

「わ、私は一体何のレッスンを増やしたら良いというのーーーー!?」

 私の心からの叫びに、イクスがとても嬉しそうに笑った。



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 読んで下さり、ありがとうございました。(*^-^*)
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