上 下
9 / 20

今日から加わる獣人ちゃん

しおりを挟む

「と、いう訳で本日から僕の助手として参加することになったキャサリン君だ。
気軽にキティ君と呼んであげて欲しい。」

「キティです!よろしくお願いします!」

愛想良く笑って頭を下げたキャサリンをエリザベスはやさしく抱きしめると

「エミリー、警察。」

「かしこまりました。」

「いやちょっとぉ!何通報してんの!?」

「いや、教授。35歳のジャージに白衣のおっさんがこんなちっちゃな子勧誘してる所想像してみて?」

「僕なら通報するね。」

「じゃあ遠慮なく豚箱に行ってくださいロリコン変態35歳。」

「だからいかないで待って!
僕はどちらかと言えばリジ―君のような出るとこ出てるタイプが好みだから!」

「貴様豚箱より早く棺に入れてやろうか?」

女に興味ある人間なら、そこで嘘言うと不誠実だと思うから!
と、無駄な決め顔で返したアホに英美里は舌打ちと共に愛用のナイフの峰を側頭部に叩き込んだ。

「お嬢様への不敬の上に子供をばまして連れてくるなど万死に値するぞ?
よほど貴様は死にたいみたいだな?」

「と、兎に角!彼女を連れてきたのには山よりも高く海よりも深い事情が有るんだ!
それも込みで話を聞いてくれ!本日の議題でもあるんだ!」

「議題、ですか?」

「そう!魔ほぉう!少女が撃ち抜く相手が彼女を迫害した奴らか否かという議題に!」

そう言って英美里の行く手を塞ぎながら無駄にスタイリッシュなポーズを取るアホ。
それを見て今だエリザベスの胸の内のキャサリンは

「お姉さん!教授はなんで周りの皆が引きつった笑顔で褒めてたダンスみたいな動きをしてるの?」

「それはアホ教授がアホ教授だからよ。」

「おーいそこ。彼女にある事ない事吹き込まないでくれよ?
で、なぜそんな議題になるかというと、それは獣人社会の遅れにある。
僕は社会科教員では無いが、ここで少し柄にもなく授業しようか。」

リジ―君。と、たまにはこいつがおかしな発明家ではなく教授であることが分かるような教鞭をとる人間のような雰囲気になる。

「まず獣人とは何だね?」

「はるか昔、今はもう滅んでしまった魔獣と人間のハーフをルーツとする亜人の一種です。」

「正解。では次にトリス君。
我ら人間は魔法、外来人がいてからは開発技術も優劣の基準となった。
では獣人の優劣の基準はなんだね?」

「えっと…集落や発現する動物の特長にもよるけど、
おおむね肌や髪の色、あとどれぐらい獣に近いか、とか?でしたっけ?」

「いかにも!例えば両親が両方とも白い肌なのに黒い肌黒髪の子が生まれて来たりすると、不浄とか忌子とか言われて追っ払われるなり殺されるなりするわけさ。」

そう言われてエリザベスが彼女の髪をかき上げて見ると、
頭の中にいくつか火傷跡の様な傷がある。

「そんなわけで!言うまでもないと思うが、君達魔ほぉう!少女はその銃口を向ける相手を選ばねばならないのさ!
例えば近代兵器や自然を踏み荒らす外来人!
そして理不尽な暴力をまかり通す人にしないとなねってお話さ!
ねー!エミリーくーーーん!」

「………ええ。そうですね。
どこぞの阿保の様に人をだまして書類にサインさせてこき使うような奴にも鉄槌を下さねばなりませんね。」

はっはっはっはと二人の笑い声が研究室中に響く。
エリザベスとベアトリスはというと

「どう思います?」

「正直、両者ともどの口おま言うって感じ?
アホ教授は毎回常識と倫理どこに置いて来たのって感じだし、
エミリーちゃんは辞書にTPOと哀れみって言葉ないのって感じだし。」

大きくため息をつく二人。
すると急にキャサリンは頭を抑える。

「あれ、キティちゃんどうしたの?」

「………? キティの事ぶたないんですか?」

瞬間、2人の顔から表情が抜け落ちた。
そしてベアトリスは後ろを向いて天井を見上げ、エリザベスは俯いて空気に反して熱くなった目尻を拭う。

「もう、あなたをぶつ人はいないのよ。」

「それは魔ほぉう!で焼き尽くすからですか?」

「……違うわ。と言うかあなたアホ教授から一体魔砲がどうゆうものだと教わったの?」

「魔ほぉう!は文字通り悪を討ちぬき世界に平和をもたらす武器だって言ってました!
それからそれを使う魔ほぉう!少女は教授に恵みをもたらすって!」

(それ絶対に要所要所大事なワード抜けてるよね?
少なくともアホ教授に平和とか真剣に考える殊勝な思考回路は搭載されていないよね?)

短い付き合いだが、それでも十分ベアトリスは確信をもってそう断言出来た。
そしてこんな幼気な女の子に都合のいい事吹き込んでどうこうしようとしてる事に間違いなくクズだと確信した。

「そう……キティ、あなた学校に通った事はあるかしら?」

「ありません!『黒いだにむしは地下に居ろ』ってずっとパパとママに言われてました!」

だにむしってどうゆう意味ですか?と無垢な瞳で聞いて来るキャサリンをエリザベスは黙って抱き上げる。

「キティ、お家に帰りましょう。」

「? 目隠ししてから馬車を下ろされたので場所分かりません!」

「じゃあ私のお家にいきましょうか?」

「え?ちょ、ちょっと待ってリジ―ちゃん!
キティちゃんどこつれてくの!?」

一切躊躇なく出口を目指し始めたエリザベスをベアトリスは慌てて呼び止めた。
表情は見えなかったが、今の会話の流れで穏やかな標雨情を浮かべている彼女は絶対ヤバい。

「私の家です。」

「いや待って待って急にどうしたの!?
いや、そうしたい気持ちわからなくないけど実行に移す!?
せめて段取り踏もうよ段どり!アホ教授じゃないんだから!」

「ごちゃごちゃ煩いですね?
私はこの街を治める伯爵家令嬢ですよ?
大抵のことはやろうと思えば出来ます。
例えば彼女に唾を吐きかけた下衆を売一匹残らず炙り出して駆逐することも!」

「おーい?キャラが迷子だよ?戻ってきてー!
超えちゃいけない壁を超えちゃいそうだよー!
二人ともこっちを止め…」

「何べんでも言ってやる!暴力とお嬢様ラブしかアイデンティティの無いどうでも良いキャラ迷子!
それが今のお前だエミリー君!」

「下衆ムーブと奇行をしておけば取り合えずキャラの立つバックホーンエピソード要らずの便利キャラなんかにこの苦労は分からないですよ!
私が何のために日々お前をなるべく痛くして地に伏せる方法を磨いていると思っている!」

「おーい!そっちもそっちでキャラ迷子著しいことしないでくれる!?
私突っ込み切れないから!リジ―ちゃんレベルを求められても困るから!」

「お嬢様レベルのツッコミなど誰にもできないでしょ!
おこがましい!」

「だから論点そこじゃないんだってば!」

そんなやり取りが繰り返されていると

「お姉さん!あのメイドさんは教授のこと好きなんですか?」

「さあ、喧嘩するほど仲が良いとは言うけど。」

「じゃあいつもキティの前で怒鳴り合ってたパパとママは仲良しだったんですね!」

「……本当にもう帰りましょう?」

醜い罵倒の応酬を続けるアホと英美里と、犬も食わないそれをどうにか止めようとするベアトリスを置いてエリザベスは静かに部屋を出た。
しおりを挟む

処理中です...