1 / 41
1 で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか
オリーブは焦っていた。
今日を逃せば愛するヴェルトと離れ離れになり、もう会うことは叶わなくなるだろう。
しかし、ここは辺境だ。王都と違い伴侶選びは本人の希望が通る。
想い合っているのだ。
ヴェルトさえ望んでくれれば、彼の妻になることが出来る。
オリーブは最後のチャンスにすべてを掛けた。
「ヴェルト様!ちゃんと、誰を妻に迎えたいのか、レィディアンス様の前ではっきり言葉にしてくださいませ!」
「え?」
オリーブの懇願にも似た言葉に、次期辺境伯であるレィディアンスと父、マルーン伯爵が下したオリーブへの宣告を知らぬヴェルトはただ、戸惑っていた。
「誤解が生じているのです!今言葉にしないと手遅れになってしまいます!」
オリーブとヴェルトの未来が完全に失われてしまう。
その言葉にヴェルトはハッとして、オリーブを見た。
オリーブはうるんだ瞳でヴェルトを見返すと、大きくうなずいた。
ヴェルトは王都から追放され、辺境の次期男爵である自分の婚約者となったエボニーをチラリと見ると、何かを決心したようにレィディアンスに向き直った。
「で?」
しかし、レィディアンスはヴェルトが何かを言う前に、静かにその口を開いた。
「そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「・・・はい?」
冷たく刺すその視線に全く心当たりがなく、ヴェルトは何を言われたのか理解が出来なかった。
*--*--*
ヴェルト・クルール男爵令息が友人からの手紙を手に、寄親である辺境伯家の令嬢──レィディアンス・ブラッシュの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民を妻として引き取ってくれ」というものだった。
ヴェルトの後輩でもある彼とレィディアンスが同級生であることから、恐らく『詳細』とはその平民が起こした問題のことだろう。
そういった女性が貴族の後妻や辺境に送られる話は実際にある話だ。
しかしそれは男爵家後継とはいえ、まだ爵位も持たないヴェルトの様な若僧ではなく、生活力と精神的余裕のある壮年の男相手に持っていく話ではなかっただろうか。
しかも相手は貴族ではなく平民の女性なのだ。
(何で俺?)
父からこの話を聞いた時そう思ったヴェルトであったが、一つだけ心当たりがあった。
ヴェルトは男爵家の嫡男だ。しかし嫁を貰い、跡継ぎをもうけるという義務があるというのに未だ婚約者がいない。
たとえヴェルトの実家が最下層の男爵家であっても貴族は貴族だ。その夫人になれるというのに、娯楽の無い『辺境』というだけで嫁の来手がないのだと、手紙の主である後輩に愚痴ったことがあるのだ。
この話に対するクルール男爵家当主である父の見解は「良いのではないか?」だった。
「まぁ、平民とはいえ商家のお嬢さんらしいし、退学になったとはいえ学園に入学できるだけの基礎学力とマナーはあるのだ。中央貴族と違って頻繁に社交があるわけでもない。不足する分はこちらで教育すれば問題はあるまい。
それにお前、彼とは友人なのだろう?その友人に娶れと言うのだ。何か深い考えがあるのではないか?」
(あいつに深い考えが・・・?)
ヴェルトはしばらく考えてみたが、彼は愛する婚約者以外のために行動を起こすようなタイプではない。それどころか『友人であろうとも使えるものは利用するタイプの人間だ』と自信を持って言い切ることが出来る。
はっきり言ってヴェルトはこの話を──というか、その後輩を疑っていた。
それをどう父親に伝えたら・・・と考えていると、ごちゃごちゃ言わずに話を聞いてこいと、父に屋敷から追い出されたのだった。
*--*--*
(今日は良い日だわ)
オリーブ・マルーンは伯爵令嬢だ。学園を卒業してから辺境伯邸に勤めはじめ、今年で五年目になる。
今年二十四歳になるとは思えないほど小柄でどちらかと言えば幼さが残る、可愛らしいと評判の容姿をしているオリーブは、貴族令嬢としてギリギリ許される速さで邸の廊下を歩いていた。
先ほどこの邸に、オリーブと心を通わせているヴェルト・クルール男爵令息がやって来たのだ。彼にお茶を出すのは自分の役目だ。他の者に譲るわけにはいかない。オリーブはお茶とお菓子の準備をしているであろう厨房に急ぎ向かった。
オリーブは厨房にたどり着くと、息を整え偶然を装い、入り口の前を横切った。
「あ、オリーブ。ちょうど良かった。クルール男爵令息にお茶をお出しするの、頼まれてくれないか」
辺境伯家の朝は皆忙しい。お客様のお茶の準備をしていた同僚が、思った通りオリーブに声を掛けてきた。
「ええ、私で良ければ」
オリーブが笑顔で了承すると「助かるわ~」と言いながらお茶とお茶菓子の乗ったカートをオリーブに差し出した。
ヴェルトは男爵家の後継として、オリーブは辺境伯邸の侍女として忙しく働いているので、滅多に会うことは叶わない。
特にヴェルトは、異性に対して奥手で言葉数が少なくなるタイプだ。
その為、彼が積極的にオリーブを誘うことはないし、オリーブも想い合っているとはいえ男性を誘うなどという”はしたない真似”は出来ず、その結果仕事の為にレィディアンスの元にやってくるヴェルトにお茶を出す──この時だけが唯一の二人の逢瀬だった。
オリーブは、応接室に入る前にカートを止めると、軽く身だしなみを整え深呼吸をした。
これからヴェルトの瞳に映るのだ。少しでも好印象を与えたい。
体の大きなヴェルトの横に立つと、小柄なオリーブは言いしれぬ安心感に包まれる。抱き締められたなら、まるでそこがオリーブの在るべき場所であるかのようにすっぽりとその腕の中に収まることが出来るだろう。
仕事中である以上そのようなことが起きることはないと分かっているけれど、抱きしめられずとも「ありがとう」と言葉を掛けられた瞬間に絡み合う視線とオリーブだけに向けられる笑み。
それだけで幸福な気持ちになることが出来るのだ。
オリーブは愛しいヴェルトに会える喜びに目を潤ませながら、応接室の扉をノックするべく手をあげた。
そっと、執務室の中に入る。
ヴェルトは今、仕事中だ。真面目な彼が素知らぬふりなのはいつものこと。
それを邪魔してはならない。
オリーブは少し緊張しながらも頬をわずかに染め、愛しのヴェルトにお茶と菓子を出した。
これから、地獄に突き落とされることになるとは、これっぽっちも思っていなかった。
今日を逃せば愛するヴェルトと離れ離れになり、もう会うことは叶わなくなるだろう。
しかし、ここは辺境だ。王都と違い伴侶選びは本人の希望が通る。
想い合っているのだ。
ヴェルトさえ望んでくれれば、彼の妻になることが出来る。
オリーブは最後のチャンスにすべてを掛けた。
「ヴェルト様!ちゃんと、誰を妻に迎えたいのか、レィディアンス様の前ではっきり言葉にしてくださいませ!」
「え?」
オリーブの懇願にも似た言葉に、次期辺境伯であるレィディアンスと父、マルーン伯爵が下したオリーブへの宣告を知らぬヴェルトはただ、戸惑っていた。
「誤解が生じているのです!今言葉にしないと手遅れになってしまいます!」
オリーブとヴェルトの未来が完全に失われてしまう。
その言葉にヴェルトはハッとして、オリーブを見た。
オリーブはうるんだ瞳でヴェルトを見返すと、大きくうなずいた。
ヴェルトは王都から追放され、辺境の次期男爵である自分の婚約者となったエボニーをチラリと見ると、何かを決心したようにレィディアンスに向き直った。
「で?」
しかし、レィディアンスはヴェルトが何かを言う前に、静かにその口を開いた。
「そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「・・・はい?」
冷たく刺すその視線に全く心当たりがなく、ヴェルトは何を言われたのか理解が出来なかった。
*--*--*
ヴェルト・クルール男爵令息が友人からの手紙を手に、寄親である辺境伯家の令嬢──レィディアンス・ブラッシュの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民を妻として引き取ってくれ」というものだった。
ヴェルトの後輩でもある彼とレィディアンスが同級生であることから、恐らく『詳細』とはその平民が起こした問題のことだろう。
そういった女性が貴族の後妻や辺境に送られる話は実際にある話だ。
しかしそれは男爵家後継とはいえ、まだ爵位も持たないヴェルトの様な若僧ではなく、生活力と精神的余裕のある壮年の男相手に持っていく話ではなかっただろうか。
しかも相手は貴族ではなく平民の女性なのだ。
(何で俺?)
父からこの話を聞いた時そう思ったヴェルトであったが、一つだけ心当たりがあった。
ヴェルトは男爵家の嫡男だ。しかし嫁を貰い、跡継ぎをもうけるという義務があるというのに未だ婚約者がいない。
たとえヴェルトの実家が最下層の男爵家であっても貴族は貴族だ。その夫人になれるというのに、娯楽の無い『辺境』というだけで嫁の来手がないのだと、手紙の主である後輩に愚痴ったことがあるのだ。
この話に対するクルール男爵家当主である父の見解は「良いのではないか?」だった。
「まぁ、平民とはいえ商家のお嬢さんらしいし、退学になったとはいえ学園に入学できるだけの基礎学力とマナーはあるのだ。中央貴族と違って頻繁に社交があるわけでもない。不足する分はこちらで教育すれば問題はあるまい。
それにお前、彼とは友人なのだろう?その友人に娶れと言うのだ。何か深い考えがあるのではないか?」
(あいつに深い考えが・・・?)
ヴェルトはしばらく考えてみたが、彼は愛する婚約者以外のために行動を起こすようなタイプではない。それどころか『友人であろうとも使えるものは利用するタイプの人間だ』と自信を持って言い切ることが出来る。
はっきり言ってヴェルトはこの話を──というか、その後輩を疑っていた。
それをどう父親に伝えたら・・・と考えていると、ごちゃごちゃ言わずに話を聞いてこいと、父に屋敷から追い出されたのだった。
*--*--*
(今日は良い日だわ)
オリーブ・マルーンは伯爵令嬢だ。学園を卒業してから辺境伯邸に勤めはじめ、今年で五年目になる。
今年二十四歳になるとは思えないほど小柄でどちらかと言えば幼さが残る、可愛らしいと評判の容姿をしているオリーブは、貴族令嬢としてギリギリ許される速さで邸の廊下を歩いていた。
先ほどこの邸に、オリーブと心を通わせているヴェルト・クルール男爵令息がやって来たのだ。彼にお茶を出すのは自分の役目だ。他の者に譲るわけにはいかない。オリーブはお茶とお菓子の準備をしているであろう厨房に急ぎ向かった。
オリーブは厨房にたどり着くと、息を整え偶然を装い、入り口の前を横切った。
「あ、オリーブ。ちょうど良かった。クルール男爵令息にお茶をお出しするの、頼まれてくれないか」
辺境伯家の朝は皆忙しい。お客様のお茶の準備をしていた同僚が、思った通りオリーブに声を掛けてきた。
「ええ、私で良ければ」
オリーブが笑顔で了承すると「助かるわ~」と言いながらお茶とお茶菓子の乗ったカートをオリーブに差し出した。
ヴェルトは男爵家の後継として、オリーブは辺境伯邸の侍女として忙しく働いているので、滅多に会うことは叶わない。
特にヴェルトは、異性に対して奥手で言葉数が少なくなるタイプだ。
その為、彼が積極的にオリーブを誘うことはないし、オリーブも想い合っているとはいえ男性を誘うなどという”はしたない真似”は出来ず、その結果仕事の為にレィディアンスの元にやってくるヴェルトにお茶を出す──この時だけが唯一の二人の逢瀬だった。
オリーブは、応接室に入る前にカートを止めると、軽く身だしなみを整え深呼吸をした。
これからヴェルトの瞳に映るのだ。少しでも好印象を与えたい。
体の大きなヴェルトの横に立つと、小柄なオリーブは言いしれぬ安心感に包まれる。抱き締められたなら、まるでそこがオリーブの在るべき場所であるかのようにすっぽりとその腕の中に収まることが出来るだろう。
仕事中である以上そのようなことが起きることはないと分かっているけれど、抱きしめられずとも「ありがとう」と言葉を掛けられた瞬間に絡み合う視線とオリーブだけに向けられる笑み。
それだけで幸福な気持ちになることが出来るのだ。
オリーブは愛しいヴェルトに会える喜びに目を潤ませながら、応接室の扉をノックするべく手をあげた。
そっと、執務室の中に入る。
ヴェルトは今、仕事中だ。真面目な彼が素知らぬふりなのはいつものこと。
それを邪魔してはならない。
オリーブは少し緊張しながらも頬をわずかに染め、愛しのヴェルトにお茶と菓子を出した。
これから、地獄に突き落とされることになるとは、これっぽっちも思っていなかった。
あなたにおすすめの小説
幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。
たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。
彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。
『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』
「……『愛している』、ですか」
いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路
八代奏多
恋愛
公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。
王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……
……そんなこと、絶対にさせませんわよ?
幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。
クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。
そんなある日クラスに転校生が入って来た。
幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新不定期です。
よろしくお願いします。
心の中にあなたはいない
ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。
一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。
幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。
そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。
たった一つボタンを掛け違えてしまったために、
最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。
主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?