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27 これは、誰?
オリーブはずっと前からヴェルトが好きだった。ヴェルトが王都から誰も連れ帰らなかったとき、彼も自分のことを好いてくれていて、オリーブを迎えるつもりなのだと思った。
オリーブの中で、ヴェルトは寡黙で女性に対して一歩引いて接する男だった。
女っ気は皆無で、辺境伯邸で他の使用人とすれ違う時もニコリともしない男──ヴェルトに対する同僚の印象だって、そんなものだったからだ。
仕事だからだろうが、執務室でレィディアンスと話している時ですら、ずっと難しい顔をしている。
そんなヴェルトが唯一笑みをこぼし、話しかける相手がオリーブだったのだ。オリーブがお茶を出すと微笑んでお礼を言い、邸でオリーブを見つけると、微笑み、言葉を交わし、視線を投げてくる。
彼にとってオリーブは特別。ずっと、想い合っているのだと思っていた。
そのヴェルトが今、エボニーの手を握り、早口でまくし立てている。
(──これは、誰?)
ヴェルトが仕事以外でこんなに話しているのをオリーブは聞いたことがない。
オリーブの中のヴェルト像が崩れていく。
自分はエボニーよりマナーや社交にも長けているし、ドレスだって美しく着こなせると思っていた。ヴェルトの隣に立ち、十二分に男爵家の夫人として望まれる、相応しいふるまいが出来ると思っていたのだ。ヴェルトに自分の尻拭いをさせようとしている中央貴族も、自分たちの幸せそうな姿を見れば納得してくれるだろうとも──。
だけどヴェルトはそんな女は望んでいなかったのだ。
まだ間に合うと思っていたのに、既に婚約していたなんて──。
はじめから手遅れ・・・いや、はじめからオリーブは彼の中にいなかったのだ・・・。
オリーブは、その場で力なく地面に座り込んでしまった。 ヴェルトとの未来が両手から零れ落ちていき・・・跡形もなく消えた。
(──私だって、ヴェルト様の所作など気にしませんし、川や星の話くらいできますのに・・・)
オリーブはヴェルトにそう伝えたかったが、きっと、そういうことではないのだろう。
レィディアンスはオリーブに、”決してヴェルトは平民を拒んでいたわけではないし、伴侶に貴族令嬢を望んでいるわけでもない”ということを『彼の言葉』で聞かせたかった。
今のオリーブにはレィディアンスの言葉など通じないだろうと思っていたから。
「しかし、”嫌がらせ”か・・・」
自分の口から出た子供じみた発言に、我ながら呆れてしまった。
ヴェルトは武家当主とは思えないほど優しいところがある。
それが弱さだとは言わないが、今回のオリーブの罪を知れば確実に彼の今後に悪影響を与えるだろう。
レィディアンスは、知れば必ず自身を責めるであろうヴェルトに余計な情報を与えないため、オリーブの犯した罪を二人には知らせないことを決めた。
情報共有は大事だが、この件は辺境、ひいては我が国の平和維持に無関係だからだ。
そのためレィディアンスはオリーブに自身の想いをヴェルトに告げることを許さなかった。
それはレィディアンスなりの優しさでもあったのだが、彼女にその想いが通じたかは分からない。
彼女はそれをレィデが与えた『罰』であるとすら感じているかもしれない。
*--*--*
オリーブは辺境から追放されることになった。
オリーブの一連の言動を見聞きし、他家後継の命を脅かしたと知ったマルーン伯爵が、オリーブは貴族家夫人や使用人としてだけではなく、辺境で生きていくこと自体が『不適格』であると判断したからだ。報告を受けたレィディアンスもそれを了承した。
しかし、辺境伯邸で侍女として働いていたとはいえ伯爵令嬢が家名を取り上げられれば修道院以外で生きていくことは難しい。
レィディアンスの意向もあり、伯爵はオリーブを除籍することだけはしなかった。
オリーブが王都へ旅立つ日、見送りはレィディアンスとエボニーのみでマルーン伯爵は姿を見せなかった。ヴェルトは国境の森の件で不在だ。
ヴェルトとの未来が断たれ生きる気力を失ったオリーブは、絶望に打ちひしがれて涙も枯れ果て、放心状態になっていた。
食事も喉を通らないのだろう。少し痩せたその姿に、エボニーは自身が辺境行きの馬車に乗った時のことを思い出した。
あの後さりげなく確認したが、ヴェルトにとってオリーブはあくまでも“辺境伯邸に行く度にお茶の準備をしてくれる人”だった。
お茶を出されてお礼を言うのは当たり前。いつもオリーブがお茶を出してくれるため、そのうち顔と家名を覚えた。
年齢が近いこともあり、学生時代からレィディアンスに振り回されているヴェルトは辺境伯邸に行く度に緊張し、顔面に気合を入れて出向いていたらしい。
しかしそんな時でも顔見知りとすれ違えば微笑み挨拶くらいするのは、社会人として当然と言えば当然・・・。
「そういえばマルーン嬢ってさ、辺境に住んでいるくせに武家跡取りの俺を捕まえて剣の訓練は危険だとか言ってきたんだ。
血を見るのが苦手みたいだし、剣の訓練を危険だと思うような令嬢は訓練場に足を踏み入れるなって文句を言ったことがあるよ」──らしい。
オリーブがヴェルトの名を呼んでいたことに関しては──
「そうだった?お嬢も辺境伯も、他家のおっさんたちも皆名で呼ぶから全く気にしてなかったよ」
要は、オリーブはヴェルトの眼中になかったのだ。
いや、今はエボニーとの間に生じた『誤解』が『手遅れ』になる前に教えてくれた恩人か──。
オリーブが何を想ってヴェルトと両思いだと思っていたのかは分からないが、思い込みで恋をしていたところまで同じだとエボニーはクスリと笑った。
オリーブの中で、ヴェルトは寡黙で女性に対して一歩引いて接する男だった。
女っ気は皆無で、辺境伯邸で他の使用人とすれ違う時もニコリともしない男──ヴェルトに対する同僚の印象だって、そんなものだったからだ。
仕事だからだろうが、執務室でレィディアンスと話している時ですら、ずっと難しい顔をしている。
そんなヴェルトが唯一笑みをこぼし、話しかける相手がオリーブだったのだ。オリーブがお茶を出すと微笑んでお礼を言い、邸でオリーブを見つけると、微笑み、言葉を交わし、視線を投げてくる。
彼にとってオリーブは特別。ずっと、想い合っているのだと思っていた。
そのヴェルトが今、エボニーの手を握り、早口でまくし立てている。
(──これは、誰?)
ヴェルトが仕事以外でこんなに話しているのをオリーブは聞いたことがない。
オリーブの中のヴェルト像が崩れていく。
自分はエボニーよりマナーや社交にも長けているし、ドレスだって美しく着こなせると思っていた。ヴェルトの隣に立ち、十二分に男爵家の夫人として望まれる、相応しいふるまいが出来ると思っていたのだ。ヴェルトに自分の尻拭いをさせようとしている中央貴族も、自分たちの幸せそうな姿を見れば納得してくれるだろうとも──。
だけどヴェルトはそんな女は望んでいなかったのだ。
まだ間に合うと思っていたのに、既に婚約していたなんて──。
はじめから手遅れ・・・いや、はじめからオリーブは彼の中にいなかったのだ・・・。
オリーブは、その場で力なく地面に座り込んでしまった。 ヴェルトとの未来が両手から零れ落ちていき・・・跡形もなく消えた。
(──私だって、ヴェルト様の所作など気にしませんし、川や星の話くらいできますのに・・・)
オリーブはヴェルトにそう伝えたかったが、きっと、そういうことではないのだろう。
レィディアンスはオリーブに、”決してヴェルトは平民を拒んでいたわけではないし、伴侶に貴族令嬢を望んでいるわけでもない”ということを『彼の言葉』で聞かせたかった。
今のオリーブにはレィディアンスの言葉など通じないだろうと思っていたから。
「しかし、”嫌がらせ”か・・・」
自分の口から出た子供じみた発言に、我ながら呆れてしまった。
ヴェルトは武家当主とは思えないほど優しいところがある。
それが弱さだとは言わないが、今回のオリーブの罪を知れば確実に彼の今後に悪影響を与えるだろう。
レィディアンスは、知れば必ず自身を責めるであろうヴェルトに余計な情報を与えないため、オリーブの犯した罪を二人には知らせないことを決めた。
情報共有は大事だが、この件は辺境、ひいては我が国の平和維持に無関係だからだ。
そのためレィディアンスはオリーブに自身の想いをヴェルトに告げることを許さなかった。
それはレィディアンスなりの優しさでもあったのだが、彼女にその想いが通じたかは分からない。
彼女はそれをレィデが与えた『罰』であるとすら感じているかもしれない。
*--*--*
オリーブは辺境から追放されることになった。
オリーブの一連の言動を見聞きし、他家後継の命を脅かしたと知ったマルーン伯爵が、オリーブは貴族家夫人や使用人としてだけではなく、辺境で生きていくこと自体が『不適格』であると判断したからだ。報告を受けたレィディアンスもそれを了承した。
しかし、辺境伯邸で侍女として働いていたとはいえ伯爵令嬢が家名を取り上げられれば修道院以外で生きていくことは難しい。
レィディアンスの意向もあり、伯爵はオリーブを除籍することだけはしなかった。
オリーブが王都へ旅立つ日、見送りはレィディアンスとエボニーのみでマルーン伯爵は姿を見せなかった。ヴェルトは国境の森の件で不在だ。
ヴェルトとの未来が断たれ生きる気力を失ったオリーブは、絶望に打ちひしがれて涙も枯れ果て、放心状態になっていた。
食事も喉を通らないのだろう。少し痩せたその姿に、エボニーは自身が辺境行きの馬車に乗った時のことを思い出した。
あの後さりげなく確認したが、ヴェルトにとってオリーブはあくまでも“辺境伯邸に行く度にお茶の準備をしてくれる人”だった。
お茶を出されてお礼を言うのは当たり前。いつもオリーブがお茶を出してくれるため、そのうち顔と家名を覚えた。
年齢が近いこともあり、学生時代からレィディアンスに振り回されているヴェルトは辺境伯邸に行く度に緊張し、顔面に気合を入れて出向いていたらしい。
しかしそんな時でも顔見知りとすれ違えば微笑み挨拶くらいするのは、社会人として当然と言えば当然・・・。
「そういえばマルーン嬢ってさ、辺境に住んでいるくせに武家跡取りの俺を捕まえて剣の訓練は危険だとか言ってきたんだ。
血を見るのが苦手みたいだし、剣の訓練を危険だと思うような令嬢は訓練場に足を踏み入れるなって文句を言ったことがあるよ」──らしい。
オリーブがヴェルトの名を呼んでいたことに関しては──
「そうだった?お嬢も辺境伯も、他家のおっさんたちも皆名で呼ぶから全く気にしてなかったよ」
要は、オリーブはヴェルトの眼中になかったのだ。
いや、今はエボニーとの間に生じた『誤解』が『手遅れ』になる前に教えてくれた恩人か──。
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