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8 手首はもういいのか
エボニーが休みの日。
オリーブは同僚と数人で、裏庭がよく見える部屋に掃除に入っていた。当然、エボニーの密会の現場を同僚と共に目撃するためだ。
「さっさとやっちゃいましょ」
そう言うと同僚は窓辺に歩いて行き、窓を開けるために窓枠に手を掛けた。オリーブも叩きを持ってそれに続く。
「あら、エボニーじゃない」
「え?あらほんとね。今日は休みだったから街にでも出掛けるのではないかしら」
同僚たちが手を止め、声を上げる。
オリーブは知らぬ振りで、その横に立つ。
そこに男が一人やって来た。背格好は似ていたが髪型から先日の男とは別人のようだった。
二人は二、三言葉を交わすと、共に裏門から出て行った。どうやら裏門に辻馬車を待たせているらしい。
男とエボニーが馬車に乗ると御者が扉を閉め、しばらくすると馬車が動き出した。
(辻馬車・・・平民のデートにしては奮発している方ではないかしら。あのような粗末な乗り物なんて、乗ったことがないけれど)
オリーブはそんなことを思いながらも心配しているように装った。
「あれはどなたかしら・・・。エボニーは男爵家へ入ることが決まっている身なのに・・・大丈夫なのかしら・・・」
「もう、オリーブは本当に心配性よね。嫁ぐ予定の男爵家からのお迎えかもしれないわ」
同僚は思い悩むオリーブを安心させようと思ったのか、相変わらず見当違いのことを口にする。
(本っ当に役に立たないんだから!男爵家の迎えが辻馬車なわけないじゃない!!
下位貴族の癖に伯爵令嬢である私の意図くらい汲みなさいよ!そんなことも出来ないから嫁にも行けずこんなところで燻ることになるのよ!)
オリーブは呑気な同僚に苛立った。しかしオリーブはエボニーの相手がヴェルトだと知るが、同僚は違うのだ。
今日の目的は彼女たちとエボニーの密会を『目撃』すること。それに彼女らのその反応は想定内だ。
オリーブは深呼吸をして自身の心を落ち着かせた。
*--*--*
「オリーブ、手首はもういいのか」
執務中のレィディアンスがわざわざ手を止め、机上にお茶を置くオリーブを見上げそう言った。
一瞬何のことかと思ったが、先日剣の訓練を避けるために手首を痛めたとレィディアンスに言ったことをオリーブは思い出した。
怪我などしてはいないが、オリーブが完治したと言えばレィディアンスは再びオリーブを訓練に誘わなければならない。それではお互いに困ることになる。
「はい。まだ完全ではありませんが、日常業務には差し支えがない程度には回復致しました」
オリーブは暗に剣の訓練はまだ出来ないのだとレィディアンスに告げた。
「そうか──」
レィディアンスの返答に少し失望が滲んだ。
エボニーが未だ音を上げずにレィディアンスから剣の訓練を受けているせいだろう。
(レィディアンス様のおっしゃりたいことは分かります。きっとなかなか音を上げないエボニーに苛立っておいでなのですね)
レィディアンスは次期辺境伯だ。本来なら平民一人にかまけている時間などない。
そうだ。と、オリーブは思う。
レィディアンスにエボニーの不義を伝えるには今がチャンスなのではないだろうか。
普段、仕事中のレィディアンスが使用人に声を掛けることなどない。
しかし、今日はわざわざオリーブに声を掛けるためにレィディアンスは仕事の手を止めてくれている。
やはり伯爵令嬢である自分は特別なのだ。
そんな自分の話であれば聞いてくれるに違いないとオリーブは思った。
「・・・・・・あの・・・レィディアンス様・・・」
「?──どうした」
「エボニーのことでご相談したいことが・・・」
オリーブは“エボニーが、複数の男と密会をしており、先日は男と共に馬車で出かけて行くのを皆と確認した”とレィディアンスに告げた。
正確には相手は二人だが複数人に変わりない。
そして“エボニー本人から男爵家へ嫁ぐと聞いているため、心配だ”と伝えることも忘れなかった。
「・・・そうか・・・わかった。オリーブも怪我が治って剣の訓練に参加したいのであればいつでも言ってくれ」
レィディアンスは深刻な顔をして何か思案した後、そう言ってペンを手に取った。
執務中は話しかけてはならない──レィディアンスが仕事を再開したため、オリーブはそっと部屋を辞した。
あの日の夕方、エボニーは男から何か買ってもらったのか、大事そうに布に包まれた何かを胸に抱えて帰って来た。しかし平民が平民に買い与えられる物などたかが知れている。
オリーブがその品物に興味を示すことはなかった。
レィディアンスはその翌日からエボニーの剣の訓練には行かずに辺境騎士団の訓練へ顔を出すことにしたらしい。
中央貴族の手前、理由もなく断るわけにはいかないため、不要な剣の訓練をさせて何とか追い出そうと動いていたが、オリーブの話を聞きエボニーを見限る大義名分が出来、剣の訓練自体が不要になったのだとオリーブは思った。
オリーブは同僚と数人で、裏庭がよく見える部屋に掃除に入っていた。当然、エボニーの密会の現場を同僚と共に目撃するためだ。
「さっさとやっちゃいましょ」
そう言うと同僚は窓辺に歩いて行き、窓を開けるために窓枠に手を掛けた。オリーブも叩きを持ってそれに続く。
「あら、エボニーじゃない」
「え?あらほんとね。今日は休みだったから街にでも出掛けるのではないかしら」
同僚たちが手を止め、声を上げる。
オリーブは知らぬ振りで、その横に立つ。
そこに男が一人やって来た。背格好は似ていたが髪型から先日の男とは別人のようだった。
二人は二、三言葉を交わすと、共に裏門から出て行った。どうやら裏門に辻馬車を待たせているらしい。
男とエボニーが馬車に乗ると御者が扉を閉め、しばらくすると馬車が動き出した。
(辻馬車・・・平民のデートにしては奮発している方ではないかしら。あのような粗末な乗り物なんて、乗ったことがないけれど)
オリーブはそんなことを思いながらも心配しているように装った。
「あれはどなたかしら・・・。エボニーは男爵家へ入ることが決まっている身なのに・・・大丈夫なのかしら・・・」
「もう、オリーブは本当に心配性よね。嫁ぐ予定の男爵家からのお迎えかもしれないわ」
同僚は思い悩むオリーブを安心させようと思ったのか、相変わらず見当違いのことを口にする。
(本っ当に役に立たないんだから!男爵家の迎えが辻馬車なわけないじゃない!!
下位貴族の癖に伯爵令嬢である私の意図くらい汲みなさいよ!そんなことも出来ないから嫁にも行けずこんなところで燻ることになるのよ!)
オリーブは呑気な同僚に苛立った。しかしオリーブはエボニーの相手がヴェルトだと知るが、同僚は違うのだ。
今日の目的は彼女たちとエボニーの密会を『目撃』すること。それに彼女らのその反応は想定内だ。
オリーブは深呼吸をして自身の心を落ち着かせた。
*--*--*
「オリーブ、手首はもういいのか」
執務中のレィディアンスがわざわざ手を止め、机上にお茶を置くオリーブを見上げそう言った。
一瞬何のことかと思ったが、先日剣の訓練を避けるために手首を痛めたとレィディアンスに言ったことをオリーブは思い出した。
怪我などしてはいないが、オリーブが完治したと言えばレィディアンスは再びオリーブを訓練に誘わなければならない。それではお互いに困ることになる。
「はい。まだ完全ではありませんが、日常業務には差し支えがない程度には回復致しました」
オリーブは暗に剣の訓練はまだ出来ないのだとレィディアンスに告げた。
「そうか──」
レィディアンスの返答に少し失望が滲んだ。
エボニーが未だ音を上げずにレィディアンスから剣の訓練を受けているせいだろう。
(レィディアンス様のおっしゃりたいことは分かります。きっとなかなか音を上げないエボニーに苛立っておいでなのですね)
レィディアンスは次期辺境伯だ。本来なら平民一人にかまけている時間などない。
そうだ。と、オリーブは思う。
レィディアンスにエボニーの不義を伝えるには今がチャンスなのではないだろうか。
普段、仕事中のレィディアンスが使用人に声を掛けることなどない。
しかし、今日はわざわざオリーブに声を掛けるためにレィディアンスは仕事の手を止めてくれている。
やはり伯爵令嬢である自分は特別なのだ。
そんな自分の話であれば聞いてくれるに違いないとオリーブは思った。
「・・・・・・あの・・・レィディアンス様・・・」
「?──どうした」
「エボニーのことでご相談したいことが・・・」
オリーブは“エボニーが、複数の男と密会をしており、先日は男と共に馬車で出かけて行くのを皆と確認した”とレィディアンスに告げた。
正確には相手は二人だが複数人に変わりない。
そして“エボニー本人から男爵家へ嫁ぐと聞いているため、心配だ”と伝えることも忘れなかった。
「・・・そうか・・・わかった。オリーブも怪我が治って剣の訓練に参加したいのであればいつでも言ってくれ」
レィディアンスは深刻な顔をして何か思案した後、そう言ってペンを手に取った。
執務中は話しかけてはならない──レィディアンスが仕事を再開したため、オリーブはそっと部屋を辞した。
あの日の夕方、エボニーは男から何か買ってもらったのか、大事そうに布に包まれた何かを胸に抱えて帰って来た。しかし平民が平民に買い与えられる物などたかが知れている。
オリーブがその品物に興味を示すことはなかった。
レィディアンスはその翌日からエボニーの剣の訓練には行かずに辺境騎士団の訓練へ顔を出すことにしたらしい。
中央貴族の手前、理由もなく断るわけにはいかないため、不要な剣の訓練をさせて何とか追い出そうと動いていたが、オリーブの話を聞きエボニーを見限る大義名分が出来、剣の訓練自体が不要になったのだとオリーブは思った。
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